第21話 春の嵐にご用心
ラスティン・ライオールには自慢の師がいる。
その名をシホ・ランドール。
若干二十歳という年齢で、女であるにも関わらず、そこらの男が束になっても敵わず、さらにはドラゴンまで倒してしまうという凄腕だ。
ラスティンは正直、自分の担任が彼女でよかったと心の底から思っている。
……けれどここ数日、密かに溜まっている不満がある。
「なぁー先生ー。剣の相手してくれよー」
「ダーメ。ほかの先生に相手してもらいなさい」
頼んでも駄目。縋っても駄目。
どうやら前回のドラゴン戦で魔力を使い果たしたらしい先生は、『魔力の充填中』という名目で、しばらくの間魔法を使用するのを控えているらしかった。
「剣なら魔力関係ないだろ!?」
「大ありよ。何でこんな私が、筋肉ムッキムキのあなたと剣でやり合えてると思ってるの。魔法で強化してるからだって言ったじゃない」
そんなことは知っている。けれど豪快に爆発する攻撃魔法を使うでもなし、少し強化魔法を使用するくらいいいじゃないかと思うのだ。
ドラゴン戦で寝込んでいた先生が復帰してからさらに一週間、とんで数日。ずっと先生と再戦できる日をいまかいまかと待ちわびていたラスティンにとって、それはもう長いお預けだった。
「とにかく駄目。諦めなさい。魔法学院で魔法が使えない教師なんてシャレにならないんだから、とにかく充填できるまでは絶対にダメ!」
「ううう……」
頼み込めばどうにかなるかと思って、教室を出たシホを追いかけてきたものの、こんな往来で恥ずかしげもなく頼み込んでも彼女の返答は変わらなかった。
「とにかくラスティン、あなたは……」
「――ラスティン?」
先生が何事かを言おうとしたところに、まったく別の方向から自分の名を呼ぶ声がした。
男の声だ。
振り返るとそこには、廊下の反対側に、二十代も半ばだろうか、髪を短く刈り込み左眉にキズのある体格のいい男がこちらを振り向いたところだった。
「――クライヴ先生?」
ラスティンは咄嗟に相手の名を口にしていた。
人の名前を覚えるのが苦手な自分が、出会ったその日にすぐさま覚えた希少な人物。
ほかでもない。自分の『得意科目』の指導員。
彼は現役の軍人ながら、剣技指導のために臨時の特別講師として、最近学院に来た人物だった。
「よーラスティン。奇遇だな。昼メシか?」
いつもの調子で、ほかの教員にはない兄貴分のような気安さで、ひらひらと手を振りながら歩いてくるクライヴ。
そのクライヴの剣士らしい鋭い眼が、こちらに近づくにつれ点になっていくのが見てとれた。
その視線の先にいるのは――シホだ。
クライヴはとびきり珍しいものでも見つけたようにシホを上から下まで眺めると、
「……ラスティン、こちらの美人さんは?」
わざとシホにも聞こえるよう問いかけた。
「リースターの担任、シホ先生だよ。――あ、シホ先生、こっちは剣技指導のクライヴ先生」
お互い初対面らしい教師二人に、互いのことを紹介する。
「へぇ……噂はかねがね。こいつから、あなたは大層強いと聞いてます。それがまさか、これほどお美しいお嬢さんだとは」
たしかにクライヴには『うちの担任のほうが強い』だとか、『うちの先生はドラゴンだって倒すんだからな』とか、散々言って自慢した気がする。
剣で敵わない腹いせで出た言葉だったのだが、それをこうも覚えていたとは……。
(あのときは『へーすごい奴もいるもんだナー……』と、まるで相手にしていない風だったのに)
なのにこの変わりようは何だ。
ちゃっかりとシホの手を取って、貴族の真似事みたく指先にキスまで落としている。
クライヴは饒舌だった。ラスティンのこと、学院に来てまだ日が浅く不慣れなこと、平民と貴族社会の違いへの感想など……シホが乗ってきそうな話題を次々に繰り出して、たちまちシホと意気投合してしまった。
「それじゃラスティン、また授業でな~! さぁ行きましょ、シーホせんせ」
ご機嫌そうに大きく手を振って、そして空いた手でシホの背を押しながらどこかへと消えていく。
