第106話 青い炎
手の中から、かつて魔道具だったものの破片を零しながら、その男はゆっくりとシホたちへと歩み寄った。
目映い金髪、爛々と光る青い瞳。
すぐ脇を通り過ぎるその横顔は彫像のように美しいのに、それが甘く人々を惹きつけることはない。
代わりにいまその容貌に宿るのは、谷の如く深く眉間に刻まれた皺と、近寄るのを躊躇うほどの凍てついた静かな激昂だった。
アーサー・フラムスティードは痛感する。
――こいつは、紛れもなく本物の王子だったのだと。
ただ王族に生まれただけの幸福な青年という意味ではない。
国やその未来をも背負って立つ覚悟と意志を備えた、覇気を有する次代の王。
その圧倒的な支配者が、自分を押し殺してでも青年の殻を被り、シホに執着しているという事実だった。
溢れんばかりの怒気が部屋の壁を打つ。
家鳴りを、この若き王の影響だと錯覚してしまいそうなほどに、部屋には彼の静かな怒りが満ちていた。
「……その手を離せ」
ギッと、シホとエヴァン、二人の前で立ち止まったミリウスは静かにそう言った。
睥睨するように、爛々と青い瞳が燃えている。
「誰だお前は。フラムスティードのところの使用人……ではなさそうだな」
さすがに身形からミリウスが只人ではないと察したのだろう。
髪色から外国人……それも良い家の、下手をすればそれなりの貴族の子弟だとでも当たりをつけたのだろう。
必要以上に事を荒立てることを警戒したのか、エヴァンはしばし沈黙する。
しかしそれでも、腐っても大商会の跡取りという矜持があるのか、エヴァンもまた負けじとミリウスを睨み上げた。
「どこの誰だか知らないが、お引き取り願おう。これは僕たち夫婦の問題だ」
「………………もう一度繰り返す。――――その手を離せ」
燃え盛る瞳でエヴァンを見下ろすと、言うなりミリウスは、シホの肩を抱いていたエヴァンの腕へと手を伸ばした。
「ッ、何を……!」
「言ったはずだ。彼女に触れるな、と」
ギリリと音がしそうなほど腕を捻り上げ、ミリウスは苦痛に歪むエヴァンの顔を覗き込む。
「お前に教えておいてやろう。――彼女は、絶対に、お前の妻になどならない」
決定された断固たる事実を告げるように、一言一句をその耳に叩き込むように、ミリウスははっきりと言葉を切る。
そうして力任せにエヴァンの腕を放り出すと、よろけるその男を無視し、ただ一人部屋の中心に残されたシホに向き直った。
「…………行きましょう」
そう言うとミリウスは、いとも自然にシホの肩を抱き、部屋の外へと連れ出そうとする。
「おい、待て――――――!」
部屋の外へと消える二人の後ろ姿に、腕を押さえたエヴァンの声が空しく響く。
誰も、彼らを追いかけることはできなかった。
忌々しげに顔を歪めるエヴァンに、アーサーは忠告をする。
「悪いことは言わない。間違ってもこれ以上あいつを脅そうとしないことだ。もし今度そんな真似をしてみれば――――本当に、お前たちは身を滅ぼすことになりかねんぞ」
冷淡に告げたそれは、けして無意味な脅しなどではなく――――本当に、この商会ごと消し飛びかねない相手に手を出してしまったのだ。この男は。
アーサーが目にした、あの青い炎のように燃え盛る瞳。
あの目の持ち主が今回は矛を収めたからいいものの、アレの怒りが理性の檻から解き放たれていれば…………どうなっていたかわからない。
内心僅かではあるがぞっとしながら、アーサーは部屋を後にする。
来たときとは逆に、誰の邪魔も見送りもないままに商館のエントランスを抜け、外へと出る。
ぐるりと周囲を見回して、そしてアーサーはぽつりと漏らした。
「ん…………? あいつらどこいった?」
広い通りを見渡すが、あの目立つ二人の姿はない。
(そんなはずが……?)
通りの向かいに、ここに来たときに声を掛けた少年がまだいることを発見し、駆け寄って行方を尋ねてみる。
「ん? あぁ、さっきのお兄さん? あの金髪のお兄さんなら――――」
少年は指を差す。
「――そこに待たせてあった馬車に乗って、黒髪のお姉さんと一緒にどこかへ行ったよ」
あどけない少年が告げる、簡潔で、明快で、衝撃の事実。
「……な、な、な…………」
アーサーは、この日一番の大声で叫んだ。
「あいつらッ――――この僕を置いてきぼりにしやがった!!!!」




