辺境に来た調査役は、静かに違和感を見る
ローデン村に、見慣れない人物が現れたのは、昼過ぎのことだった。
外套を羽織った一人の女性。
装備は軽装だが、無駄がない。
冒険者というより、どこか役人に近い雰囲気を纏っている。
「中央ギルドから来ました。
簡単な聞き取り調査をさせてください」
村長のハルドは、一瞬だけ言葉に詰まった。
(……やはり、来たか)
だが、拒否する理由はない。
これまで正式な依頼として処理した以上、隠す方が不自然だ。
「分かりました。
こちらへどうぞ」
⸻
女性の名は、リィナ。
肩までの淡い銀髪を束ね、落ち着いた声で話す。
年は二十代前半だろうか。
「最近、この村でいくつか“記録に残らない成果”が出ていると聞きました」
「ええ。水路の修復や、井戸の水量改善などです」
「魔法を使った、と?」
「はい」
リィナは頷き、手元の書類に何かを書き留めた。
「術式は?」
「……分かりません」
村長は正直に答えた。
「光も詠唱もなく、結果だけが出ました」
リィナのペンが、ぴたりと止まる。
「……結果だけ、ですか」
彼女は顔を上げ、周囲を見回した。
畑は青々とし、水路は整っている。
どれも、確かに“成功した後”の状態だった。
(なのに、痕跡が薄すぎる)
魔法を使えば、必ず魔力残滓が残る。
だが、ここにはそれがほとんどない。
「その魔法使いの方に、会えますか?」
村長は、一瞬迷った後、頷いた。
「……こちらです」
⸻
俺がリィナと会ったのは、倉庫の整理を手伝っていた時だった。
「こんにちは」
穏やかな声に振り返ると、見知らぬ女性が立っている。
「中央ギルドから来ました。
少し、お話を聞かせてもらえますか?」
嫌な予感が、しなかったわけではない。
だが、逃げる理由もない。
「……どうぞ」
俺は、作業を止めて向き直った。
⸻
「あなたが、この村の水路を修復したと聞きました」
「はい。依頼でしたので」
「どんな魔法を?」
率直な質問だ。
俺は、少し考えてから答えた。
「失敗魔法を、組み合わせただけです」
リィナは、すぐには反応しなかった。
否定も、驚きもない。
ただ、静かに観察する視線。
「……失敗魔法、とは?」
「効果が不完全で、評価されなかった魔法です」
「普通は、消えるものですが」
「そうですね」
俺も、そう思っていた。
だから、これ以上は説明しなかった。
だが、リィナは引かなかった。
「結果として、水路は“完全な状態”になっています」
「はい」
「しかも、補修ではなく、再構築に近い」
彼女の視線が、鋭くなる。
「……あなたは、自分がやっていることを、異常だと思いますか?」
少し、考える。
「……周りから見れば、そうかもしれません」
「では、あなた自身は?」
「……便利だとは思っています」
それだけだった。
リィナは、一瞬だけ目を見開き、すぐに表情を戻した。
(自覚が、薄い)
それが、彼女の第一印象だった。
⸻
その後、彼女は村を一通り見て回った。
畑、水路、井戸。
どれも“完璧すぎる成果”だ。
だが、どこにも決定的な証拠がない。
(強制力がない……?)
術式による支配ではなく、
条件が自然に整ったかのような結果。
魔法というより、環境そのものが最適化されている。
「……不思議な村ですね」
リィナは、村長にそう告げた。
「報告書には、“異常なし”と書いておきます」
「……それは」
「ただし」
彼女は、静かに続ける。
「“今は”です」
⸻
夕方、村を発つ前。
リィナは、俺のもとを訪れた。
「忠告です」
彼女は小声で言った。
「あなたの力は、いずれ隠しきれなくなります」
「……そうでしょうね」
「その時、敵も味方も増える」
彼女は、真っ直ぐ俺を見た。
「覚えておいてください。
私は、あなたを“危険人物”とは報告しませんでした」
「……ありがとうございます」
「その代わり」
彼女は、わずかに微笑った。
「あなたが何者なのか、私は見続けます」
そう言って、彼女は去っていった。
⸻
静かな村に、再び日常が戻る。
だが、確実に一つだけ変わったことがある。
この村には、
世界と繋がる視線が、一本通った。
それが、吉と出るか、凶と出るか。
それを決めるのは――
たぶん、俺自身だ。




