欠けた歯車は戻らない
王都近郊、冒険者ギルド本部。
「……おかしいわね」
そう呟いたのは、魔法使いのセリアだった。
机の上には、失敗に終わった依頼報告書が並んでいる。
討伐失敗、進行遅延、再受注。
どれも、最近になって急に増えたものだった。
「以前は、こんなことなかったでしょう?」
問いかけに、前衛のガルドが腕を組んで唸る。
「敵が強くなったんじゃねぇのか」
「同じ依頼よ。
条件も、魔物の数も」
セリアは紙を指で叩いた。
「変わったのは……」
彼女の視線が、空いた席へ向かう。
かつて、そこに座っていた人物。
「……アイツが抜けたからだろ」
短く吐き捨てるように言ったのは、リーダーのレオンだった。
「今さらだ。
追放したのは俺たちだ」
その言葉に、誰も反論できなかった。
⸻
依頼は、廃鉱に住み着いた魔物の討伐。
本来なら、問題なく終わるはずだった。
「――ぐっ!」
ガルドの剣が、弾かれる。
「防御が固い……!」
「ちょっと待って、詠唱が――」
セリアの魔法が、途中で乱れた。
魔力供給が、追いつかない。
(こんなはず……)
以前なら、詠唱前に補助が入っていた。
魔力循環を安定させる、地味な支援。
誰も気に留めていなかった“役割”。
「レオン、下がって!」
回復役のミアが叫ぶが、間に合わない。
レオンの鎧に、ひびが入った。
「撤退だ!」
判断は、遅くはなかった。
だが――
勝てるはずの戦いだった。
⸻
ギルドへ戻る道中。
誰も、口を開かなかった。
「……なあ」
ガルドが、重く切り出す。
「前は、こんな風に崩れなかったよな」
「やめろ」
レオンが、低く言った。
「今さら、戻ってこない」
「分かってる。
でもよ……」
ガルドは、言葉を探す。
「俺たち、気づいてなかっただけじゃねぇか?」
セリアは、唇を噛んだ。
思い当たる節は、ありすぎた。
詠唱が通りやすかった理由。
魔法の失敗が少なかった理由。
準備不足でも、なぜか成立していた戦闘。
(全部……)
誰かが、裏で整えていた。
⸻
数日後。
ギルド内で、噂が流れ始めた。
「辺境で、妙な成果が出てるらしいぞ」
「魔法の痕跡が残らないとか」
「農業魔法で、水路を再構築したって」
セリアは、思わず立ち止まった。
「……再構築?」
聞き覚えのある言葉だった。
「それ、誰がやったの?」
「名前までは分からん。
追放された元冒険者らしいが」
その瞬間、空気が凍った。
レオンの表情が、固まる。
「……まさか」
否定したかった。
だが、胸の奥で、何かが音を立てて崩れる。
⸻
「もし、あの時」
宿の一室。
ミアが、小さく呟いた。
「私たち、ちゃんと話を聞いていたら……」
「やめろ!」
レオンは、声を荒げた。
「今さら、意味がない!」
だが、その声は、どこか弱かった。
失敗は、積み重なっている。
評価は、下がり始めている。
そして、辺境では――
評価されなかった力が、静かに結果を出している。
「……俺たちは」
セリアは、俯いたまま言った。
「何を、切り捨てたのかしらね」
答える者は、いなかった。
⸻
一方、その頃。
辺境の村では、井戸の水が澄み、畑が実り始めていた。
誰も、騒がない。
誰も、誇らない。
ただ、結果だけが、そこにある。
そして王都では、
欠けた歯車の重さを、ようやく理解し始めていた。




