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第19話 光の輪郭を 1


 先生のもとを訪ねる約束をしてから、二日目の放課後。

 まだ高い日が明るく空を照らす内に、ミリウスはリースター寮を訪れた。

 約1週間ぶりに寮の扉を開く。特徴的なサンルームの扉を開くと、カランコロンとベルが鳴った。


「あ、ミリウスー? どうぞ2階に上がってー!」


 ドアベルの音が届いたのだろう、先生が2階から呼ぶ声がする。


(……用は、サロンで済ませるわけではないのか)


 てっきり日頃生徒と交流するように、このサンルーム――談話室サロンで話をするものだと思っていた。

 けれど2階となると話は別だ。

 共有スペースであるサロンと違って、2階は完全に先生の私室――生活空間だ。

 先生が伏せって動けなかったときは例外的に出入りさせてもらっていたが、先生が元気ないま、呼ばれる理由が見当たらない。


 ミリウスはどうしたものかと戸惑った。



「ミリウスー? 聞こえてるー?」


 先生の声に疑問が混じり始め、そのまま下りてきそうな気配がしたころ、ミリウスは慌てて、


「いま行きます!」


 と叫んで、階段を目指した。



 すっかり通い慣れた階段を、ギッギッと音をさせながら上ってゆく。

 古い建物だから音がするのは仕方がない。

 けれどこれなら、たとえ無作法な者が無断で上がろうとしても、先生が事前に気づいてくれるだろう。

 だから却ってよいかもしれない――などと場違いな心配をしたりする。


 階段を上りきると、そこには見慣れた先生の寝室の扉があった。

 見舞いをしていたときは毎日訪れた部屋だ。けれどそれが今は固く閉ざされている。

 代わりにその隣の扉が薄く開け放たれていた。


「…………先生?」


 失礼します、と形ばかりのノックをして、薄く開け放たれていた扉を開く。

 するとそこには、不思議な空間が広がっていた。




 どこかの教授の研究室か――そう思わせるような魔法書の詰め込まれた書架が壁際にずらりと並んでいた。


 近くのテーブルには、溢れた書物がうずたかく積み上げられており、無数の付箋を挟まれたそれらが、ただ放置されているのではなく、熱心に読み込まれていることを物語っていた。


