03.結婚式とお披露目会
のダブルブッキングについて。
手紙のやり取りの内容は変わることなく、モンジャルダン侯爵家が変わらぬ日々を過ごしていたら、結婚式当日までヴァランタン公爵家から結婚式についての相談や問い合わせはなかった。
モンジャルダン侯爵家が取り仕切るので手を出すなとは言ったが、本当に何も言ってこなかったのだ。
それはそれで腹立たしい。
いっそ、挙式を行う場所を伝えずにいようかという気持ちにもなったが、王家との繋がりも深いヴァランタン公爵家とあれば、招待客の中には王族も含まれているはず。
ヴァランタン公爵との不仲よりも、王族を招待した結婚式で恙無く進行できないことによって恥をかきたくはない。
仕方なく、公爵家に招待客のリストを寄越すようにいえば、非礼を詫びる一筆も無く、リストだけが入った手紙が送られてくる。
リストの人物に招待状を送ったかの有無すら知らせはなく、結局モンジャルダン侯爵家から出すことにした。
何もするなと手紙に書いたことを少し後悔したが、侯爵夫人としての矜持からオレリアーヌも今更文句など言えず、適当な代筆屋を使って招待状を用意している。
本当に何もかもが最悪だ。
* * *
「いよいよ今日か」
昨日までは結婚の話になる度に不機嫌を隠さなかったティエリだが、さすが侯爵家の嫡男としての自覚を備えているからか、今朝早くに起きて朝食も程々に身支度を始めていた。
オレリアーヌとしては、形ばかりの結婚式なのだからと言ってやりたいところだが、相手がどれだけ憎たらしい女であっても息子の晴れ姿が見られるのだ。
身支度に気は抜けない。
この結婚式のために画家も雇っている。
勿論嫌がらせの一環として、花嫁の顔はエディットに差し替えて描いてもらうつもりだが。
花婿の馬車は白い花と銀のリボンで飾り立てられ、祝い事であるからと馬車はゆっくり歩を進め始めた。
家から大聖堂までだと、普段なら30分もあれば到着するのだが、今日に限っては三倍の時間がかけられることになる。
これは結婚する家の通例だ。
家族三人を乗せた馬車は、見慣れた景色を窓から覗かせながら進んでいく。
「こんな進みじゃ馬車の中で時間を過ごすのも、早々に飽きてしまいそうだ」
とティエリは近くの小箱を引き寄せてチョコレートボンボンを食べ始め、侯爵はといえば揺れる中で手帳を開いている。
オレリアーヌも伸ばした背筋を緩めてクッションに凭れたいところだが、ドレスの皺と髪型が崩れることが気になってできないでいた。
そこからはティエリと会話をしながら進み具合を確認するといった状況が続き、到着した頃には少々疲れている状態だった。
出迎えの人々が現れ、すぐに新郎の控室へと案内される。
花婿と花嫁の控室は間に聖堂を挟んだ両脇の奥であるため、相手の状況がどうなっているのかはわからない。
確認しに行けばいいだけだが、意固地になっているオレリアーヌもティエリも挨拶になど行かなかったし、使用人に様子を窺いに行かせるなどもしなかった。
ここまで徹底的に無視すれば、相手も愛されることないのだと思い知るだろうと考えたからだ。
結婚式だけは挙げ、そこからレオニーを使用人用の馬車に押し込めて別邸へと監禁する。
今日はメイドも向かわせてやらないし、夕食も用意しない。
明日からの世話だって、オレリアーヌの気分次第だ。
そこまでの手筈は整えてある。
ドレスも脱げずに一人で打ち震えるがいい。
そんなことを考えながら軽く身支度を整えて、そうしてからティエリを残して参列者席へと夫と向かう。
礼拝堂に入れば既に参列者席は大半が埋まっていた。
ヴァランタン公爵側の参列席に座る人々を気にしつつも、彼らは一切こちらに視線を向けないことから、モンジャルダン侯爵側の人々にだけ挨拶をしていくが、ついつい目が反対側の席を見てしまう。
ヴァランタン公爵家側の、最前列から二列目に座るのは王太子殿下夫妻だった。
健康的と表現するには些かしっかりとした体つきの王太子妃と、反対に病的な細さの王太子。
王太子妃が健康的である程に、王太子の細さは際立つ。
実際、三年前に王太子は大病を患っており、現在も療養の傍らで公務をするといった具合だった。
だから王太子妃には健康的である方が良いと、辺境伯の野蛮な娘を迎え入れたのだとか。
