第23話 夜の訪問者
その日の夕食は、エメリーの強い希望で、ファビアンのほか、ラスティン、ミリウス、マリーベルの野次馬4人衆と共に、シホを取り囲む形で取ることになったのだった。
学食の一角に意気揚々と陣取って、エメリーは開口一番シホに詰め寄った。
「で、先生。本当のところどうなんですか!?」
ずいっと、机に並んだ食事には目もくれず、エメリーは先程までと同じ質問を繰り返す。
「だから、普通に話をしてただけだよ。クライヴ先生でしょ。世間話世間話」
もぐもぐと、こちらは机に並んだ料理をなんとも美味しそうに頬張りながら、シホは適当に返事をする。
「でも先生! すごく楽しそうだったじゃないですか!!」
「そう?」
「お腹抱えて笑ってて……あんな先生見たことない!」
「えぇ~……」
ぷくりと頬を膨らませて顔を赤くする生徒に、シホはしばし逡巡すると『そうだったかもね』とぽつりと呟いた。
「いや、なんか懐かしいというか。よく見知った感じがして。同じ前衛職だからかなぁ、話が合うというか。あ、クライヴ先生も教練所に鬼教官がいるらしくてさ、なんか話してると他人とは思えないというか……」
「…………もういい」
それまで黙って傍観に徹していたファビアンは、知らずと饒舌になっているシホに低く呟いた。
「で、あんたのほうにその気はないわけ?」
「まさか!」
面白い冗談を言う、とばかりにからりと笑って、シホは食事の続きを放り込む。
たしかにこの様子では、シホ側に全くその気はないのだろう。今のところは。
しかし、相手も同じだとは限らないのが今回の問題だ。
「………………」
ファビアンが眉間に皺を寄せ憂慮したのも束の間、学食の通路から無駄に耳につく馬鹿でかい声が響いた。
「シホ先生じゃないですか! いや~奇遇ですね~!」
お隣いいですか? と尋ねながらも、返事も待たずにちゃっかりとシホの隣の席に着いたのは、当の問題講師クライヴ、その男だった。
なんの躊躇も遠慮もなく、クラスで囲む夕食の席に割って入ると、まるで初めからその席にいたといわんばかりにぽんぽんと会話を繰り出した。
ラスティンをだしにさらりと自己紹介を済ませ、この場の会話の中心となっていたエメリーを目敏く見つけると、髪飾りを褒め好印象を植えつけていく。
場の空気を、自分の味方につけていく。
(……他人にこうもさらりとこなされると……実に腹立たしいな)
普段なら自分が取るであろう行動が、目の前でいけ好かない相手になぞられると、なんとも腹立たしいことこの上ない。
ラスティンやエメリー、マリーベルなど、クライヴの会話に乗ってくる者は相手にするが、全く乗ってこないファビアンやミリウスなどに用はないとばかりに、はっきりとシホとの外堀を埋める材料に利用されている。
シホに近しい人間と親しくする様を見せることで、さらに距離を縮めようという魂胆なのだろう。
「そうなんですかー、シホ先生は甘いものが好きなんですね! そうだ、実は街で最近新しい菓子を出す店が流行ってまして――」
いつの間にかクライヴは、シホの予定を聞き出し始めていた。
「明日の放課後は――」
「明日の放課後は、補習があるんだよな。ラスティンの」
「うっ……」
ファビアンに指摘され、ラスティンは思い出したくない記憶を突きつけられ下を向く。
魔法学の小テストで赤点を取った結果である。
「じゃあ今週末の休日は――」
「実習の材料の買い出しだろ」
「え、そうだっけ?」
これにはシホが首を捻った。『来週だったような……』などと、もごもごと呟いている。
「お前が俺に言いつけたんだろ。忘れるなよ」
「あ、え……ごめん」
「なら明後日の放課後は――」
「あ、それは無理。約束があるから」
これにはきっぱりとシホが否を突きつけた。
「約束? それは……」
「内緒。でもとても大事な約束だから。ごめんね」
大事な約束? シホにそんな約束をする相手がいただろうか。
ファビアンが訝しんでいると、ふと隣で強ばっていた気配が緩むのが感じられた。
それまで借りてきた猫のように大人しく、葬式かと突っ込みたくなるような沈痛な面持ちで黙り込んでいたミリウスの瞳に、ふっと光が戻ったように見えた。
安堵、と言ってもいい。
「…………?」
ファビアンがミリウスを観察している隙に、いつの間にかクライヴが今度はシホに剣術試合の話を持ちかけ始めていた。
(―――― チッ、面倒くせえ)
「とにかく、こいつは何かと忙しいんだ。暇ならそこの剣術馬鹿に稽古でもつけてやってくれよ。なぁ、クライヴ先生?」
ファビアンの意地の悪い笑みが、ことさら綺麗に花開いた。
*
その日、シホが夕食後にリースター寮に戻りくつろいでいると、前触れもなく来訪者を告げるノック音が鳴り響いた。
(こんな時間に……誰だろ?)
