辺境の依頼は、静かに積み重ねる
朝の空気は、ひんやりとしていた。
ローデン村の畑には、早くから人の気配がある。
鍬を持つ者、水を運ぶ者、作物の状態を確認する者。
どれも、以前より動きがいい。
「今年は、芽の揃いが早いな」
畑仕事をしていた老人が、感心したように言った。
「土が、いいんでしょうか」
「さあな。
だが、去年とは明らかに違う」
その視線が、俺の方へ向く。
期待でも、疑念でもない。
ただの事実確認。
この村では、それでよかった。
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「今日の依頼はこちらです」
村の集会所で、村長が木札を差し出した。
「倉庫の床板が、湿気で傷んでいましてな」
「戦闘では、ないんですね」
「ええ。
むしろ、そちらの方が助かります」
俺は、軽く頷いた。
こういう依頼の方が、向いている。
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倉庫の床下に潜ると、原因はすぐに分かった。
地下水脈が、わずかにずれている。
そのせいで、湿気が溜まりやすくなっていた。
「……大きな問題ではないな」
俺は、失敗魔法をいくつか思い浮かべる。
本来は、地形調整に失敗した術式。
水流を逸らすはずが、効果が弱く使い物にならなかったもの。
それを、少しずつ重ねる。
強引に変えるのではない。
流れを、流れとして整える。
床下の空気が、すっと軽くなった。
「これで、しばらくは持つ」
派手さは、ない。
だが、確実だ。
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「助かりました」
村長は、深く頭を下げた。
「これで、穀物の保存も安心です」
「いえ。
依頼通りですから」
それ以上の言葉は、いらない。
成果は、時間が証明する。
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昼過ぎ。
村に、新しい依頼人が訪れた。
「近隣の村から来ました」
痩せた男が、帽子を取って頭を下げる。
「用水路が詰まりまして……」
話を聞けば、原因は明白だった。
数年前の工事で、失敗した魔法が残っている。
「本来なら、再工事ですが」
「費用が……」
男は、肩を落とした。
俺は、少し考える。
「失敗魔法の残滓なら、処理できます」
「……本当ですか?」
「はい。
時間は、かかりません」
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作業は、半日で終わった。
水は、自然な流れを取り戻す。
「……流れてる」
男は、呆然と呟いた。
「ちゃんと、流れてる……」
「一時的なものではありません」
「……ありがとうございます!」
何度も頭を下げる姿に、胸がざわつく。
(以前なら、評価されなかった仕事だ)
だが、今は違う。
ここでは、必要とされている。
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夕方。
リィナが、村に立ち寄った。
「再調査ですか?」
「いえ。
個人的な確認です」
彼女は、村の様子を見渡す。
「……落ち着いていますね」
「ええ」
「中央なら、もっと騒ぎになります」
彼女は、小さく息を吐いた。
「あなたは、ここが合っている」
「そうかもしれません」
否定はしなかった。
俺にとって、ここは“過剰な評価”がない。
それが、心地よかった。
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「ただし」
リィナは、真剣な表情になる。
「依頼は、必ず増えます」
「構いません」
「……それでも?」
「はい」
結果を出すことに、迷いはなかった。
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その夜。
村の宿で、簡単な食事が出された。
「今日は、スープが濃いですね」
「水が良くなったからだよ」
誰かが、そう言って笑った。
小さな変化。
だが、確かな変化。
俺は、湯気の立つ椀を見つめる。
(ここからだな)
静かに、積み上げていけばいい。
失敗と呼ばれたものを、
必要な形に戻すだけだ。




