第57話 手つかずの宝
ミリウスが何人目かの支援者との歓談を終えたとき、ふとすれ違った、若い独身男性仲間らしき集団の会話が耳に滑り込んできた。
「なぁ、見たか、あの令嬢――」
「ああ、初めて見る顔だ。どこの令嬢だ?」
「ライオール家ゆかりの令嬢らしい。遠縁だとかなんとか……」
「名前は?」
「たしかライオールの跡取りが紹介しているときに側で聞いたんだが……なんだったか。ライオ……ランオール? いや、ランドール! たしかそんな名だ」
聞かない家の名だな、などと若い男たちは口々に言う。
「でもあれは『掘り出し物』だった。とびきりの『宝石』のわりに、舞踏会慣れしてなさそうだ。俺でもいけるかもしれない」
お前が行くのかよ、それなら俺も、と男たちは口々に囃し立てる。
「本当にいい回に呼ばれたものだ。一生に一人しか妻を選べないというのだから、それならば俺はあの女がいい」
男は野心に燃える瞳で前を見据える。
「あの宝石のような女が隣にいれば、俺の価値も上がるだろう。良い女は良い男を探して嫁ぎたがるものだからな」
妻になったその令嬢のことを想像してか、男は舌なめずりをした。
「そんなこと言って、お前本当はあの女の体が目当てなんだろう? 正直になれよ」
下種な男の下種な友人が囃し立てる。
「あの上品そうなドレスに押し込んだ大きな胸。折れそうな細い腰のわりに、尻は肉付きも良さそうだ。ドレスを着ていても俺にはわかる。 あれの背後から腰に手を回し、腕の中にすっぽり抱え込んで、うなじに吸い付きながらあの体を抱けたなら――――」
天国だろうな!と、男は空のワイングラスを掲げながら上機嫌に破顔する。
その会話を、ミリウスは凍えるような心地で聞いていた。
恐ろしかった。
彼らが、ではない。ほかでもない――自分が。
今すぐ彼らを八つ裂きにしてしまいたい――――そう思ってしまった自分を嫌悪した。
自分とて、彼女に触れたいと思ってしまったのは彼らと同類だったというのに――……。
(恐れていた事態が起きてしまった――)
彼女が、見つかってしまった。
ここは舞踏会。若い独身男女にとっては、見合いを兼ねた社交の場である。
放っておけば、彼女にいらぬ虫が殺到するだろう。
(シホ――――先生は――――)
会場内に目を走らせる。
それはほどなくして見つかった。
ダンスホールの中央、衆目が一斉に注がれるその中心で、シホはレナードとダンスを踊っていた。
青いドレスをなびかせて、同じ揃いの色を全身にちりばめたレナードに手を引かれ、腰を抱かれて、会場の一番目立つところ、中心で、優雅に彼と踊っていた。
「――――――……」
ほぅと、隣の夫人から溜め息が落ちる。
「さすがライオールのご子息ね。絵になるわぁ」
口々に女性陣が囁き、うっとりと目を細める。
彼女たちが言うように、それは素晴らしく絵になる光景だった。
風雅を解し、優雅で、落ち着きのある若年紳士と、その腕の中で微笑む婉然とした美しさを持つ令嬢。
二人は誰がどう見ても、お似合いだった。
互いが互いのことを理解し、支え助け合う。
大人である二人の関係性が、そこには集約されていた。
「ご子息の結婚も、そろそろかもねぇ。侯爵閣下もご安心かしら」
傍目にもその疑いがないほど、引き寄せられている二人。
その光景が、言葉が、悪意など欠片もないすべてが、ミリウスの心をぎりりと締め付ける。
息が、できない。
いますぐ手を伸ばし縋り付きたい。
自分のもとにいてほしい。
ほかの男のもとへ行かないでほしい。
そう願う資格など――――自分には一切ないのに。
彼女に何も言えない自分には、彼女を引き留める術もないのだ。
燻り焦がれる想いだけを胸に、ミリウスは早くこの時間が終わってくれとそう願った。