首を傾げながらも扉を開ける。するとそこにいたのは意外な人物――顔を忌々しげにしかめたファビアンだった。
「どうしたの、こんな時間に」
「お前なぁ……こんな時間に、相手が誰かも確認せずにほいほいドアを開けんなよ。変な奴だったらどーすんだ」
毒突きながら、ずかずかとファビアンは建物内に入り込む。
「何か飲む?」
「いらね」
一応聞いてみただけなのだが、案の定ファビアンはむっすりと黙り込むと、そのままサロンの窓際のソファに定位置を決めて、こちらに背を向けて寝てしまった。
「………………」
ファビアンのすることだから、あれこれ意味を考えても仕方がないのだろう。猫のように気ままな彼のことだ。振り回されることに慣れてしまったシホは、頭を切り替えると、自分用の紅茶を入れてキッチン脇の食卓に腰を下ろした。
明日の授業準備をしなくてはならない。
今日行った魔法学のテスト結果に目を通し、皆の理解が追いついていない箇所を確認する。特にラスティンにわかりやすく説明するためにどう工夫するべきか……そんなことを考えながら作業をしていると、窓際のソファからごそりと寝返りを打つ衣擦れの音がした。
「……なあ」
「?」
「俺が何しに来たとか、気になんねーわけ?」
「……。だから聞いたじゃない、最初に出迎えたときに」
「そのあとだよ! 普通気になってもう一度聞くだろ!?」
(えぇー……めんどくさい……)
内心が顔に出ていたのだろう。ますますファビアンは不機嫌そうに不貞腐れて、手近にあった本を手に取るとそれを開いて乱暴に顔を隠す。
「お前が来いって言ったんだろうが……」
ぼそりと聞こえた呟きに、そういえばそんなことを言ったような気もすると思い直す。
――『夜に一人で部屋にいるのが退屈なら、書庫をおすすめするよ。それが嫌なら私のところにおいで。話し相手くらいにはなってあげる』。
(あー……)
確かに言っていた。が、本当に話し相手を求めてくるとは思わなかった。単純に『誰かがいる空間』くらいは必要としているかな、とは思ったけれど。
「どうしたの? 相談ごと?」
近くに寄って、ソファに腰を据えて問いかけてみたものの、返事はない。
代わりに彼は、黙って手に取った本のページをめくり続けた。
シホと目を合わせるつもりはないという意思表示らしい。
「その本、面白い?」
たまたまシホが読みかけで置いていた魔法書だ。基礎的な部分が多いからファビアンでも十分理解できる内容で、なおかつ魔法の真理を突いていることから、今なおシホが読み返しても十分為になり面白い。
若干分厚く難解な言い回しも多いため、ラスティンなどはすぐさま音を上げてしまいそうだが……。
「……暇潰し程度には」
ファビアンには、それなりにお気に召したようだ。
「じゃあ私はそこにいるから。喉が渇いたら、適当にお茶でも飲んでね」
そっと席を立ち、再び食卓に戻ると、作業を再開する。
それはシホがあくびを噛み殺し、睡魔に襲われるまで続いた。
*
すやすやと食卓で寝息を立てるシホを見下ろして、ファビアンは深い溜め息をついた。
「無防備にも程があんだろ……」
いくら相手が自分のクラスの生徒とはいえ、夜も遅い時間に男と同じ薄暗い空間にいて熟睡するなど、危機感の欠如にもほどがある。
このような間抜けでは、万一あの男が夜分に訪ねてきてもほいほい家の中に上げて相手の望むまま間違いが起きてもおかしくない。
(……今は魔法も使えないくせに)
普段いくら熊のような怪力を誇っても、あくまでそれは魔法の補助あってこそ。それがない今は、ただのそこらの少しばかり鍛えた程度の女でしかない。
自分のそれほど太くない男の腕でも十分動きを封じられてしまうほど非力な存在でしかないのだ。
「…………このバカが」
ファビアンはそっとシホに覆い被さると、その幸せそうな間抜け面をぺちりと叩いた。
*
その翌日も、ファビアンはラスティンの補習が終わるのを見計らったようにリースター寮を訪れた。
何を相談するでもなく、窓際の定位置のソファに腰かけて、読みかけの本を読んでいく。
まるで日課だといわんばかりの自然体だった。
夕食の席にも無言でついてくると、自分の嫌いな野菜を人の皿に放り込む。
「もう! 食べられないなら注文しなきゃいいじゃない!」
「茄子が入ってるのが悪い。それ以外は好きなんだよ」
自由気まま。天衣無縫。
子供のように奔放に、シホをこれでもかと振り回していく。
*
その翌日もまた、ファビアンはリースター寮を訪れた。
まだ日も浅い時間だ。鍵のかかっていないだろうドアをがちゃりと開けて、勝手にサロンに上がり込む。
……そこで数日前のシホの言葉を思い出した。
『なら明後日の放課後は――』
『あ、それは無理。約束があるから』
『約束? それは……』
『内緒。でもとても大事な約束だから。ごめんね』
無人の室内に、がらんと広がったサロンの光景に、いま通ってきた扉のドアベルの音だけが反響していた。
「……ファビアン?」
ドアベルの音を聞きつけたのだろう。無人だと思われていた屋敷の奥から、シホが慌てたように顔を出した。
「ごめんね。いま別の子の対応中だから……」
対応中。約束の相手は生徒だったか。
進路相談か、家庭の相談か。
「いや、忘れてた。こっちの所為だ。また来る――……」
踵を返しかけたところで、さらに奥から現れた人影に目を剥いた。
「……ファビアン?」
――ミリウスだ。
ミリウスは金糸に覆われた目を丸くして、珍しい人物の来訪に驚いていた。
「………………」
なんでお前が驚くんだ、とか。
どうしてサロンではなく奥の部屋から出てきたんだ、とか。
上着はどこに、置いてきた? とか。
瞬時に腹の中でさまざまな思いがとぐろを巻く。
「へえぇ。そういうこと」
ファビアンは未練はないとばかりにかぶりを振ると、勢いよく扉を開けて寮を出て行った。
次回、デート回です。




