第5話 新人教師シホ・ランドール 1
急遽予定を変更して行われることになった『実技指導』の科目は、講義棟から2区画分離れた演習場で行うことになった。
広大な空き地の一角に立ち尽くし、王子ミリウスは思案を巡らせる。
彼の視線の先にいるのは、今朝学級担任に着任したばかりの新人教師だった。
シホ・ランドール。
見た目には自分たちとそう変わらない年齢の女性教師は、その外見にそぐわぬ不思議な落ち着きで演習場に立っている。
(止めるべきだったか……)
今からでもファビアンを引き下がらせるべきか思案する。
(いや、それは却ってまずい)
一度火のついた人間を無理矢理引き留めるのは、得策ではない。却って後々しこりが残り、学級運営において重大な懸念となって残るだろう。
(それよりは、今ここで優劣をはっきりさせておいたほうがいい――か)
ミリウスはちらりと担任教師を盗み見る。
(ああ見えてファビアンの実力は確かだ。授業態度こそ不真面目なものの、変化に富んだ巧みな魔術は、正直俺であっても手を焼くことが多い……)
それをあの新人教師がどこまでやれるか。
この学級の担任を任されるからには、腕は確かなのだろう。
だが、『魔術の腕』が確かなだけなら、ここでは上手くやっていけない。
少なくとも、この勝負において、ファビアンは相手の土俵だけで勝負をするつもりはないはずだ。
呑気に軽くストレッチをしている担任を前に、ミリウスは静かに溜め息をついた。
「よォ、ラスティン。お前、あいつと腕比べしたがってたよな」
「は!?」
剣呑な目つきをしたファビアンが、ミリウスの隣にいた生徒ラスティンをつかまえてそう囁く。
「いや、これはお前の勝負で……」
「いいのか。俺が先にやって。これで俺が勝ったら授業は終わりだ。ドラゴン・キラーの手の内も暴けずに、今後はいつもの退屈な『魔術のお勉強』だ」
お前はそれでいいのか?と、ファビアンはあくどく唆す。
「~~~~~っ」
ラスティンの葛藤が手に取るように伝わってくる。
ラスティン・ライオール。
彼は元々王国騎士団長を目指す生粋の剣士だ。
騎士団長になる者の多くが、剣技だけでなく魔術も修めた魔剣士であることから、この学院の門を叩いた変わり種だ。
剣技だけなら、すでにその辺の騎士を軽く凌ぐ技量だろう。
そんな彼が――お世辞にも魔術の才能溢れるとは言い難い彼が――魔術の授業を受けるのはとてつもない苦行だった。
それこそ水を住処と定めた魚が、大地を這わざるを得ないような。
『魔術』だけに縛られた講義は、純粋な強さを求める彼にとって、必要ではあるが、大変な苦痛ともどかしさを伴う授業だった。
ぐっ、と、何かを飲み下す音がして、ラスティンが意を決して顔を上げる。
「……先生、俺も挑戦していいですか」
問いかけられた教師――シホ・ランドールは、一瞬目を丸くし――
「いいよ」
と、柔らかく微笑んだ。
「どうする? 獲物は、きみの場合は剣?」
こくりとラスティンが頷く。
「なら、私もそうしよう」
お世辞にも強靱とは言えそうにない細い腕が、演習場の奥から片手剣を引っ張り出す。
さすがにある程度鍛えているだけあって、剣の重さでふらつくようなことはなかったが、その軽装と無骨な片手剣。あまりにも不釣り合いな光景だった。
「ファビアン」
ミリウス自身、意図せず低い声が喉から漏れる。
「ラスティンをだしに使ったな」
我関せず、といった体で、ファビアンは明後日の方向を向いている。
しかしファビアンが、意味もなく怖じ気づいたり、『急に面倒くさくなった』等の理由でこんなことをしないのは、短い付き合いのミリウスにもわかっていた。
ファビアンは……確実に勝つつもりなのだ。
ラスティンを使って、相手を分析し、対抗手段を練り上げる。その上で完全完璧な勝利を目指す。
自分が負ける落ち度は一点たりとも残さない――そういう人間だった、ファビアンは。
「好きで負けるヤツなんていねーだろ」
呑気に頭の後ろで手を組みながら、それでも菫色の瞳は、確実にこれから戦闘を開始する二人に定められている。
「…………これ以上問題を起こしたら、ラスティンと部屋を交換させるからな」
「……げ」
しぶしぶといった体で、ファビアンが演習場の中央へと近づいてゆく。
より、二人を観察しやすいように。
「……はぁ」
ミリウスもまた、向かわなくてはならない。この『実習』を見届けるために。
試合である以上、審判が必要だろう。
「それでは両者、準備はいいですか」
ラスティンとシホ、両者に目を配る。
ラスティンはいつもどおり。担任であるシホも、非常にリラックスした状態に見える。
「ルールは魔術・剣技等の術科に捕らわれない実戦形式とする! ――――始め!!」
戦いの火蓋が切って落とされた。




