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第25話 彼の剣、彼女の剣


 週も明けて、再び学院が日常を取り戻した週初め。

 放課後の演習場に、シホたちリースター・カレッジの面々と、剣技講師クライヴの姿があった。



「本気を出してくださいよ、シホ先生。オレも本気を出してくんで」

「わかった、わかりました。剣技勝負で、1本勝負。負けても文句言いっこなし」


 シホとクライヴは演習場の中央に立ち、お互いの獲物を手に準備運動をしていた。


「先生は本職が魔術師なんですし、魔法も全然使ってもらってオッケーなんですけど」

「いや、いくら解禁したといってもまだ温存したいし……」

「いやー、舐められてますねオレ。油断してると痛い目みることになると思うんですけど……そうだ!」


 良い案を思いついた、とばかりにクライヴは手を打つと、生き生きと目を輝かせながら提案する。



「負けた方が勝った方の言うことを聞くってのはどうです?」



 よくある勝負どきの賭け事だ。

 生徒の手前、下手に渋るのもどうかな、格好悪いかな、などと考えていると、続けてクライヴは嬉しそうにこう告げた。


「じゃあオレが勝ったら、シホ先生、オレと付き合ってくださいよ」

『はぁ!?』


 反応し怒声を上げたのはシホではない。観客席のファビアンほか男子生徒群だ。女子生徒は反対に『キャー!』と黄色い悲鳴を上げている。



「ふざけんな、なんでいち勝負に、んなこと賭けなきゃなんねーんだよ!」

「なに、生徒なのに担任が負けると思ってんの? 薄情だねぇ」

「お前如きにこいつが負けるわけねーだろ! 伸せ! 伸しちまえ!」


 外野と対戦相手の応酬で、シホは完全に蚊帳の外だ。



(しかしまぁ、担任教師が負けるってのもやっぱり格好つかないよねぇ)


 元より負ける気はさらさらないが、無様な姿を生徒の前で晒すのは、シホ自身も避けたかった。


 負けられない戦い……か。

 それならば負けたときの条件などに拘る必要もないだろう。


「いいよ、その話乗った」

『!?』


 外野の面々には、顔を赤くする者、青くする者、様々な反応をする者がいるが、シホのするべきことはひとつしかない。


「要は勝てばいいんでしょ」


 わかりやすい挑発は、勝負事の常套手段だ。クライヴはよほど本気で戦いたいと見える。

 同種の人間だからこそわかる欲に、シホ自身も気分が高揚し始めているのを感じていた。


 全力の真剣勝負。


 戦いの火蓋が切って落とされた。








 クライヴの実力は、宣言どおりのものだった。

 剣技の特別講師として招かれたというのも納得の、そこらの剣士とは一線を画す技量の実戦剣。

 実際に戦場で鍛えられた『人を斬るための』剣だった。


 貴族子弟の間で教えられる騎士の剣ではない。名誉と誇りのために振るうのではない、実際の戦場で生き残るための剣。

 兵士になる前は、在野で自由に剣を振るっていたと言っていたか――。

 傭兵や野盗の太刀筋に似た、荒々しく狡猾な鋭さがそこにはあった。


(――しかも、)

 すんでのところで振り下ろされた白刃を躱しながら、シホは密かに舌を巻く。


(これは――ただの実戦剣じゃない。もっと陰湿な――)


 突如軌道を変えた剣筋に髪一筋を持って行かれながら、シホは跳ねるように距離を取る。


(――――“獣の剣”)



 狼が、獲物の急所を狙い定めて牙を突き立てるように。

 獲物の逃げ道を読み、そこで真っ赤な口を開くように。


 理性と直感を究極まで研ぎ澄ませた“野生の剣”。


「――――ッ!」


 身をよじり、かろうじて受け流した剣の勢いをそのままに、相手の背後を狙い剣を翻す。

 が、それも相手の背に刃を突き立てる前に、残像を残して敵の姿は消えていた。


(――――マズい)


