第61話 光のさきに
テラスで一人きりになり夜空の星を見上げていると、そこはまるで別世界のようだった。
背後の窓枠で切り取られた屋内が、まるで絵画のようで、どこか遠い世界に感じられる。
喧噪から離れた静かな空間で、シホはひとり過去を思い出していた。
(あの時も、こんな空だったな――――……)
故郷で初めて家を出て、一人都で見上げた空。
その星空もいまと同じく、どこまでも遠く、どこまでも無慈悲で。自分の存在の小ささを、容赦なく突きつけてきたものだった。
(そうだよね……夢を見てたんだ)
あの時と同じ、自分は何も変わっていない。
ただの何も持たない少女で。
少し魔術の才能があるだけの平民で。
それが少し口煩くて紳士な魔法使いの気まぐれで、一夜の魔法をかけられただけだった。
ドレスも、靴も、宝石も。
それに見合う価値が自分にあるわけじゃない。
(ずっとわかっていたつもりだったのに――……)
彼らと自分は違うのだと。
いまは同じ時を過ごしていても、やがて別れの時は来るのだということに。
いくら手放しがたくて、大切でも、その日は必ず来るということに。
あくまで自分は――――彼らのただ限られた時間を。魔法学院で過ごす学生時代という時間を共有させてもらっているだけだということに。
じくじくと胸で疼くこの痛みは、それはとても幸せなことなのだ。
素晴らしいかけがえのない時間を共有させてもらった。
自分に、たくさんの感情をくれた。
自分が――――こんなにも人を愛せる人間だったことに、気づかせてくれた。
とても、とても幸せな痛みなのだ。
だからどんなに胸が痛くても、千切れそうでも――――笑って、彼らを見送らなくてはならない。
見上げた夜空が滲み、はらりと一筋の滴が頬を伝った。
*
ミリウスがようやく賓客の対応を終え、会場内を見回したとき、そこに先生ことシホの姿はなかった。
(おかしい――――何故だ?)
いつもなら、彼女の居場所などすぐわかるというのに。
全く当てなどなかったとしても、彼女のいる場所だけ不思議と輝いて見えるのだ。
その光に引き寄せられるように目を向ければ、必ず彼女はそこにいた。
なのに今は、その光さえない。
次第に逸る鼓動と焦る心に、ミリウスは自分に落ち着くよう言い聞かせた。
(きっとどこかにいるはずだ――……)
大丈夫。そう言い聞かせるのに、もしもの事態を想定して心が乱れる。
もし、シホが。彼女が、誰かの巧みな誘いに騙され、休憩室などに連れ込まれていたら――――……。
「っ――!」
灼け付くような感情に、ミリウスは踵を返した。
舞踏会のホールには、決まって付近に休憩室が設けられる。
酒に酔い過ぎた者や、ドレスをきつく着付けすぎてしまった令嬢など、体調を崩してしまった者のために休息する場所が設けられるのだ。
だがそれを、本来の目的とは別の不届きな目的のために使用する輩もいる。
――――秘密の逢瀬である。
休息用の長椅子を利用して、舞踏会の高揚そのままに、事に及ぶ輩がいるのだ。
先生は、シホは――――格好の獲物だろう。
踵を返した足でそのままに、一路休憩室を目指す。
先客がいても関係ない。
手当たり次第に扉を開けていけば――――運が悪ければ出会うだろう。
ぎりりと割れんばかりの音を立てて奥歯を噛みしめながら、ミリウスは急いだ。
「――――おや、殿下」
「! レナード!!」
公爵夫人の横を素通りしたとき、ふとその傍らから声が掛かった。
いま一番見つけたかった男――――レナードである。
「お前……!! 彼女はどうした!?」
レナードの傍にいるのは公爵夫人とその取り巻きのみだ。
彼女の姿はない。
「預かるといったのはお前だろう……!?」
だから後ろ髪を引かれる思いを残して、あの場を離れたのに。
こんなことになるなら、傍を離れるのではなかった。
「落ち着いてください、殿下」
そっと公爵夫人に断ると、レナードは夫人から距離を取り、ミリウスに静かに語りかける。
「ランドール嬢なら、テラスで休ませています」
「休む?」
「少し気分が悪いようでしたので。あの場所であれば他の者の目にはつきませんし、人払いをするよう監視の目もつけてあります」
「………………」
それならば安心……ではあるが。
「どこのテラスだ?」
「あちらに」
「わかった。すまなかった」
それだけの言葉を残して、再び足を動かす。
一刻も早く彼女に会いたかった。




