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第108話 リンデール城


 翌日、シホはまたしても馬車の中にいた。


 もちろん昨日とは違う馬車である。

 昨日の辻馬車よりも何倍も豪奢な、それこそ王族が公式の場で乗ってもおかしくないような馬車に、ミリウスとともに乗せられていた。


「………………」


 なんとなく落ち着かないような気がして、そわそわと視線を彷徨わせる。


 が、向かい席の対角線上に座るミリウスは平時と変わらないように落ち着いていて、そんなシホを優しい目でちらと一瞥しただけだった。



(………………あぁぁぁ、やってしまった)


 シホの胸中に、怒濤の後悔が押し寄せる。

 それはほかでもない、昨日の出来事だった。


 いろいろあって、きっと心が弱っていたのだろう。

 リンデール時代にもなかった失態をしでかしてしまった。


 よりにもよって自分のクラスの生徒に。教え子に。

 弱音をぶちまけて助けを求めてしまうなんて……!

 これでは完全に教師失格である。


 そんな不甲斐ない担任を前に、ミリウスはそつなく大人のように支えに徹してみせた。

 宿に着くその直前、馬車を止めてみせると、適当な飲食店に入り、甘い菓子をおごってくれた。

 きっといつもと変わらない様子で宿に戻れるよう、彼なりのささやかな気遣いだったのだろう。

 おかげで何事もなかったかのようにシホは宿に帰ることができたのだ。


(何から何まで全部ミリウスのおかげで……あれで大分スッキリしたし、不思議と滅入るような気分もない)


 リンデールという国にいる間は、いつもどこか、影のように憂鬱な気分が付き纏っていたというのに。

 不思議とそれが、今朝からはとても薄く、ほとんど存在感を放っていなかった。


(………………何事も人に相談するのがいいとはよく言うけど、まさにそれだったのかなぁ)


 その相手が生徒だというのが何とも面目ないが、それでもスッキリしたのは事実だった。

 ミリウスも曲がったことや困っている者を見過ごせない性格だから、手を差し伸べずにはいられなかったのだろう。


「………………ッ」


 それでも昨日、不意打ちとはいえ抱き締められ、それに縋り付いてしまった自分を思い出して、シホは恥ずかしさのあまり窓の外へと視線を逃がした。



 ………………あれほど楽しかったミリウスと共にいる時間がいたたまれない。


 それは軽い後悔と、羞恥と、その葛藤がない交ぜになった、なんともいえない歯がゆいものだった。



(…………よし、忘れよう! とりあえず全部忘れて今日は考えないようにする。そうすればこの難局も乗り切れるはず…………)



 しかし当の葛藤の原因ミリウスは、そうはさせてくれなかった。



「――先生。昨晩は眠れましたか?」

「! え、えぇ……」

「そうですか。それならよかった」


 何でもない日常会話を振るように、確信ギリギリのところを突いてくるからたちが悪い。

 宿で皆がいる前では普通でも、二人きりになると途端に昨日を思い出させるような発言をするから、いつものように担任風を吹かそうとしても、どうにも上手くいかなかった。


(あぁ……今日も用件が用件だけに、完全にミリウスのペースだし…………)


 自分がいつもの大人風を吹かせられる日は果たして戻ってくるのだろうか……?

 シホはこれからの学園生活を思って、完全にミリウスに保護対象の子供扱いをされている自分に頭を抱えた。



「先生、そろそろ到着ですよ」


 ミリウスの声に顔を上げると、窓からは高い城壁とそこから繋がる城門が見えた。

 リンデール公国が誇る鉄壁の宮城。通称『頂の乙女』と称する城の城壁である。

 長い争いの歴史のなかで、難攻不落の名声を勝ち得つつも、優美な宮城の姿がそこにはあった。


 シホはミリウスと二人でこの宮城――――リンデール城に向かっていた。


 リンデール公国交換留学の最終日。

 その前日に組まれた、最重要案件。



 リンデール公国国主、リンデール大公との非公式会談。

 ――大公主催の私的な晩餐会への出席である。



(護衛役とはいえ、まさかこんなところに来るなんて……)



 今まで殿上人と仰いでいた大公殿下の宮城に、今まさに自分が踏み入れようとしているのである。

 ぶるり、と震えて、遅れてきた実感にシホは拳を握り締めた。


「…………先生……?」


「あ……はは、大丈夫。大丈夫よ……」



 馬車が止まる。ステップを降りる。

 落ち着け。落ち着くのだ。

 何のことはない。

 いつものように、要人の護衛任務のように、ただその後ろに付き従って影に徹すればいいだけ――――……。



「先生?」


 気づけば、ミリウスが正面で立ち塞がっていた。


「あ。ごめ…………」

「言い忘れていましたが、一応武器はここで預けていってください。非公式な会談とはいえ、大公殿下の御前ですので」

「!」


 それは……そうなのだろうが。

 だとしたら自分の存在は?

 何のためにここに付き添って来たというのか。


(素手での格闘なんて、ミリウス以下なのは間違いないのに……)


「????」


 護衛役とは形式的なものなのか、それならばなぜ私が?

 もっと屈強な兵士を連れてくればいいのに。


 そんな疑問を浮かべたところで、ミリウスがとんでもないことを言った。


「それと、先生には控え室で謁見用の衣装に着替えてもらいます。晩餐会には一緒に出席してもらうつもりで先方にも話を通していますので」


「!????!!?」



 ミリウスは、そう告げるなりすたすたと出迎え役に付いて城の中へと入ってしまう。



「ちょっ……ちょっと待って……!」



 シホ・ランドール(護衛役のはず)は、慌ててその背中を追った。






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