 そう直感し身を引いたときには、遅かった。

 振り抜かれた拳が鼻先をかすめ皮膚を紅く削り取っていく。

 それを紙一重のところで身を引いて躱し、シホはこれまでの経験にないような距離で後退した。



 強い。

 剣技の精度、体力、攻守の勘所。どれをとってもつけいる隙がなく、崩す糸口が見つからない。

 こんな経験は、師匠と相対したとき以来だ。

 懐かしい感覚に額に汗を浮かべつつ、シホは細く長い息を吐いた。



「シホ先生、どうしたんですか? 休憩ですかー?」


 あれだけ動いても一向に疲労の色が見えないところも、化け物だと言っていい。


(――――化け物、か。懐かしいな)


 たしかに、師匠の剣と彼の剣は、どこか通じるところがある。正規の剣を学ばず在野で揉まれながら習得したものは、畢竟こうして同じところに辿り着くのだろうか。


(けど、化け物退治なら初めてじゃないのよね)


 ぎらり、と腹の底から湧く懐かしいどす黒い感情に、シホは手にしていた長剣を放り出した。


「おや?」


 クライヴが目を丸くするのも構わない。腰元から隠していた短剣を抜き出すと、刃を潰すよう魔力の膜をかける。


「すみません。武器の変更をお願いします」


 長剣の熟達者に、同じ武器で挑むは至難の業。

 ましてや体力でも身長でも劣る身で挑むのは、互角以上の実力がある場合だけだ。

 この男にそれは叶わない。ならば取るべき手段は、自身の長所を最大限に活かすこと――……。


「行きます」


 宣言すると、シホは最大限の速度強化魔法で敵の懐に飛び込んだ。

 獲物の刀身の差。重量差。攻撃可能範囲の差。相手の人体の可動域まで読み込んで、死角から豹のように身を捻ると短剣を突き刺した。


「――ッ!!」

(逃さない――)


 続けざまに三度、四度、刺突、撫で斬り、両腕に持った短剣の範囲にある限りの急所に白刃を滑らすように埋め込んでゆく。


 長期戦にしてはならない。すればこの男は必ずこちらの手を学習する。だからそれまでに――確実に仕留めなければならない。

 冷え冷えとした呼吸に凍りついていく感情のままに、身体が発する命令のままにシホは攻撃を繰り返した。


「ぐっ……ッあぁっ!! くそっ!!」


 それでもさすがの実力といったところか。クライヴは何度か軽傷級の打撃は受けながらも、急所への攻撃はすべて見切って、体勢を立て直しつつあった。


 さすが剣一本で身を立ててきた男。

 本物の剣士とやらの実力を垣間見た気がする。


 互いに剣呑な視線を交差させて、じりじりと相手の次の一手を読み合う。


 大地が割れるような破裂音をさせて、クライヴがこちらへ踏み込んだ。



 迎え撃つ。


 が、


(――殺られる――――!)


 剣筋が見えない音速のきらめきに、シホは咄嗟に身を躱しながら左手を突き出していた。


 バチンッ。と、金属が破断するような強い衝撃と、次いで訪れた焼けるような左腕の痛み。

 遅れてどこか遠いところで、金属が何かに強く叩きつけられるような反響音がこだました。



「………………」


 すさまじい音さえ響かなければ、どちらも動きを止めることはなかっただろう。相手の息の根を止めるまでは一瞬たりとも油断できない世界で生きてきた人間だから。

 しかしその轟音が響いた先が、何よりも大切な生徒たちがいる場所からだったから――――呆けた頭で、シホはゆるりと振り向いた。



 呆然とする生徒一同の前に転がるのは、折れた剣先。他でもない、クライヴのものだった。

 それがくの字に捻れひしゃげ、生徒たちの前に転がっている。


「大丈夫っ――――!?」


 駆け出せば、生徒たちの前でゆるりと結界が明滅して、溶けるように静かに消えた。


 ふぅ、とどこからか場違いな柔らかな吐息が場を満たす。


「先生方、熱中するのは大変すばらしいことだと思いますが……ほどほどに」


 にこりと微笑って、マリーベルがゆっくりと両手を下ろした。







 この騒動を、最も冷静な視点で見ていたのはマリーベル、彼女だった。

 戦いに熱中する教師生徒一同を横目に、密かに観客席側に結界を敷いていた。それも誰にも気づかれないように、場の興を削がないように――。

 マリーベルに発動不探知魔法――このような特技があるとは思ってもみなかった。魔術の、特に結界術に才があるとは思っていたが、それ以外にこのような特筆すべき技能も持ち合わせていたとは。


