09.終わりよければ全てよし
後日談なんてあるのかしら?
「とりあえず、何もかもが無事に終わって良かったわ」
王太子夫妻のダンスの後に、王太子とレオニーのダンス、そしてアルマンとレオニーのダンスと続く間に、誘われるように踊り始める人々によって、大広間の熱気はそれなりになっている。
久しぶりに選ばれた宰妾という立場の物珍しさから、レオニーへとダンスを申し込む命知らずは多く、同時にはしたなくもアルマンへとダンスを求める令嬢達もいた。
そのどれをも無下に断っている間に、慌てて保護者がやって来ては謝罪と共に連れ去っていく。
続け様に三度踊った二人は話しかけようとする人々を避け、王家だけが使えるテラスへと出たところだった。
既に季節は春を迎えるが、夜ともなれば肌寒い。
アルマンの色で仕立てられた華美なドレスの上から、分厚いストールがグルグルと巻かれていた。
今やアルマンとレオニーの関係は大人らしいものであったが、幼い頃から一緒にいたせいか、時折こうやって小さな姪扱いをしてくることがある。
レオニーもそれに反発する年でもないので、どういった形であれ、愛されているのだと享受しているが。
「本当に上手くいくかどうか、こちらはずっとヒヤヒヤしていたのに、本当に豪胆なお姫様だ」
苦笑したアルマンの手を取り、レオニーはテラスに設えられたベンチに座る。
使用人が持ってきたグラスは返され、代わりに温かい飲み物を頼んだアルマンも横に座った。
「モンジャルダン侯爵の許可と協力あればこその成功だったが、始まってしまえば交渉がどう転ぶかなどわからないものだからな」
アルマンの言葉に勝気な笑みが返される。
「モンジャルダン侯爵令息が、女であれば誰でも良いといった、下半身節操無しでは無かったからですわね」
「レオニー、言い方」
元々勝気であったアルマンの小さなお姫様は、宰相補佐としての仕事によって、随分と逞しく育ってしまった。
それが少しだけ悲しい。
小さい頃のレオニーは活発であったものの、素直で小さな淑女らしい公爵令嬢だった。
そんな彼女が生来の性格を大きく方向転換させたのは、自分の名前を勝手に使われ、アルマンが窮地に陥ったことだろう。
人の目を避けて離宮で暮らしていたアルマンと彼の母親の気晴らしになればと、レオニーは赤子の頃から両親に連れられて離宮へと訪れていた。
赤子ゆえに傾国と呼ばれる容貌など関係無く、庇護者である両親を求める姿や、物心付く前には見慣れてしまった傾国の美貌に魅了されない態度。
アルマンは最初に安心を覚え、そして次第に小さなお姫様に執着し始めた。
まだまだ淑女としての教育を始めるには先で、自由の利く幼少時代の多くを離宮で過ごすレオニー。
誰もが二人の微笑ましい姿を温かな目で見守り、アルマンが甲斐甲斐しく世話を焼く姿を、王族達は少々の驚きと共に歓迎したのだった。
その矢先の事件だった。
レオニーが離宮を訪れていることは隠し立てする必要も無いことから、大半の貴族は知っており、そこからアルマンや彼の母親に接触できないかと思う者がいたとしても、王家と公爵家になど喧嘩を売ることなどできやしない。
そう、できないはずだったのに。
その前提を打ち砕いてきた非常識な女は、公爵家の名を騙った手紙を送り、そこにレオニーのことで至急の相談があると書いていたのだ。
普段ならば筆跡の違いで気づいたかもしれないが、14歳の少年だったアルマンは動揺し、急いで指定された場所に向かう。
そこに待ち構えるのが、傾国に魅了された痴女だと知らずに。
オレリアーヌ・モンジャルダン侯爵夫人。
この時には既に子を産んでいたはずの夫人は、すっかりアルマンの魅力に落ちていた。
