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第105話 壊れた魔道具


 バンっと勢いよくドアを開けて執務室に入ったとき、アーサー・フラムスティードの視界に入ったのは、探し続けていた女――――シホ・ランドールのその姿だった。


「~~~~~~っ! お前はっっっっ!!!!」


 ここに来るまでの間、音声で彼らのやり取りを聞き状況を把握してはいた。が、実際にその姿を見るとさらに怒りがこみ上げる。


(本当にコイツは、ろくなことに巻き込まれないな!?)


 驚愕に目を見開きながらこちらを見つめるシホ。その普段よりどこか萎縮して小さくなっている姿のすぐ隣には、一人の男が立っていた。



(こいつが店主――エヴァン・ランドールか)


 その人を値踏みするような視線で、エヴァンは無作法な侵入者をちらと見る。

 そして淡々と、秘書に向かって静かな叱責を投げた。


「神聖な商談中に、部外者の立ち入りを許可した覚えはないんだけどね?」

「…………!」


 秘書は小さく縮こまるが、アーサーの知ったことではない。

 が、秘書は秘書の仕事をしただけだ。

 それを押し通ったのは自分たちである以上、せめてもの情けでアーサーはその場で不貞不貞しく笑ってみせた。


「そいつを責めるのはお門違いだぞ。こいつはお前を『守ろう』と、僕たちをここまで通したんだからな」

「何……?」

 エヴァンが怪訝な視線を部下へと投げる。


「ランドール産の羊毛…………随分質が落ちたのを、僕たち他商会の人間が気づかないとでも思ったか?」


 アーサーがここへの乗り込みに切り札として使用したのは、ランドール商会の小ずるい不正だった。


「高品質を謳うランドール産の羊毛に、まさか他産地の羊毛が混ぜ込まれているとは、誰も思わないよなぁ?」


 それはごくごく少量の、常人ならばわからない程度の混ぜ物だった。

 が、保温力や毛艶の変化。ほんの些細な劣化でも、それに大金を出して買い入れ流通させている商人が気づかないはずがない。


「お前は大したことはないと思っていたのだろうが……歴とした不正だ。失った信用は高く付くぞ」


 このことを外部に漏らされたくなくば自分たちを通せ。

 そう言って、自分たちはここまで押し通ってきたのだ。

 ある意味口を閉ざし、人を払った秘書の判断は優秀だともいえる。


「…………そうか。お前はフラムスティードのところの――3男坊か」


 忌々しげにエヴァンは眉間に皺を寄せる。

 が、商談中に乱入するという暴挙を取ったことと、今回の不正で、口止めの相殺がなったと判断したのだろう。

 無理に追い出すことこそ諦めたが、エヴァンは尊大な態度を崩そうとはしなかった。


「それで? 妄想とはいえ、うちの痛いと思うところを突いてまで、きみは何をしにここに来たのかな?」

「そいつを……そこの馬鹿、シホ・ランドールを返してもらいに来ただけだ」


 アーサーの目的は、ただそれだけだった。

 こんな馬鹿なことを止めさせる。

 ただそれだけ。

 そのためだけにここまで来た。


 安易な方法で相手の口車に乗せられて、他人の思いどおりになろうとしている馬鹿に、説教でもしなければ気が済まなかった。



「…………だそうだけど。シホ、きみはどうしたい?」


 エヴァンは隣に立つシホの肩を抱くと、身を屈めて語りかける。


「このまま帰って、路頭に迷った両親を養いながら、僕が夫になる日を待つのと。いまここで婚約して、商会夫人として両親に幸せな老後の夢を見させるのと……どちらがいい?」


 びくり、とシホの肩が跳ねる。

 普段はあれほど威勢のいいじゃじゃ馬が、小さくなっているのは見ていられなかった。


「そいつの家族に手を出すようなら……うちの商会も黙っていないぞ」


 必要があるなら牽制もするし、それができなくとも、この商会の代わりに取引相手になるくらいのことはできる。


「…………本当にお前は、厄介な男をたらし込む腕だけはいいようだ」

 エヴァンの目が細くなる。


「だが、せっかくご足労いただいたようだが申し訳ない。これは僕たち夫婦の問題だ。部外者はお引き取り願おう」


「ハッ、夫婦だと? お前みたいな奴が、そいつを妻になんて迎えられるものか。そいつは――――『色付き』だぞ?」


 アーサーは、この利益のみを追求する男なら無視できないだろう事実を突きつけた。


 いくら優秀だと、純血と遜色ない血統だと言い張っても、それは一見しただけの他人にはわからない。

 この国にいる以上、必ず色付きは他人に蔑まれる。

 それがシホやその身近にいるアーサーが見てきた現実だった。


 ――それを、この男が甘んじて受け入れるはずがない。

 自分の子や孫が、この男にとって瑕疵ともいえる特徴を引いて生まれる可能性、それに難色を示さないはずがないのだ。



 思惑どおり、エヴァンも利益の天秤にかけたことがあるのだろう。

 しばし沈黙して――――。



「それなら問題ない」


 微笑を浮かべる。


「な――――」

 利に聡い人間ほど忌避する事実を受け入れられて、アーサーは困惑する。


 反対に、エヴァンは鷹揚に構えてこう言った。



「色付きの妻でも、何人か産ませれば、そのうち色のない子も生まれるだろう?」



 それを跡取りにすればいい。

 そう、エヴァンは何でもないことのように笑った。


「…………!!」


 シホが混血である以上、確かに色なしの子が生まれる可能性はゼロではない。

 二人に一人か、四人に一人。もしくはもっと人数を重ねれば、決してないことだとは言い切れない。

 だが――――……。



「お前は…………!」


 人を人とも思わない言い様に、アーサーが気色ばんだときだった。




 ぐしゃり、と。何かが破壊される音が響いた。


 何事かと背後を振り返れば、そこには俯いて沈黙するミリウスが立っていた。

 ミリウスの手からは、パラパラと何かの破片が床に落ちる。


 それはつい半時間ほど前、ほかでもない自分が奴に与えた魔道具の箱だった。


「お前っ…………!」


 制作に1年をかけた力作を破壊され、血の気の引くアーサーとは対照的に。

 すべての破片を手の中から放り出した王子は、黙したまま静かに一歩を踏み出した。






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