第49話 噂話
ライオール邸での生活も10日近くが過ぎ、ついに来客の訪問予定がなくなったある日。ミリウスは珍しく一人で邸内を散歩していた。
(行く当てなどどこにもないが……仕方ない)
急に時間を持て余してしまったのだ。
普段はこれでもかと詰め込まれた来客との会談に追われていたが、それがなくなると途端に時間の使い道がなくなってしまった。
(先生とラスティンは授業中だし……)
二人はダンスレッスンの真っ最中だった。
最近では舞踏会でのマナーについても学ぶなど、より学習内容は実践的なものになっているようだ。
(本当なら先生やラスティンと羽を伸ばせたらよかったんだが……)
自習中ならともかく、授業中に自分が顔を出しても何かと邪魔になることはわかりきっているので、こうして大人しく一人で時間を潰しているわけである。
(先生は――――変わったな)
廊下の窓から吹き込む風に目を眇め、思いを馳せる。
学院にいたころはただ頼もしい教師だとばかり思っていたが、その姿がここに来てからがらりと変わった。
先生も自分たちと同じ一人の人間で、慣れない環境や、初めてのダンスに戸惑い、試行錯誤しながら前に進んで行こうとしている。
その姿に共感と、手助けをしたいという庇護欲のようなものが自分の内に生まれているのを感じていた。
「………………」
これは、いわゆる、あれかもしれない――。
思い当たる感情の名を思い浮かべながらも、頭の奥底で冷静なもう一人の自分が囁く。
『本当にそれは『そう』なのか?』
『それを押し通すだけの覚悟が――お前にはあるのか?』
もし万が一違っていた場合、先生にも失礼だし、周囲に余計な混乱を招くだけだろう。
自分の身は、自分の意思だけで衝動的に突き動かせるほど、軽いものではないことは承知していた。
「…………はぁ」
涼やかな風を求めて窓辺に歩み寄る。
こんなところを先生に見られたらと思うと情けないものだが、それでもいまはただ新鮮な空気を胸いっぱい吸って落ち着きたかった。
「――それでなんだけど!」
青い空のもと遠くの森を眺めていたミリウスの耳に、眼下から若い女の声が届く。
ちらと視線を落とすと、どうやら洗濯中のメイドたちがはしゃいでいるらしかった。
「昨日の坊ちゃんとシホ様を見た!? あたしはギリギリのところで駆けつけて見られたんだけど――――あれってもう完全にデキてるでしょうっ!?」
「あー駆け落ち騒動の? えー、わたしは見に行けなかったなぁ」
「絶対! 絶対そうだって! 二人とも互いを想い合う~みたいな熱~い視線で見つめ合ってたし。あぁ~シホ様が坊ちゃんの奥方様になるのかなぁ……!」
なにやら、昨日二人が馬に相乗りして帰宅した件で、メイドたちの話題は持ち切りのようだった。
「だったらわたし、超賛成! だってシホ様すごく優しいもん」
「そうよねー。元々庶民出身ってこともあるんだろうけど。魔法学院の教師なんてすごく偉い先生なのに、全然そんな素振りもみせないし」
「わたしたちにも気さくに話しかけてくれるし」
「坊ちゃんみたいにね!」
「そう! 坊ちゃんみたいに!」
お似合いよね~などと、口を揃えて笑い合う。
「でも、お似合いといったら……」
「?」
「最近、シホ様とレナード様もいい感じじゃない?」
(――――)
「レナード様?」
「そ、よく二人で中庭でお茶をしてるのをお見かけするし。そのときのレナード様の顔といったら――」
「顔といったら?」
「それが…………微笑ってたのよ!」
「!!」
「あのレナード様がよ!? そりゃお顔はとっても素晴らしいし、ラスティン坊ちゃん贔屓のあたしたちでもたまにクラッとくることはあるけれど、レナード様って基本全然笑わないじゃない」
「確かに……いつもクールな感じで、たま~にお客さんを出迎えるときに微笑みを浮かべるくらい……かな?」
あまりお顔を拝見することもないけれど、とメイドは記憶の中のレナード像を語る。
「それがシホ様の前では、なにか楽しそうな笑みを浮かべてたのよ。革命じゃない?!」
「レナード様も、シホ様の前だと絆されるのかもね~」
自分たちの胸に手を当てて、気持ちはわかる……とすでにしっかり心をつかまれているらしいメイドたちは、うんうんと頷きあった。
「ラスティン様とレナード様。どちらがシホ様の旦那様になるのかな~」
「逆でしょ、逆! シホ様がどちらの奥方様になるのかって話よ!」
「?」
「だってそれで、あたしたちがどちらのお屋敷に付いていくか決まるじゃない!」
「! そっか!」
「今までなら絶対にラスティン坊ちゃん一択だったけど……シホ様がこのお屋敷に残られてレナード様の奥方になるのなら、ちょっと考えなくもないかも……」
「メイドの幸せは女主人次第だしねぇ」
「そのうちレナード様もシホ様に感化されちゃったりして!」
「若奥様の影響で自分も使用人に優しくなっちゃうレナード様…………イイ!」
「でしょ!? きっと二人はいつも熱々で~」
「その姿を直接見られないわたしたちは、二人が出した洗濯物から、昨夜は熱~い夜を過ごされたことを密かに察するのだった……」
「もうっ!!!!」
バンバンと互いの肩を叩き合って、メイドたちは顔を真っ赤にしてそれはもう幸せそうにはしゃいでいた。
「…………………………」
それを偶然に耳にした自分は、欠片も幸せな気分にはなれなかった。