彼女がアルマンを公式の場で見かけたのは、彼が実に十歳の時で、厳重な警備に選別された貴族の令息達だけで行われた、誕生日会と称したガーデンパーティーだけだ。
それもアルマンと母親が現れた瞬間に、令息達が倒れるという事態に陥った為、すぐさま中止になっている。
挨拶をする間すらも無かった、瞬きのような時間だけ。
モンジャルダン侯爵家もティエリがいたことから招待客リストに入っていたが、まさか、こんなことをするなんて王家の誰もが思っていなかったのだ。
子どものいる母親が、それも多くの貴族達の模範たるべき高位貴族の夫人が、まだ少年の王族に手をかけようとするなんて。
いつものように離宮に訪れたレオニーが、アルマンがいないことで泣き出したことによって不在が発覚し、残された手紙によっているだろう場所に駆け付けた王族によって、未遂で終わっている。
言うことを聞かせようとでもしたのか、頬の腫れたアルマンと髪を振り乱して襲い掛かろうとするモンジャルダン侯爵夫人。
当初はモンジャルダン侯爵夫人を公式の裁判にかけ、厳しい処罰を行う予定だった。
だが、このことはアルマンの心にトラウマを植え付け、自分が利用されたことでレオニーの心にも傷を負わせた。
これを公にすれば、王家の威信も損なわれ、場合によっては第二、第三のモンジャルダン侯爵夫人が現れるだけでなく、アルマンとレオニーは好奇の目に晒されることになるだろう。
モンジャルダン侯爵は人目を憚らずに床に頭を擦りつけて謝罪をし、王家に申し渡された多額の賠償金を支払った。
また、王家から許されるまではモンジャルダン侯爵夫人の登城禁止と、王家主催の夜会には参加させないことを誓約させようとした。
全てを受け入れたモンジャルダン侯爵は妻と息子を領地に送り、そうして隠していようと漏れ出る噂を消すように、派手な女遊びを始めたのだった。
それでも傷ついた者達が立ち直るのには長くかかり、結果としてアルマンは何年も離宮から出ることができず、レオニーは自分のせいだと強くあろうとした。
本来の姿を偽り、人の言葉に惑わされない、誰にも騙されない自分になる。
誰の言葉にも傷つかないし、誰にも大切な人を傷つけさせない。
それだけが互いを守る術になる。
そして、すっかり強い女性とやらになったレオニーは、アルマンの窘める言葉に首をすくめながら軽やかに笑う。
「叔父様ったら、お小言ばっかり。
ずっと一緒に仕事をしているのだから、もう少し慣れてもいいのでは?」
「そうは言っても、私にとってレオニーは可愛いお姫様のままだから」
アルマンが返せば、少しはにかんだ笑みへと変わるのが愛おしい。
叔父から愛人へと立場の名称が変われども、関係の本質的な部分は何も変わっていない。
対外でなければアルマンのことは「叔父様」と呼ぶし、アルマンもレオニーを「小さなお姫様」と呼んでいる。
アルマンは王弟ではあるが、国王や他の兄妹とは大きく年が離れ、レオニーとは年の離れた兄妹で通る年齢だ。
可愛い自分だけの女の子。
危ないことはしてほしくはなかったが、モンジャルダン侯爵夫人と向き合って、今度こそ撥ね除けなければ心に負った傷から乗り越えることが出来なかったのも事実で。
「きっとこれからも、君は私の傍にいてくれるのだろう?」
「ええ、当然よ。
だって私は、叔父様のお姫様なんだから」
これからの二人の立場は誰が何を言おうとも、王家の宰妾と王弟殿下で、侯爵令息夫人と愛人で、叔父と姪である。
公の場で示した以上、これからは誰にも何も言わせない。
温かい飲み物が運ばれてくる。
幼い頃に離宮でよく飲んだホットレモネードだ。
蜂蜜をたっぷり入れた、琥珀色に満たされたカップを手にし、二人は小さな陶器の音を立てながら乾杯をした。
書いている途中よ。
きっと、それからの侯爵家が書かれることになるでしょうけど。




