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第17話 見えない傷跡 1


 シホが正式に療養期間から復帰し学級に戻ると、そこは少しばかり以前と環境が変わっていた。


『ドラゴンキラー』

 その名が学院中に響き渡り、知らない生徒までが尊敬と畏怖の眼差しをもって見つめてくる。


 ……正直、非常にやりにくい。


 黙って余計なことを言わなければそのうち過剰に盛った噂だと、尾ひれのついた蜥蜴とかげ退治だと落ち着いていくのだろうが、それでも笑い話のようにあちこちの同僚から世間話のネタとして振られるのは勘弁してほしかった。


 教室内でも、担任のそんな胸の内を知ってか知らずか、ラスティンとファビアンはことあるごとにつけてその話題を持ち出してくる。

 ラスティンのほうに悪意はないにしても、ファビアンのほうは確実に面白がっている。


「………………はぁ」

「大丈夫ですか、先生?」


 顔を覗き込んできたのはミリウスだ。

 王子らしい所作はそのままだが、以前より幾分か接しやすくなった気がする。

 距離を近く感じるようになった――とでもいうのだろうか。


 なんにしろ、時折柔らかな雰囲気を出すようになり、クラスの仲間とも今まで以上に打ち解けてきたような気がする。

 よい傾向だ。



 ただそんなミリウスを見ていて――シホはひとつ気になることが生まれていた。


 その日の、実技演習もそうだった。




 ミリウスは周囲のクラスメイトに交じり、いつものように魔力の炎で的を射る練習をしていた。


 ファビアンが得意気になって3つの的を同時に撃ち抜いたあと、ミリウスの順番になった。


 彼はしばし沈黙し、何事か黙考するようにひどく集中した後、意を決したように魔法を放ち――――そして的を外したのだ。


 正確には的の端をかすめたので完全に明後日の方向に飛んだわけではないのだが、彼にしては珍しい不調だった。



 案の定ファビアンが絡むが、ミリウスは相変わらず涼しい顔で『お前より炎は大きい。扱い方を間違っただけだ。次は当てる』と言うと、そのまま後方へと下がってゆく。


 そしてその宣言どおり、次の順番にはいつもどおりの威力の炎で、的を完璧に撃ち抜いてみせるのだ。



「………………」


 彼なりに心境の変化があり、より高火力の魔法に挑戦し、制御が不安定になっているだけ――――。

 それならば、魔術師にはよくある現象だ。


 だが、決まってそんなあと、ミリウスは人と距離を取る。

 それとわからないように集団から距離を取り、戻ってきたとしてもどこか常に位置取りを気にするように、人と距離を置いている。


 笑顔もどこか貼り付けたようで、ほんの一瞬、誰の目にも映らなくなった瞬間に浮かべる表情には、苦悶と、苛立ちと、翳りのような色がみえた。



「………………」


 シホは考える。


 こうした場合、自分が彼にしてやれることは何があるだろう?


 ふと思い至った可能性に気づき、シホは天を仰ぐのだった。






         *





 午後の最後の授業である演習を終え、ミリウスが自室に戻ろうとしたとき、担任であるシホ・ランドールが声をかけてきた。


「お疲れ様。ねぇミリウス、明後日の放課後、時間はあるかな?」

「え?」


 突然の質問だった。

 特に予定らしい予定もないことから時間はあることを伝えると、シホは『じゃあ、リースター( うち )寮に来てくれる?』と、そう言った。


 そういえば、先生が復調してからというもの、特に理由がないので、リースター寮を訪れていなかった。

 それまで、あまりにも頻繁に訪れていたので、看病という名目がなくなってしまった今、却って訪れる理由がなく行きづらくなってしまったというところもある。


 毎日授業で会える安心感もあり、積極的に行く理由を探さなかったのもあるのだが……まさか先生のほうから声がかかるとは。


 何か心配させるようなことをしただろうか?

 ミリウスは自分の胸に問いかける。

 そしてそんな考えを振り払うように首を振った。



「わかりました。伺います」


「ん、待ってる」


 笑顔で先生は手を振って去って行った。



「心配させているわけじゃない……のか?」



 それならばよかった。



 先生に余計な心配はかけたくない。








 ミリウスは寮に戻ると、自室の扉を開けてベッドに乱暴に座り込む。

 フーッと細く長い息を吐いた。


(まったく厄介だ…………)


 忌々しく吐き捨てる。


 じくじくと疼くように痛む左腕を、服の上から鷲掴む。

 ぎりりと歯軋りをしたくなるような痛みが刺した。


 おそらくこの調子だと、酷い火傷になっているだろう。



 初期治療は周囲にバレないようにそっと行ったが、先生に見抜かれなかった自信はない。それに、つい負傷した左腕を庇ってしまったようにも思う。



「もっと上手くできるだろう……!」


 人知れず、思うように演じることのできない自分に苛立った。


 心配してほしいわけではない。強くなりたいのだ。


 強く、強く、自分の身くらい、自分で守れるくらいに。



「………………」


 忌まわしい、自分のこの体を呪い直す。

 魔法ひとつ、満足に操れないこの体を。



 焼け爛れた腕を癒やしながら、深い思考に沈んでゆく――……。





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