 部屋にはほかにも見たことのない魔道具や工具のようなものが棚に収められ、窓から射し込む柔らかい光にきらきらと部屋中が輝いていた。



「………………」


 秘密基地のような、子供の宝物を詰め込んだおもちゃ箱のような、雑然としていながらもどこか懐かしい落ち着く空間。

 そんな空間の中心に、先生は座っていた。


 こちらに背を向けて、窓際に据えられた作業台に向かって何やら一心に作業をしている。

 自室だからかいつもの外套は身につけておらず、その細い肩が印象的だった。



「ごめんね、迎えにいけなくて。ちょっと手が離せなくて……。適当にその辺に座ってくれていいから」


 促されるままおずおずと部屋を進み、先生の近くに置かれていたティーテーブルの椅子に腰かける。

 先生の手元を覗き込むと、彼女は熱心に金属板に彫りものをしていた。


 作業台にはたくさんの工具が吊り下げられており――相当使い込まれているのだろう――道具には細かな傷がたくさんあった。


 真剣な眼差しで手先を細かく動かす先生。

 なんとなく――部屋をぐるりと見回して、ミリウスはこの部屋の『日常』に思いを馳せてみた。



 授業のない静かな休日。先生は遅めの朝食を取り、きっとこの部屋に籠もるのだろう。

 大好きな魔法学の書を読み込み、ああでもない、こうでもないと新しい理論や手法を考えて、そして思いついた魔法陣を嬉々としてこうして何かに記すのだ。


 子供のように無邪気なその姿を想像して、ミリウスは自分が知らぬうちに口元に笑みをつくっているのに気づき、慌てて居住まいを正した。



「よし、待たせてごめんね。……ん? あぁ、これ? 気になる?」


 振り返った先生は、たまたまミリウスの視線の先にあった魔法書に目を留めた。それは他でもない、先生がいつも身につけていたあの魔法書だった。


 普段なら先生の腰にあるそれが、今は作業台の傍らで箱に入れられ、ひっそりと眠るように置かれている。



「この間の戦闘で魔法をたくさん使っちゃったからね。今は補修と魔力の補充中」


 呪紋使いには避けては通れないことだが、呪紋のなかには使用と同時に効力を失うものや、魔法書の紙片ごと飛ばして使用するものがある。

 それらはその度に描き直したり、ページを新たに綴じ直したりと、補修の必要が出てくるのだと先生は語った。



「…………すみません」


 そのどれもが、ミリウスがいなければ本来行う必要もなかった作業だ。

 先生が自分のためにどれほどの呪紋を消費したのか痛感して、気づけば自然と口から謝罪の言葉が漏れ出ていた。



「? 何の話?」


 先生はこてん、と首を傾げる。そして、


「あぁ。魔法書のことなら、遠征後はいつもこうだから気にしなくていいよ」


 朗らかに手を振った。




「そんなことより……」

「?」


 先生は急に真剣な顔つきになり、ミリウスの前に仁王立ちする。



 そして、こう言い放った。




「ねぇ、服を脱いでくれる?」



「!!?」



「もちろん全部とは言わないから。上着だけでいいから」



 ぐっと前のめりに身を突き出して、強い瞳で問う。



「私にも診せてくれる? その左腕」






 …………気づかれていた。


 それは無理のないことだったかもしれない。

 あれほど細部まで気がつく先生だ。隠し通せると思ったことこそが思い上がりだったのかもしれない。


 ミリウスは観念したものの、いざ上着に手を掛ける段になって戸惑った。

 傷口は左腕のほとんど肩に近い部分にある。先生の言うとおり、袖を捲った程度では見えず、上着とシャツを脱ぐ必要があるだろう。

 しかしそれにミリウスはひどく抵抗があった。


「………………」


 自分でもよくわからない。今まで医者や、必要があれば使用人の前で肌を晒すことは幾度となくあったはずだが、その対象が先生となった途端、叶うならば避けたいような逃げ腰な気持ちがそこにはあった。



 ちらりと伺うと、先生は辛抱強くこちらが折れるのを待っている。


「…………はぁ」


 ミリウスは今度こそ観念して、上着のボタンに手を掛けた。





 先生の指示どおり、左腕がよく見えるよう上着もシャツもすべて脱ぎ、上半身何も纏わぬ姿になって、ミリウスは再度椅子に腰かける。


 自分でも王族にしてはよく鍛えているほうだという自負はある。

 しかしそれでも、普段目にしているラスティンの鍛え上げられた身体を脳裏に浮かべると、何だか逃げ出したいような惨めな気持ちになった。


「ありがと」


 先生は無理を聞いてもらったことに短く礼を言うと、ミリウスの左側に椅子を持って来て腰かける。

 そしてそっと火傷の跡の残る左腕に触れた。


「……っ!」


 痛かったのではない。もちろん中途半端なところで治療を放り出していたので痛みは残るのだが、それよりも先生のひんやりとした細い指先が触れたことに身体が驚いていた。



「やっぱり、きちんと治してないでしょ」


 途中で治療をやめると跡になるよ、と忠告する先生の言葉も、ほとんど耳に届いていなかった。




 ――先生は、何も動揺しないのだろうか。

 ――男の裸くらいでは、いちいち驚かない?

 ――自分程度では、先生の記憶にも残らない?



 理解不能な感情が、ちりりと胸の奥を焼く。

 早鐘のように脈打つ鼓動を抑えるのに必死な自分とは正反対に、あくまでどこまでも冷静な先生に泣きたいような気持ちになる。



「まずはきちんと治さないと。動かないでね」


 言葉にするなり、先生はすぐさま普段はあまり聞くことのない長い口述呪紋を唱え、治癒魔法を開始する。

 それは先生の手のひらから淡い光となってミリウスの左腕へと降り注ぎ、焼け爛れていた傷口へ浸みるように吸い込まれていった。



 どれくらい時間が経っただろう。

 永遠にも思えるような時間を経たあと先生は『これで大丈夫かな』と、手を離した。



「なんとなく事情は把握した気がするけど、きちんと話してくれる?」


 こちらの目を真っ直ぐ覗き込み、そう問いかける。




「それは……」



 ミリウスは、これまでのことを語り始めた。





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