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第4話 宣戦布告


「……ハッ。ご大層な激励なこって」



 シホが生徒たちへ笑んだ直後、教室の隅から吐き捨てるように低い声が飛んだ。


 クラス中が一斉に視線を向ける。


 するとそこには、退屈そうに机に片肘をついた――『男子生徒』がいた。




 男子生徒、のはずだ。


 体格や服装から見れば間違いなく男子生徒のはずなのだが、その見目は恐ろしく整っており、容貌だけなら女子生徒かと見間違うほどだ。


 艶やかな口元にすっと通った鼻筋。そして大きな菫色の瞳。

 ふわふとした猫を思わせる柔らかそうな髪は、歌劇の舞台役者といえば十人中十人が信じ込む容貌だ。



「ファビアン、口を慎め」


 クラスのまとめ役を任された王子ミリウスが苦言を呈す。

 が、当のファビアンと呼ばれた生徒は、一向に気にした様子もなく後を続けた。


「ドラゴン退治? ハッ、どこまで本当の話なんだか。そもそもお前らだって胡散臭いと思うだろ、こんな若い女が教師なんて。他はみんなジジイかむさ苦しいオッサンばっかだってのに」


 クラス内に沈黙が訪れる。

 皆、口には出さないが、内心では同様のことを思っていたのだろう。


 たしかに学院内で見かけるのは、高名な魔術師や軍属上がりの武術師範、同じ女性教師がいたとしても、彼女らと比べても自分はあまりにも若かった。



「しかも、リンデールの魔法研究院出身? 深部調査隊にいた? どこまでホラを吹いて潜り込んだんだか。……俺でも知ってるぜ、リンデール人の特徴は」



 ぴくり、とシホの肩が知らずに跳ねる。



「お前、リンデール人じゃねぇだろ。リンデール人は、雪のように白い銀髪だ」



「………………」


 わかっていた。この問いから逃れられないことは。

 幾度となく繰り返してきた、呪いのような問答。

 もう今更心が傷つくこともないけれど、それでもやはり、小さな疎外感は消えてくれない。



 小さく、細く長く息をつくと、シホは真っ直ぐに顔を上げてファビアンと呼ばれた青年を見据えた。


「そうだね。私は黒髪だ。リンデール人の特徴である銀髪じゃない」


 解けば背中まで流れる髪を、耳元だけ二筋残して、きっちりとまとめるスタイルに落ち着いたのは、いつからだっただろう。

 魔法研究院に入ってからだろうか。


 周囲との違いが嫌で、染めてしまうこともできたけれど。なんだかそれも癪で、ほどほどに目立たず、遠征の邪魔にもならない髪型ということで今の形に落ち着いた。



「たしかにリンデール人の特徴は、雪のように白い肌に銀の髪、色素の薄い瞳……一般的に語られる特徴そのものだ」


 このウィルテシアにも傭兵として出稼ぎに来るリンデール人は多い。彼らもその多くを目にしてきたのだろう。



「けれど、稀にその特徴を持たない個体も現れる。私のようにね。先祖に異国人がいたか、突然変異か……まぁ、獣たちと同じだよ」


 間違いなく自分はリンデール公国生まれのリンデール人なのだと念を押す。


 何しろ生まれてこのかた、リンデール国外に出たのはこれが初めてなのだ。


 たとえリンデール人にあるまじき黒髪持ちだろうと、不気味な緋色の瞳を持とうと、リンデール人以外に何を名乗ればいいのだと開き直って今日まで生きてきた。


 その生き方を今更変えるつもりも、変えられるつもりもない。



「まぁきみの心配が、私の実力より容姿に拘ることなら、私にはどうにも変えようがないけどね」


 とびきりの笑顔を作って、微笑みかける。



「少なくとも、きみ程度になら何度やっても負けないよ」


「…………!」


 ガタンッと、椅子が盛大に倒れる音がしたのは、彼が席を立ったからか。


 なんでもいい。因縁に対しては、実力を持って黙らせる。


 それはリンデールの魔法学院でも、魔法研究院でも、ウィルテシアで教師になっても――同じだ。


 やることはどこでも変わらない。最も手っ取り早く、最も確実な『証明法』。




「……吠え面かかせてやる」



 低く地の底のような唸りを上げて、ファビアンは。


 その綺麗な顔を歪めて『宣戦布告』をした。




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