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第109話 誤算


 控え室と称された豪華な客室に通されるなり、城の使用人たちによって衣類という衣類を剥ぎ取られ、シホは入城したときとは似ても似つかない格好になっていた。


 腰には短剣も魔導書もない。

 外套もなければその内側に隠した武器もない。

 鋭利な枝や薄い刃程度であれば弾き、敵の足を踏み抜ける自慢の鉄板入りのブーツもない。

 あるのは頼りない薄い布っきれ一枚だ。


「………………」


 シホは例の如く、またしても不釣り合いなドレス姿に仕上げられていた。


(おまけに今回は……なんかスースーする……)


 前回のふわりとした花のように広がるスカートと違い、今回のドレスはぴったりとしたタイトなものだった。

 上半身は体にぴたりと沿うもので、下半身も裾こそ花のように広がっているものの、膝近くまではほとんど体に張り付いているような密着したドレスだった。


(ま、まぁ深窓のご令嬢っぽいものよりは、まだマシよね……)


 年甲斐もなく社交界にデビューしたての令嬢のようなドレスを着るのは、それはそれで勇気がいる。

 それに比べこの服は、色もシホの瞳に合わせたのか濃い赤で、どことなく攻撃力のありそうな見た目が気に入っていた。


(意外と動きやすさも問題ないし……)


 見れば腿の部分には深いスリットが入っている。

 もちろん下品にならない絶妙な深さで見え隠れしているものの、いざもっと激しく動く必要があれば、ギリギリの深さまで切り上がり、足さばきの邪魔にならないよう工夫がされていた。


(これなら問題ないわね!)


 アップにしたまとめ髪も、きりりと引いた口紅も。

 今回は前回の清楚な仕上がりとは違い、どちらもすっきりとした大人っぽい仕上がりである。


 これならギリギリ護衛役だと言い張れるかもしれない。



 控え室を出て案内されると、豪奢なテーブルの談話室に、先に支度を終えたらしいミリウスがいた。


「ミリウス、お待たせ……!」


 慣れない細いヒールでいつものように駆け寄ろうとする。

 ……と、こちらに目を向けたミリウスがしばし固まり、そして明後日の方向に目を逸らした。


「……???」

「先生。その…………ドレス姿で歩くときは、もう少し歩幅に気を遣うようにしてください」


 足もとに目を落とせば、さっそく大股で歩き、切れ上がったスリットからは、普段見せないような位置の腿が覗いている。


「あ! ……ご、ごめんね。気をつけることにする……」


 そそくさと裾の乱れを直し、気を取り直してミリウスの前に立つ。

 ミリウスは今日も格好いい。

 非公式な場とはいえ、王族らしく整った出で立ちで佇んでいた。


「………………」

「? 何か問題ある? ミリウス」


 スカートの広がりは直したはずだが、それでもまだミリウスはシホのことをじっと見つめて深刻そうな表情で固まっている。


「…………失敗した」

「!?」

「甘い雰囲気や淑やかそうな雰囲気を削ぎ落とせば目を惹かないと思ったのに……。これでは逆に……」


 逆に、なんだというのだ。


 ミリウスの目がシホの顔から下、さらにその下へと、不躾ではないようちらちらと視線を外しながら移動する。


 そして、耐えきれないように顔を覆って溜め息をついた。


 見れば指の間から覗く耳が紅い。


「………………先生」

「はい」

「絶対に、今日は俺の傍を離れないでくださいね」

「もちろん」


 元よりそのつもりだ。何しろ護衛役なのだから。

 隣に並ぶミリウスは、ちらちらと時折こちらに視線を投げる。

 そして悩ましげに眉間に皺を寄せるのだ。

 彼らしくもなく。



「それでは行きましょうか」

「……!」


 途端にいまから会おうとしている人物のことを思い出し、体が自然に硬直する。


「ちょっ、ちょっと待ってミリウス……!」


 自分でも予想以上に(おのの)いているのか、足がちっとも自然に動かせない。

 子鹿のように震えていた。



「どうしたんです。先生らしくもない」

「そんなこと言われたって……! だって、大公殿下なのよ!? 雲の上の人なのよ?!」


「俺も一応、そうなんですが…………」

「でもミリウスは私の生徒じゃない!!」

「………………」


 微妙に不服そうにミリウスは黙り込む。

 冷静に考えればそうなのだけど! ミリウスのほうがどちらかといえば王族だし、国力も大きいし、ずっと恐れ多いのかもしれないけれど!!

 それでも、今まで畏れ敬ってきた自国の君主というのは、理性とは別の部分で身を竦ませるものがあるのだった。


「全然、ちゃんとできる自信ない……。ねぇ、やっぱりミリウスだけで……」

「駄目です。先生抜きでは意味がありませんから」

「え?」

「とにかく、先方にもすでに伝えて準備までしていただいているので、ここで子鹿のように怯まれては困ります」


 無理矢理手を引いて、ミリウスは自分の腕に頼りない担任の腕を絡ませる。


「とにかく倒れなければいいので。他のことでも考えていてください」


 いざ国主と対面するというときに、そんな状態でいいのだろうか。


 寄りかかるように腕を絡ませると、ミリウスがぴりっと気配を固くするのが伝わった。


(重かったかな……)


 なるべく頑張って、自分の足で不格好でなく歩けるよう努力する。


 そんな担任の姿を高いところから見下ろして、ミリウスは――。


「………………はぁ……」


 ひとり溜め息をついた。



(な……なんかすごい感じ悪いんですけど……!?)


 さすがにこれにはシホも立腹する。


(そりゃ溜め息つきたくなるのもわかるけど!!)


 立腹したお陰か、恐れ多さからくる緊張はどこかへと行き、気づけば自分の足できちんと立っていられるようになっていた。


「お手数、おかけしました!!」


 ミリウスの腕を振り切り傍を離れようとする。


 が、すぐさままた腕が伸びてきて、シホの二の腕を捉えた。



「…………腕は組まなくていいので、傍にいてください」

「………………」

「俺から離れないで」


 そんな犬のような目で頼み込まれれば、断るわけにもいかないだろう。

 シホは仕方なくミリウスの傍に控えることにする。



 結局、当初の形に落ち着いたのだ。




 予想外の何かに、悶々とするミリウスを残したまま。






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