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第104話 二人の騎士


 アーサー・フラムスティードがランドール商会の前に辿り着いたのは、宿を立ってから半時間ほど過ぎたころのことだった。

 道中辻馬車を拾い距離を稼いだものの、それを降りてからは全力疾走してきたために、まだ息が荒い。


 必死に呼吸を落ち着かせようと身を屈めると、目の前には同じ距離を走ってきただろうミリウスが、涼しい顔をして立っていた。


(つくづく腹が立つ奴だな……こいつは!)


 王子なら王子らしく、虚弱で臣下に手を焼かれていればいいだろうに……!

 そこらの生半可な兵士より、よほど頑強で腕も立ちそうなのが腹が立った。


「大丈夫ですか……?」

「っ! うるさいっ、行くぞ!!!」


 肩を怒らせてミリウスを振り切り、向かいの店先で商人相手に飲み物を売っている少年をつかまえる。


「今日この商会に、黒髪に紅い目の白いコートを着た女が入っていったか?」


 少年は半時間ほど前に入っていったと答えた。

 礼代わりの銅貨を少年に握らせて、アーサーは路地へと引っ込む。そこから見上げると、商会のひときわ立派な大窓が見えた。


(おそらくあそこだな、ここの主人の部屋は)


 同じ競合家業の家に生まれたからだろう。

 すぐさま内部の簡単な間取りは手に取るようにわかった。

 商会の建物の造りなど、どこも似たようなものだ。


「アーサーさん」


 それまでアーサーの後ろについて走っていたミリウスが声を上げた。


「どうしてここに先生がいると?」

「ふん、あいつが自分から取り引きを持ち掛けて、なのに顔を出し渋る商会なんてここくらいだからな……」

「……?」


 ミリウスは意味がわからないといった風に反応に困っている。

 しかし最も優先すべき事案は忘れていないのだろう。すぐさま続けて本題を問いかけてきた。


「それに、先生が自分を売り飛ばすとは――――どういうことです?」

「………………」


 アーサーは持って来た荷の中からある物を取り出し、細工しながら片手間に答えた。


「あいつは――――シホは昔、この商会に自分自身を売ったんだ」

「!!」

「魔法学院に入学するためだ。そのために自分の将来と引き換えに大金を借りた。……そんな話を聞いたことがある」


 そのときはなんと馬鹿なことをしたのかと、商人に自分を売るなど、骨の欠片も残らないほど利用しつくされるだろうにと思ったが、そうでもなければ、何も後ろ盾のないシホには、どうすることもできなかったのだろう。


 自身が恵まれた身分だっただけに、深く追求することもなかったのが徒になった。


「あいつがどれほどの額を借りていたのか……それが一般庶民にとってどれだけ返済が難しいのか……気づけばよかった。あいつが危険があるとわかっていて調査討伐隊に入隊したのも――――きっとそれが理由だ」


 調査討伐隊の給金は、破格だ。

 諸々の手当が積み重なり、その額は巷の一般的な収入の数倍に上る。

 しかしそれは――――当然、理由あってのこと。

 すべては危険の、命の保証はない仕事の、その裏返しなのだ。



「借金を背負った女が、渋々貸主に会いに行く………………ろくな予感がしないな?」


 あの馬鹿のことだから、絶対にろくなことを考えない。



 自分一人で考えて。



 どうにかしようとして。



 そして…………。




「クソッ!!」


 アーサーは手元で組み上げた道具に魔石を押し込んだ。


「それは……?」

 ミリウスが不可思議なものを見るようにアーサーの手元を窺う。



「見ていればわかる」


 アーサーはそう言うと、手元の自作の魔道具を起動した。


「!」


 驚くミリウスの目の前で、ふわりと浮いた魔道具の小箱は、ぐんぐん宙へと登っていく。

 そしてアーサーが指示をするままに、商会の大窓、その窓の外に飾られた植木鉢の中にすとんと落ちた。


「よし」


 そして同型の小箱をもう二つ鞄から取り出す。


「お前にも一つ貸してやる。耳に当ててみろ」


 ミリウスに一つ片割れを放り投げて、自分も残りの一つを耳に当てる。

 するとここではないどこかの、人の話し声が聞こえてきた。


「これは……」

 ミリウスが目を見開く。


「驚いただろう。離れた場所の音を拾う魔道具だ。いまはあの部屋だな」


 ミリウスが見上げるとおり、いまはあの小箱を放り込んだ店主の執務室らしき部屋の音を拾っていた。


「おそらくあいつが用があるのはここの主だ。直接商会に乗り込んでもいいが……万が一なんでもない用件だった場合、一生あいつは根に持つからな」


 だから保険だ、と、ここで張り込む旨を宣言する。



「いまは…………店主と秘書との事務連絡か? 会話の相手は客じゃないな」


 アーサーは会話の中身からも何か手がかりはないかと耳を澄ませる。

 目の前ではそれ以上に真剣に耳を研ぎ澄ませたミリウスが、ハッと顔を上げた。


「アーサーさん! いま――――」


 ひとつ頷く。

 たしかにアーサーの耳にも届いていた。



 秘書のひと言。



『シホ・ランドールがお見えです――――』





 二人は、さらに耳を研ぎ澄ませ――――――……。






 そして、商館の入り口に向かって走り出した。






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