話を聞いた時には、無能な王位継承者を一人しか産めなかった王妃だと馬鹿にし、対して侯爵家の跡取りとして相応しい健康的な息子を産んだ自身を自画自賛したものだ。
彼らには挨拶をした方が良いかと思ったが、こちらは祝われる側なのだと思い直す。
なにより、王命によるティエリの結婚は、モンジャルダン侯爵家の意に沿わぬものだ。
あのような行き遅れを引き取ってやったのだから、あちらからモンジャルダン侯爵家に声をかけ、感謝と祝辞を言ってくるのが筋だろう。
そんなことを考えながら一番前の席に座ったオレリアーヌは、ここでエディットの母親でもある自身の姉が参列していないことに気が付いた。
確かにエディットは愛人でしかないので、侯爵家で待つように言ってあるが、だからといってティエリには伯母にあたる姉が不参加なんて非常識だ。
それなのに夫はといえば、憤慨するオレリアーヌを気にした様子も無く、緊張感もなく聖堂の中を見渡しているだけ。
それにしてもヴァランタン公爵家の最前列は空いたままだ。
ここにきて嫁ぎ先も見つけられなかった、娘との別れでも惜しんでいるのだろうか。
だとしたら、人様の貴重な時間を無駄にしていることに、早く気づいた方がよいだろう。
苛々とした気持ちが吹き溜まりとなって、ついつい靴の踵を鳴らしてしまう。
とうとうヴァランタン公爵夫妻が姿を見せぬまま、先にティエリが入場して祭壇の前で花嫁を待つが、一向に姿を見せる様子はない。
ここにきてモンジャルダン侯爵家側の参列者達が、困惑したように密やかな声で言葉を交わしているが、ヴァランタン公爵家側の参列者達はどこ吹く風といった態度だった。
と、唐突に会場内へと繋がる両扉が勢いよく開かれる。
「遅れてすみませんでした!」
そして姿を見せたのは、レオニーではなくエディットだった。
参列席の人々の間にざわめきが起きる。
もっとも、それは侯爵家側だけの話であるが。
派手な純白のドレスは子爵の娘が手に入れられるものではないが、さりとて公爵家が仕立てさせるには、上品そうでも、はたまた高級そうでもない。
さらにはサイズが、エディットにまったく合っていなかった。
下品なまでに胸元の開いたドレスは、エディットの胸の大きさでも少しばかり足りないのか、形の良い胸がたわわな果実としてさらけ出されそうな危なさがある。
まるで娼婦だ。
そんな状態でズカズカと歩いてくるので、今にも見えそうだと、参列している男性達は慌てて目を逸らす。
「エ、エディット。どうしてここに?」
今日だけはさすがに体裁が悪いからと、ティエリも侯爵家で待っているように伝えたはずだ。
参列席の一番前に座る侯爵夫人も、驚きで顔色を悪くしている。
「レオニー様にお願いして、結婚式を譲ってもらったんです!」
気にした様子も無く満面の笑みで語るエディット。
どことなく誇らしげなのは、レオニーから結婚式すらも奪ったという優越感からだろうか。
「レオニー様はお飾りの妻なのに、わざわざ結婚式をする必要あるのかなって。
ティエリ様に喜んでもらいたくて、内緒でヴァランタン公爵家に行ってお願いしたら、花嫁役を代わるのは問題無いと言ってもらって。
ついでに花嫁衣装もくださいって言ったら、貰えたんですよ!」
すごくないですかと声高に喋るエディットの姿に、思わずティエリも鼻の下を伸ばして下卑た笑みを浮かべてしまう。
「ま、まあ、あの女じゃ興醒めだったからな」
思わず口に出せば、途端に反対側の参列席から物音がする。
何事かと公爵家側の参列席を見れば、顔を飾る薄っすらした笑みのままで、彼らは出口に向かって動き出していた。
「ま、待て! どこに行こうというのだ!」
慌ててティエリが声をかけるも、振り返ることなく会場から出て行く参列者達。
ただ、扉を出たすぐのところで、王太子夫妻だけが歩みを止め、モンジャルダン侯爵家の面々へと振り返った。
「モンジャルダン侯爵令息が愛人と挙げる挙式に、どうして私達がいる必要が?」
王太子が口にする正論に対して、言っていることはもっともだが、そうではないということを言いたいのだ。
だが、何がそうではないかの言語化が難しくて、ティエリでは言葉にできないでいる。
