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第22話 恋の噂は密の味?


 教室に駆け込んできた女子生徒の名を、エメリーという。

 子爵家の三女だという快活な、貴族のイメージに反しよく喋る、下町の看板娘をとびきり品良くしたような娘である。


 彼女が友人のマリーベル――こちらは伯爵家の長女で、エメリーとは対照的ないかにも貴族のお嬢様といったたおやかな風情の娘だ――を連れて教室に駆け込んできたのは、昼休みを中程も過ぎたころだった。


 すでに昼食を終えた生徒たちがぞろぞろと教室に戻り、午後の授業開始までの暇な時間を潰すころ。彼女たちはいま先ほど見たという光景を、ファビアンたち教室にいた生徒に熱く語ってみせた。


『先生が! 知らない男の人と職員用食堂でデートしてたの!』



「………………それだけ?」


 ファビアンの開口一声はそれだった。


「バカバカしい、食事だけならそこらへんの職員同士でもするだろ」


 それとも貴族の世界では、男女同席で食事をすれば即婚約という決まりでもあるのだろうか。



「そうだけど……!! でも、今日の先生、すごく楽しそうに笑ってたし、食事だって、ご飯だけじゃなくてデザートまでたくさん頼んで……楽しそうにお茶してたの!!」

「………………」


 ファビアンの記憶では、学生食堂で食事をするときも、あいつはそこまで食うか……というほど、デザート類にまで手を出していたはずである。

 アーミントンに来て食事に目覚めたらしいシホの奇行は皆知っているはずだから、それを差し引いても何かあると見えるほどに、楽しそうに過ごしていたということか。


「………………」

 ちらりと横を見ると、さすがに無視できなくなったのか、重苦しい表情の王子様が無言で唇を引き結んでいた。


「それにさっき二人で一緒にどこかへ向かったの! 庭園のほうだと思うけど……これって絶対デートでしょ!?」


 エメリーが目をキラキラさせて語ると、


「たしかに言ってたな……学院内で彼女がいる奴は、西の薔薇園がおすすめだって」


 ラスティンがどこかから仕入れてきた情報を披露する。


「ほらやっぱり!」


 前のめりなエメリーがさらに熱くなったところで、ファビアンはちらとその後ろで静かに佇んでいる彼女の友人マリーベルを見た。


 

「わたくしの見た限り、先生がどうかはわかりませんが、少なくとも相手の殿方は、先生を女性としてエスコートしていらっしゃるように見えましたわ」


 エメリーの友人のマリーベルが、熱くなった友人とは対照的に冷静な視点で目撃してきた状況を述べた。



「………………」


 これは思った以上に、手が早い相手かもしれない。


「おい、行くぞ。ラスティン、あとミリウスも」

「!」

「ちんたらして目も当てられない事態になったら大変だろ」


 ファビアンは友人2名と、クラスメイトの女子二人を引き連れて、教室を飛び出したのだった。




           *




 シホたちを追って、教室を飛び出したファビアンたちが二人を見つけたのは、西の薔薇園ではなく、休憩時間中の生徒や職員も多い噴水広場だった。

 二人でベンチに腰かけて、何やら楽しげに話し込んでいる。


 その様子を植え込みの陰から眺めながら、エメリーが残念そうに呟いた。


「西の薔薇園じゃなかったね……」

「だから言っただろ。そんな大騒ぎすることないって」


 すかさずラスティンが、鼻息辛くこちらを仰ぎ見る。

 考え過ぎだと言いたいらしい。


 しかし、ファビアンの評価は正反対だった。



(厄介な相手だな……)


 敵が安直に雰囲気のよい薔薇園ではなく、親しみやすい広場を選んだことに、ファビアンは却って警戒心を強めていた。


 ラスティンたち貴族の感覚ではどうか知らないが、庶民の感覚では、いきなり出会ったその日に、薔薇園の白亜のテーブルに案内するような輩は、十中八九遊び人である。

 どんな女でもすぐさま相手の下心に気づき、口説かれる前にとっとと退散するのがオチだ。


 それをあいつはわかっている。だから愚かな手段は取らず、自身の『親しみやすさ』という武器を最大限に生かせる場所で、まずは距離を縮めていくという作戦に出たわけだ。


(手慣れてる……距離の詰め方も、相手の心の内に滑り込む話術も)


 どちらも相当場数を踏んでいるのだろう。本当に自然にすべてのことをやってのけていた。


(まさかとは思うが……ないよな?)


 視線の先のシホは、本当に楽しそうに笑っていた。

 それは普段教室で生徒相手に見せるのとは違う種類の笑みで、また職場の同僚相手に見せる笑みとも違っていた。

 長い付き合いの親友にしか見せないような、心の底から弾けるような快活な笑みで、シホは腹を抱えてクライヴという男と語り合っていた。


「……………………」


 突きつけられた現実に、どう対処したものかと思案していると、突如背後から力ない声がぽつりと降りかかってきた。


「……すまない、悪いが先に教室に戻らせてもらう」


 そう言い残してミリウスは、青い顔で校舎のほうへと歩いていった。


「大丈夫でしょうか、ミリウス様……お顔の色が優れないようでしたけれど」

「それもっ、それも心配だけど! マリー、それよりいまは先生のことよ!」


 目下担任教師の恋愛事情に釘付けの友人エメリーに引き摺られ、マリーベルもまた植え込みから頭を出す野次馬3人衆に引き込まれる。


 その監視網は、昼休みが終わり、午後の授業開始を知らせる鐘の音が鳴り響くまで続いたのだった。




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