嵐のような一瞬だった。
「何なんだ……」
一人取り残されて、ラスティンは呆然と廊下で呟いた。
*
そんなことがあったのだと、教室に戻ってきたラスティンが呟いていた昼休み。
気だるげに机に座り、パンを囓っていたファビアンは、最後の一口を放り込んで呟いた。
「なんだそれ。あからさまにシホに気があんじゃん。そいつ」
バサッ、と、教室のどこかで物音がした。
「ん?」
音のした先を振り返ると、教壇の前、黒板周りの整理をしていた王子様が、出席簿を取り落としたところだった。
「……気にしないでくれ」
こちらに目もくれず、落としたものの埃を払うと、ミリウスは無言で作業を再開する。
「なー監督生サマ的には、気になんねーわけ?」
「……何が」
「あいつに男が言い寄ってるらしーんだけど。男ができた影響で授業が疎かに……とか考えたりはしないわけ?」
「別に……恋愛は個人の自由だろう。それに先生に限ってそんなことはない」
「ふーん」
ファビアンとしても、本心では教師の恋愛事情など正直どうでもいい。
しかしあのシホに言い寄る男というのがどういう豪傑か、見てみたいという好奇心はある。
「でもまぁ黙ってさえいりゃ顔だけはいいからな、あいつ。――戦闘になると熊だけど」
実際ここしばらく、魔法が使えない影響が心理的に所作にも現れるのだろうか。なんとなく以前より大人しいというか、女らしい、柔らかな振る舞いが増えた気がする。
学院に来たばかりのころのような、バリバリの戦闘民族のようなカドが取れ、接しやすくなっているのは事実だ。
翻せば――隙ができている、といっていい。
「クライヴ先生、クライヴ先生なぁー……」
「なんだよラスティン」
「腕は滅法立つし、悪い人じゃあないんだけど……」
コイツにしては珍しい、奥歯に物が挟まったような物言い。
ファビアンは口ごもる友人が続きを吐き出すのを待った。
「戦闘好きなのは先生とも気が合うだろうし、話も上手いんだけどさぁー……」
――『めっちゃ、昔付き合った女の、人数とか胸とか語るんだよなぁ』
「……なんだそれ。それってつまり、ヤリも――」
「っとぉ――!!」
必死な形相のラスティンに口を塞がれ、机から転げ落ちそうになる。
「ファビアン!? いま女子いないけどさ、一応学校だし? 言葉には気をつけような?!」
……貴族ながら、普段は庶民と同じような話し方をする癖に。こういうところで『上品』なのが、下町育ちの自分とは違うのだなとファビアンは密かに痛感する。
なんとか必死に押さえつけるラスティンの腕を引き剥がし、深い息をつく。
「わかったよ。わかった、言い換える。えっと…………タチの悪い女好き、ってことだな」
「そうだよ。……あくまで予想だけど」
もちろん男なら誰でも下心はあるだろう。
それが本命だろうと、一時の遊びだろうと。
しかし下心のみで動く男がクズであることには違いない。
遊びには遊びの流儀があるのだ。
「たしかにあいつ、顔だけじゃなく脱げば胸もありそうだもんな」
――ブッと、あからさまにラスティンが噴き出した。
ファビアンの見立てでは、シホは着痩せするタイプの女だ。
いつもは隙のない装いのせいでそうとは気づかれにくいが、目敏い人間なら勘付く者もいるだろう。
おまけにあいつも無自覚なのか、実用性重視で選んだパンツスタイルが、地味に身体のラインを拾っているのもよろしくない。
「……っていつまで赤くなってんだよ。子供か」
見れば机に突っ伏したラスティンに加え、ミリウスもまた、そっぽを向き口元を押さえたまま耳を赤く染めていた。
「……??」
まぁいい、とにかく、よろしくない男だとわかった以上、堂々と覗き見する権利ができたわけである。
そんなときだった。
頃合いも丁度よく、教室に女子生徒が駆け込んできたのは。
「ねぇねぇ! 先生に彼氏ができたみたい!」
リースター・カレッジに、嵐の1週間がやってきた。
※ラスティンとミリウスは9話で先生の胸を確認済みです。