口籠るティエリを気にすることも無く、王太子が自身の胸元から出してきたのは、侯爵家の招待状よりも遥かに上質な封筒だった。
「モンジャルダン侯爵家からレオニーとの結婚式の招待状が届いたが、同時にヴァランタン公爵家からも同じ日に愛人のお披露目パーティーを行うと招待状がきてね」
手触りの良さそうなきめ細かい紙で、封筒を縁取るように金と銀で箔押しがされている。
「ヴァランタン公爵からは事情を聞いていたので、モンジャルダン侯爵家がきちんと愛人に気づき、結婚式までに諭すのかどうかを見に来たわけだが」
美しい筆跡で王太子の名が書かれ、ひょいと返せば公爵家の家紋が蜜蝋に押されていた。
まるで愛人のお披露目パーティーの方が、モンジャルダン侯爵家の結婚式よりも格式が高いと馬鹿にされたようで、知らずこぶしを握り締め、怒りからくる体の震えは収まらない。
「私は従姉妹であるレオニーを祝いたいのであって、縁も無い侯爵家と見知らぬ愛人の結婚式に立ち会うほど暇じゃないので失礼させてもらうよ」
そんな、と声を上げたティエリに、醒めた視線が向けられる。
「君は随分と不満そうだな。
何かな? 婚約相手の家に無神経にも乗り込んだ挙句、結婚式まで横取りした愛人との挙式に、公爵家側との親族である私を参列させたいと?」
「まあ、なんて厚かましいのでしょう」
隣で王太子妃がそう言って、隠す気の無い笑いを零す。
「まったくその通りだ。そんなものはヒッソリとしたまえ」
「それを言うなら、あの行き遅れだって同じじゃないか!」
もはや思考が追い付かずに王族に向かって非難の声を上げるティエリに、同じではないと冷たい声が投げつけられる。
「レオニーは結婚式だと言っていない。あくまで愛人のお披露目パーティーだ。
そして、親戚である私には参加する理由がある。それだけだ」
王太子の顔に浮かぶのは小馬鹿にした笑みだ。
「モンジャルダン侯爵令息。愛人を持つのは結構だが、きちんと管理できてこそのもの。
君はまだ早いんじゃないかな?」
そうして屈辱の中で震えるティエリを残し、公爵側の参列者は誰一人として残っていなかった。
* * *
結婚式は取り止めになり、侯爵家は参列者達に事情を説明する羽目になる。
貴族だからか愛人を持つことに理解はあれども、王太子の言う通り、愛人を管理できずに常識はずれな行動を取らせたと、誰もが侯爵家に冷たい視線を向けてくるので居心地が悪い。
人によってはヴァランタン公爵家を気にしているからか、説明も聞く前から早々に帰ろうとする者まで現れる始末だ。
騒動の説明を終え、改めて結婚式をする際には日取りを報せる旨を伝え、今日はお開きとする。
挙式の後は侯爵家の広間で、ティエリとエディットを囲んだ食事会を行うつもりであったが、さすがに断念せざるを得ず、使用人達は今日の食事が豪華だと喜ぶだろう。
だが、それよりもレオニーだ。
「この日に、それも愛人披露目パーティーを開催するなんて、一体どういうつもりなの!
最初から結婚式に出る気が無かったと、言っているようなものじゃない!」
苛々とした調子でオレリアーヌは親指の爪を噛む。
子どもの頃に両親から散々注意されて止めていた癖だが、押さえきれない感情の発散先として現れている。
「だが、当家の管理不足でエディット嬢が公爵家に乗り込んでいる。
それを棚に上げて文句を言うこともできないだろう」
淡々と語る侯爵の言葉はどこまでも他人事のようで、「わかっているわよ!」と金切り声で返したオレリアーヌだったが、肩をすくめるだけの自身の夫への苛立ちも相俟って、扇子をへし折ってしまいそうだった。
事の発端であるエディットはといえば、縮こまってティエリの横から離れずにいる。
それなりにオレリアーヌのことをわかっているからか、矛先を向けられてもティエリに取り成してもらうつもりだ。
もっとも、そのティエリも気まずそうにして、あらぬ方向を見ているばかりだったが。
それぞれが感情を隠すことなく、剣呑な空気に支配された。
だが、侯爵家をさらに驚かせるような事態が屋敷で待っていた。
疲労を漂わせて帰ってきた侯爵家の人々に、慌てた様子の家令が迎える。
「旦那様! 別邸が大変なことに!」
別邸はレオニーを閉じ込める檻だ。
そこで大変なことと言われ、思わず全員が顔を見合わせた。




