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第102話 ランドール商会


 賑わう街の大通りの一角で、シホはお上りさんよろしく、ぼんやりと立派な商館を見上げていた。


(まさかまたここに来る羽目になるとは……)


 師匠もいない今では、なるべく足を運びたくなかった建物である。

 しかし、そのきっかけを作ったのはほかでもない自分だ。ここは腹を括らねばならない。


 シホは意を決して、巨大な扉を押し開いた。










 ――『ランドール商会』。


 大通りに面した巨大な扉のその上には、贅を凝らした木組みの看板で、そう店の名前が記されていた。


 そう、ここはランドール商会。その都にある本店である。


 この商会はその名のとおり、ランドール地方に端を発する商会だった。

 リンデール5大商会のなかでも最も歴史が浅く、現当主の父の代に創業し、ランドール地方の特産である羊毛を主力に事業を拡大してきた。


 そうしてリンデールでも指折りの商会にまでのし上がり、つい数年前に、それまで一支店でしかなかったこの店に、念願の本店機能を移してきたのである。


(意欲だけはひしひしと感じるのよね……)


 本店移転に合わせ、無駄に大きく拡張された建物も、これ見よがしに広く設けた商談スペースも、どれもが意欲溢れる割りには空回りしている感がある。


(なにより全体的にどこか野暮ったいのよね……)


 どこが悪いというわけではないが、ほかの老舗と呼ばれる商会や、ウィルテシアの洗練された商館を見たあとでは、どうしてもそう思ってしまう。

 成り上がりが無理をして贅を凝らしたような……それでいて田舎くささが抜けきらない、どこかちぐはぐな印象を受けてしまうのだ。


(いっそ素朴な建物のほうが、誠実そうで清々しいのに……)


 そんなことを考えながらシホは受付へと進む。


 カウンターにいる美しい受付嬢に用件を伝えると、予想に反し、相手は1時間ほど待てば、面会の時間を設けるとの返事があった。


 最悪今日は時間がないと追い返されることも予想して、面会の予約だけでも取るつもりだった。

 それだけに、面食らって目を瞬かせる。


 商談用の待合席で出された茶を片手にしばし待っていると、1時間も経たぬうちにその呼び出しはかかった。



「シホ・ランドール殿。店主――エヴァン様がお待ちです」


 聞き慣れた老紳士の声。

 彼はエヴァンの秘書であるとともに、彼の身の回りの世話を任されている執事でもあった。

 

 互いに見知った間柄ながら、それ以上の会話を重ねることはなく、ただ淡々と彼の背について建物の奥へと向かう。


「エヴァン様、シホ・ランドール殿がいらっしゃいました」


 秘書兼執事の冷えた視線に促され、シホはその執務室に送り込まれる。

 それはまるで、飢えた狼のいる檻に放り込まれる気分だった。



「やあ、久しぶりだね? シホ」


 薄い瞳に酷薄な笑みを浮かべる青年が、ゆっくりと執務机から歩み寄る。


 シホはぎゅっと、自分を奮い立たせるように拳を握り締めた。





            *




 エヴァン・ランドール。

 彼はこの商会の跡取りの、二十代後半の青年だった。

 齢20にして地方の支店を任され、現在では本店店主という肩書きを背負った異例の若さの代表である。

 彼の父――商会の会頭本人は、現在もランドール地方の旧本店で実務を担っている。とはいえ、この男は都での采配を一手に任された、折り紙付きの実力の商人だった。


「最後に会ったのは3年前かな? 寂しいね……きみと僕の間柄なのだから、もっと顔を見せてくれてもよかったのに」


 にこり、と本人は笑っているつもりだろうが、その酷薄な光を浮かべた瞳が、内心では全く毛ほども笑っていないことをシホは知っていた。


(初めて会ったときから、ずっと同じ――――)



 この瞳は、いつもシホを蔑んでいる。





 シホが、この男と初めて会ったのは13歳になったばかりのころだった。

 魔法学院への受験を控え、師匠に連れられこの商会――当時の本店だったランドール地方の店を訪れたのである。


 商人でもない。地主でもない。何も売るもののないただの魔術師とその見習いが、ある日突然商会の扉を叩いてこう言ったのだ。


『こいつに投資をしろ』――と。


 まだ世間の右も左もわからない少女を指差して、そう言ったのだ。


『こいつは将来優秀な魔術師になる。魔法学院も首席で卒業するだろう。そんな魔術師が一族にいると宣伝できれば――それはお前たちにとって利益を生み出す金の卵にならないか?』


 ――と。



 商会のみならず、リンデール国内において、一族から優秀な魔術師が出るというのは重要である。


 リンデールは完全実力主義の国だ。

 大公家一族を除き、身分や出自は関係ない。ただ実力があればより上の階層の暮らしが出来、そうでなければ名家でもやがて没落する。

 優秀な魔術師は、優秀であればあるほどより高位の職につき、国や街、社会全体を動かす立場へと進んでいく。

 そしてその能力という財産は、多くの場合遺伝という形で子に継承される。

 だからリンデールでは、優秀な血を持つ家系は羨望の対象だ。

 

 そしてその重要性は、商会という立場においても同じなのだ。

 リンデールの商会において魔術師は財産である。

 所属する優秀な魔術師が多ければ多いほど、より危険な坑道から魔石を採掘でき、魔物の多い悪路も利用できる。

 それはすなわち商会の力そのものであり、そうした力ある魔術師を身内に抱えることは――商会の将来性にも繋がるのだ。


『優秀な血を持つ商会であれば、仕事の依頼のみならず、縁談を申し込む他家の跡取りも多くいるだろう――』


 この娘を縁者だと(うそぶ)くだけで、娘を娶り血を入れたい弱小商会を勢力圏に取り込むことも可能だろう……と。


『だから、こいつに投資しろ』


 そう言って師匠は、シホの魔法学院の入学金から学費、また在学中の生活費。金額にすれば途方もない額を、この商会から借り受けたのである。



「父がきみたち師弟と交わした契約は5つ。1つ、シホ・ランド-ル。きみの学院在学における全ての費用を、僕たち商会は惜しまず提供すること。2つ、きみはこれらの費用を将来的に弁済する義務を負うこと――」


 エヴァンは朗々と、シホたち師弟が資金を借り入れたときの条件を歌い上げる。


「3つ、期限内にきみがすべての借金を返済できた場合、僕たちはきみが縁者だという風聞から得られる利益のみで満足すること」

「………………」

「4つ、期限内にきみがすべての借金を返済できなかった場合――――きみは僕か、僕たち商会が指示した相手に伴侶として嫁ぐこと」

「………………」


「そして5つ、借金の返済期限は、学院卒業の4年後とすること――」


 にこり、とエヴァンは微笑む。



「さぁ、きみのお願いを言ってごらん。優しい僕が聞いてあげるよ」






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