名は出ないまま、仕事だけが残る
ローデン村の朝は、相変わらず静かだった。
だが、変わったことが一つある。
村の入口に、見慣れない馬車が停まっていた。
「……また、来たのか」
村長が、ため息混じりに言う。
「近隣の村の方です。
用水路の件を聞いたそうで」
「噂って、早いですね」
俺は、少し苦笑した。
名前を出した覚えはない。
宣伝もしていない。
それでも、結果だけが歩いていく。
⸻
依頼人は、三人組だった。
農村の代表らしく、服装は質素。
だが、表情には切実さがにじんでいる。
「水が、止まるんです」
「急に、ですか?」
「いえ。
少しずつ、悪くなって……」
話を聞く限り、典型的だった。
過去に使われた補助魔法が、中途半端に残っている。
失敗魔法として放置され、劣化した結果だ。
「再工事だと、費用が出せなくて」
「……分かりました」
俺は、条件を確認する。
「現地を見てから、判断します」
「お願いします!」
それだけで、十分だった。
⸻
現地は、ローデン村から半日ほど。
水路は、一見すると正常だ。
だが、流れが不自然に細い。
(残滓が、絡み合っている)
複数の失敗魔法が、互いに邪魔をしている。
力で壊せば、周囲の地形まで傷つく。
だから、やることは一つ。
「ほどく、か」
俺は、小さく呟いた。
魔力を流し、結び目を一つずつ解く。
強化もしない。
上書きもしない。
ただ、邪魔なものを退かす。
水音が、変わった。
「……あ」
依頼人の一人が、声を上げる。
細かった流れが、太くなる。
自然な速さで、水が通り始めた。
「これで、元に戻ります」
「本当に……」
男は、水路に手を伸ばし、確かめる。
確かな流れ。
「ありがとうございます……!」
だが、俺は頷くだけだった。
⸻
帰り道。
「お名前を、聞いても?」
そう尋ねられた。
少し、考える。
「……今は、必要ありません」
名が広がるのは、早すぎる。
まだ、積み上げる時期だ。
依頼人たちは、顔を見合わせ、頷いた。
「分かりました」
それ以上、聞いてこなかった。
それが、ありがたかった。
⸻
数日後。
ローデン村に、また一通の依頼が届いた。
今度は、商人からだ。
「倉庫の保管状態が、改善されたと聞きまして」
水路、井戸、床下。
それらが整うと、物流が変わる。
「正式な工事契約を」
村長が、ちらりと俺を見る。
「……一度、内容を見せてください」
仕事は、選ぶ。
無理な条件、過剰な要求は断る。
それでも、依頼は減らなかった。
むしろ――
選んでいるのに、増えていく。
⸻
その頃、王都。
「……例の辺境の件ですが」
ギルドの一室で、報告が上がっていた。
「派手な魔法使用は、確認されていません」
「成果のみ、ですか」
「はい。
修復、改善、再構築……ですが」
報告官は、首を傾げる。
「術者名が、出てきません」
「名乗らない?」
「ええ。
依頼人も、詳しく知らないようで」
室内が、静まり返る。
「……妙だな」
誰かが、そう呟いた。
⸻
ローデン村の夕暮れ。
畑では、収穫の準備が始まっている。
「今年は、早いな」
「助かるよ」
村人たちは、穏やかだ。
俺は、その様子を少し離れた場所から見ていた。
(評価は、いずれ追いつく)
急ぐ必要はない。
ここでは、
名よりも、結果が先にある。
それでいい。




