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第13話 校外演習 1


 木漏れ日の差す林道を、がやがやと賑やかに進む一行がいる。

 リースター・カレッジだ。

 引率するシホを取り囲むように列をつくり、森の中の道を楽しそうに進んでゆく。


 なぜ、こんな場所にいるのか――。

 それは、シホたち王立アーミントン魔法学院、最終学年の一同が、校外での実技演習として、エストン地方にある王国軍所有のコルトフィールド演習場を訪れているからだった――。



「みんな、ピクニックじゃないんだから……」


 シホは周囲を見回して嘆息する。完全に遠足気分だ。


(まぁ無理もないか……)


 普段、学院の敷地内から外に出ることはない彼らである。

 休日に街に出ることは許されているが、仲間とこうして緑溢れる郊外へ出たことで、ちょっとした旅行気分なのだろう。


(ただ、それだけじゃ困るんだけど……)


 あくまで学校行事としての、目的があっての旅行である。



「……大変ですね、先生も」


 苦笑したのは、生徒たちを挟んで列の外側を歩く王国軍兵士だ。

 今回この施設を使用させてもらうにあたって、演習場側から用意された『助っ人』だった。


 ここコルトフィールドは、ウィルテシア王国の南東部に位置するエストン地方の南端にある。シホの故郷であるリンデール公国と国境を接し、公国と『あるもの』を共有していた。


 ――通称『黒い森』。


 大陸の中央部から広がる広大な深い森。その森の中心には地獄に繋がる穴があるとされ、そこから魔物が湧き出てくるという。

 森は深度によりその様相を変え、浅い周縁部は通常の森と変わらないが、より中心部に近づくほど魔物の棲む森となる。


 ここコルトフィールドは、リンデールほどではないが魔物が出る森として、王国軍の魔獣討伐訓練に利用されていた。



「さすがに、学院内で魔物相手の訓練はできないですよね」

「はは……大問題になりますね」


 ゆえに、こうして管理された演習場まで赴いて、実地訓練を行っているわけである。

 当然本物の魔物を相手にする以上、万一の事態に備え、指導教員も増員し、施設から専門の兵士もつけてもらうという念の入れようだ。



「今回用意したのは小型の魔物ばかりですが……さすが元討伐隊の方ですね。装備が本格的でいらっしゃる」

「はは……性分なもので……」


 用意された魔物は全部で2種4体。猪型と非飛翔性の巨鳥型が2体ずつだ。

 生徒が2、3人の班に分かれて協力して倒せるモノ――というオーダーから考えると適当な獲物といえた。


 正直、どちらも魔物としては最底辺の部類で、大型の獣とそう変わらない程度である。が、悲しいかな前職の癖なのか、シホはリンデールの調査討伐隊時代のフル装備そのままに、この場に来てしまっていた。



(いや、森に入る以上、それがどんな場所でも気を抜かないのは大事なことだし――!)