「だからマリーの術のおかげで助かったの」


 エメリーや皆の説明を要約するとこうだ。

 クライヴと相対し、咄嗟に左腕を突き出したシホは、無意識に反射で魔法を使っていた。

 クライヴの刀身を根元から捩じり切り飛ばすと、それがミリウスたち生徒一同がいる観客席へと飛んでいった。

 幸い事前にマリーベルが施していた結界のおかげで誰一人怪我をすることはなかったものの、それがなければ本当に危うかったと言っていい。



「ごめんなさい……」


 項垂れるシホに、『そんなことより!』と言ってミリウスが駆け出した。


「先生、怪我が……! 動かないでください」


 すぐさま左手を取り、治癒魔法を開始する。

 見れば折れた剣の根元ででも切ったのだろうか、左腕の外側がざっくりと綺麗に切れていた。


「校内試合で真剣は使わない決まりだろう……!」


 ミリウスが珍しく相手を睨めつける。が、これにはさすがにシホも言葉を挟んだ。


「いや、これは私が剣を折ったせいだから……。クライヴ先生はちゃんと刃引きした剣を使ってくれてたよ」


 教師思いのいい子だ。

 が、真実を捻じ曲げてしまうわけにはいかない。

 この怪我も、彼らを危険に晒したのも、すべてはシホ自身の責任なのだから。


「で、どーするわけ。この勝負」


 半端なところで停止してしまった試合に、観客席から出てきたファビアンが半眼でつまらなそうに呟いた。


「それは傷を受けた私の負け……」

「いや、オレの負けだ」


 すっと身を乗り出したのはクライヴだった。



 そんなはずはない。あのまま試合を続けていれば、深手を負ったシホのほうが絶対に不利になっていた。

 たとえ折れた剣でもクライヴほどの使い手なら、どうにかして相手を攻め立てることができただろう。


「シホ先生はあのとき追撃の手段に打って出ていた。左腕を捨てて――。何もなければ次の手で右のナイフを肩口に受けていたのはオレだ」


 それに、とクライヴは付け加える。


「魔法の使い手にここまで手加減されて一手も出せなかったオレは、まだまだだってことだ」


 晴れやかな表情でクライヴは、痺れの残る右腕を何度も確かめるように握り込んだ。



「では、この試合は引き分けということで。いかがでしょう」


 マリーベルの鈴の鳴るような声が、肩を張っていた一同の力を抜いていく。



 すごい試合を見たとはしゃぐラスティンや。

 本当に大丈夫ですか、医務室に行ったほうが……とシホの側について離れないミリウスや。

 二度と近づくな狂犬が、と吐き捨てるファビアンや。

 笑顔を交わし合うエメリーとマリーベル。


 賑やかな一同に囲まれて、春の終わりの試合は、こうして幕を閉じたのだった。





            *




 その後、5日ほどして。

 臨時の特別講師だったクライヴは、本来の職務である軍の練兵場へと帰っていった。


「いや~、いいもの見させてもらったわ。アンタの剣、まるでラズローの悪魔を思い出したよ」

「私もこんなに手子摺る相手がいるとは思わなかった。いい勉強になったよ」


 互いに握手を握り返し、別れを告げる。


「もしここをクビになったら、ラズローに来いよ。鬼教官に紹介してやる」

「はは……」

「そのときはもう一度『勝負』だからな。お前も賭けるものを決めておけよ!」


 大きくこれでもかと手を振って、クライヴは馬と共に街道の先へと消えていった。





 春の嵐は、ようやく過ぎ去っていく。


 その跡に、様々な変化を置き去りにして――……。





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