 決してそれ以外の装備を持っていないだとかそういうことではない。人の領域でない森に入る以上、準備は万全にして超したことはない。

 見た目にちょっと浮いてしまうのが恥ずかしいだとかそういうのは些末なことだ。



「先生、演習場はこの先ですか?」


 列のすぐ後ろから、すっと身を乗り出したミリウスが問う。


「そうね、もう少し先みたい」


 隣の案内役の兵士を見ると、シホは答えた。

 演習場は広大な森の一角を結界で区切って使用している。

 より奥の森から迷い出てきた小型魔獣を捕獲して、安全な結界内で頭数管理した上で演習に使用するのである。

 兵士の反応を見る限り、現場はまだ先のようだった。



「それなら……」


 ミリウスが何事か言いかけたとき、割って入る声があった。



「先生! ドラゴン退治のときの話、聞かせてくれよ!」


 声に続き、物理的にも割って入ってきたのはラスティンだ。

 声も陽気でテンションが高く、軽くハイになっているのではと思えるほど機嫌がいい。


「ドラゴンってさ、こういう森の中にいるんだろ?」

「いや、いないよ。もっと奥のエリア。きみの期待している大型ドラゴンなら、最低でも中域部以上の深い森でないと出てこない」

「えぇ~!」

「そんなほいほいドラゴンが出てきたら恐ろしいでしょ」

「でも先生がいたら倒せるだろー」

「いや、これきみたちの実習だからね。それに私でも無理だから。一人じゃ無理だから」


 前職でも歴戦の隊員で班を組み、潤沢な物資を用いてようやく倒せたくらいの驚異なのだ。そんな生き物をそこらの猪や熊程度の感覚で退治できると期待されても困る。


「じゃあ小さい奴なら、俺たちだって――」

「言っておくけど、小さいほうが厄介だからね」

「? なんで?」

「走るし、多いし、知恵が回るから」


 小型竜は狼と同じだ。森の中で巨体を持て余す大型竜と違い、樹々の合間を縫うように走り獲物を襲う。

 それも十数頭で群を成し、互いに鳴き声で連携をとりながら狩りをする。


 強靱な脚力と俊敏性で執拗に獲物を追跡し、相手が疲れるのを待って一人ずつ隊列から外れた隊員から狩ってゆく。

 大型からは逃げられるが、小型からは逃げられない。遭遇した場合、犠牲が出るのはいつも小型のほうだ。



「魔物退治は命がけだからね。演習だからって気を抜かないように」


 遠足気分でテンションの上がっていたラスティンは途端にシュンと肩を落としたが、これくらい緊張感があったほうがよいだろう。




「それで? きみは何か言いかけてなかった?」


 先ほど話を遮られていたミリウスに声をかければ、彼は逡巡したのち口を開く。


「あの……気のせいかもしれませんが」


 後方のクラスメイトを見遣って、声を潜めて続きを告げる。


「リアムが、体調を崩しているかもしれません」



 つられてそっと後方を盗み見る。

 たしかに普段明るい男子生徒が、いつになく静かに列の最後尾を歩いている。


「そっか……ありがと。気づいてくれて助かったよ」


 すぐさま静かに歩調を落とし、問題のリアムの隣に並ぶとその横顔をのぞき込んだ。

 たしかに顔色がよくない。これはよくない兆候だ。



「リアム、体調がよくないのかな。なら実習は延期しておこう。また次回、挑戦すればいいよ。今日のところは、先に基地に戻って休んでいるといい」


 リアムと呼ばれた男子生徒は、青い顔で口を真一文字に引き結ぶと、やがてゆっくりと頷いた。


「ネヴィル先生、付いてあげてもらえますか」


 声をあげるとすぐさま、中年の男性教師がこくりと頷き、リアムの側について背を撫ぜた。


 ――念のために追加の指導員を一人連れてきてよかった。

 案内役に施設側の兵士も一人ついてくれ、リアムたちは今来たばかりの道をゆっくりと引き返していった。



「大丈夫でしょうかリアムは……」


 ミリウスは心配そうに顔を曇らせる。


「朝は元気だったのにねぇ。何かにあたったのかな?」


 そう不思議がってみせたものの、実戦を前に極度の緊張で体調を崩す者は珍しくない。

 たとえ演習といえど、危険な命のやり取りであることに変わりはないからだ。


 こうした体調不良は、往々にして不安が不安を増大させているものだから、今回の演習で友人たちが魔物退治に成功すれば、巨大化した不安も溶けて、次回にはきっと彼も参戦できるだろう。



「とりあえず、今日はリアムのためにも、彼の分も頑張らないとね!」








 残った生徒たちを連れて木漏れ日の射す道を行く。

 しばらくすると、林道の脇の木に紫の『2番』と書かれた番号札が吊り下がった場所に辿り着いた。


「ここからですか?」


 短く問うと、案内役の兵士は頷く。


「ここからが結界で区切られた演習エリアになります。皆さんは紫の2番エリアですね。演習場の端の目印が、この紫色の看板です」


 たしかに看板が吊り下げられた木の先を見ると、森の奥に点々と続くように紫の板が吊り下げられているのが見えた。

 板の間には、ランプのような傘のついたガラス箱が吊り下げられており、その中に炎の代わりに魔石が封じられている。

 おそらく、あれが結界だろう。


「………………ええと、」


 シホは言葉に詰まった。


「あの……結界の下を、魔物が往来してるんですが……」


 シホは指差す。森の奥を。

 そこでは結界のまさにその真下を、小型の兎型魔獣がひょこひょこと境界線を越えて横断していくところだった。


「………………」


 いや、もちろんシホの杞憂だということも考えられる。

 結界は特定の魔獣だけを管理するものであり、それ以外の無害に等しい魔獣は通過できるような仕組みを組んでいることだって考えられる。


 だがやはり、そうではなかったらしい。

 シホが指摘すると、途端に兵士たちは慌て出し、結界の破綻箇所を探すべく散り散りになってどこかへと消えていった。



「……どうしたものかなぁ」


 腕を組み、天を仰いで「うーん」と考える。

 確かに結界が破綻している以上、目的の獲物がこのエリアを離れてしまっている可能性も考えられる。

 だとすれば、シホたちがこの先で獲物を待ち伏せても無意味だ。


 だが、これは学年を上げての合同練習でもある。

 同時刻に、他クラスがほかの区画で演習を開始したならば、いかに境界を越えてしまった魔物といえど、騒音に驚いてこちらに逃げてくるのではないか。



(なら結果的に……問題ないか)


 施設側による結界の点検・修復・魔物の確保と再配置……それらの行程を待っていれば、おそらく今日の日程は終わってしまうだろう。

 合同演習である以上、シホたちだけが日程を明日にずらすわけにもいかず、仕方ない、とシホは生徒たちに声をかける。


「みんな、とりあえず進もうか」


 側に控えていたミリウスを筆頭に、クラスの面々がぞろぞろとシホのあとに続いてくる。


 結局なんだかんだで、そろえた助っ人たちは別の役に駆り出され、残るはいつものクラスの面々だけだ。


(こういう星の下に生まれたのかなぁ……)


 つい、学生時代も演習場の森の中に取り残された記憶が蘇る。

 生徒たちには申し訳ないが、今回の演習はシホ一人の指導でやるしかない。


 正直実力的には問題ないと思うので、あとは生徒が散り散りにならないように一カ所にまとめて、見晴らしのいい場所でシホの監督のもと演習に当たらせるだけだ。

 できないことではない。



「よーし、みんな、気を取り直していくよー!」



 生徒の士気を上げ、ぞろぞろと目的地を目指して林道を行く。











 これがのちに誤った判断だったと、シホは痛感することになる――。





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