失敗魔法使いへの最初の依頼
辺境の村ローデンに滞在して、数日が経った。
正直に言えば、居心地は悪くなかった。
静かで、人が少なく、誰も俺に過剰な期待をしない。
――少し前までは。
「……あの、頼みがあるんだが」
朝食を終えた頃、村長のハルドが俺を訪ねてきた。
普段は快活な彼の顔が、今日はどこか硬い。
「正式な話、ですか?」
「……ああ」
その言葉で、だいたい察しはついた。
俺がこの村でやってきたことは、すべて“善意”の範囲だった。
井戸を直し、畑を少し手伝い、魔物を追い払った。
だが今回は違う。
「依頼」という形になる。
それはつまり、
俺の力を、村が必要としているということだ。
⸻
村の集会所には、数人の村人が集まっていた。
皆、どこか緊張した面持ちで、俺を見る。
好奇心と、不安が混じった視線。
「……説明してもらえるか」
俺が促すと、村長が一歩前に出た。
「村の北側に、古い水路がある。
昔は使われていたが、今は崩れて放置されている」
「水路、ですか」
「ああ。
だが最近、そこから水が逆流してきてな。
放っておくと、畑がやられる」
聞けば、通常なら土木作業が必要だ。
だが、この村にそんな余裕はない。
「……魔法で、何とかならないかと思ってな」
村長は、言いづらそうに続けた。
「もちろん、無理なら断ってくれていい。
報酬も、たいしたものは出せない」
集会所が、静まり返る。
村人たちは、俺の返事を待っていた。
(……なるほど)
これは試されている。
俺が、
“便利な存在”なのか、
“危険な存在”なのか。
「現地を、見せてもらえますか」
俺はそう答えた。
村人たちの表情が、わずかに緩む。
⸻
問題の水路は、確かにひどい状態だった。
石は崩れ、土砂が詰まり、水が本来とは違う方向へ流れている。
「普通なら、修復魔法を使うところだが……」
村長が言う。
「この規模だと、魔力が足りない」
「……ですね」
俺は頷いた。
修復魔法は“完成形”を前提とする。
だが、ここは壊れすぎている。
だから――
(失敗魔法の出番、か)
俺は、これまで回収してきた魔法を思い浮かべた。
・修復が途中で終わった魔法
・形状認識に失敗した構築魔法
・持続が足りなかった補強魔法
どれも、単体では役に立たない。
「……少し、時間をください」
俺は水路の前に立ち、手をかざした。
詠唱はしない。
派手な光も、必要ない。
回収した“失敗”を、静かに組み上げる。
形を作る。
支えを入れる。
持続を補う。
――ただ、それだけ。
ごり、と小さな音がして、石が動いた。
「……え?」
村人の一人が、声を漏らす。
崩れていた水路が、少しずつ元の形に戻っていく。
まるで、最初からそうだったかのように。
水の流れが、変わった。
逆流が止まり、正しい方向へと流れ始める。
「……終わりました」
俺がそう言ったとき、
誰もすぐには反応できなかった。
⸻
「……これで、畑は?」
村長が、恐る恐る尋ねる。
「問題ありません。
むしろ、水量は安定すると思います」
「そ、そうか……」
村人たちが、ざわめく。
驚きよりも先に、安堵が広がっていくのが分かった。
「……ありがとう」
村長が、深く頭を下げた。
「これは、正式な依頼だ。
報酬は……少ないが」
そう言って差し出されたのは、食料と、簡素な住居の提供だった。
金貨はない。
だが、それでいい。
「十分です」
俺は、そう答えた。
本心だった。
この村は、
俺を“使い捨ての魔法使い”としてではなく、
“必要な人間”として扱ってくれている。
それだけで、十分だった。
⸻
その日の夜。
借りた小屋で、一人考える。
(……これでよかったのか)
俺の力は、確かに異常だ。
外に知られれば、面倒なことになる。
だが、
この村が困っているのを見て、
何もしない選択はできなかった。
「……まぁ、いいか」
少なくとも、今は。
失敗魔法を拾い続けてきた俺が、
初めて“正しく使われた”。
その事実が、胸の奥を温かくしていた。
そしてこの依頼が、
俺にとっての始まりになることを、
この時の俺はまだ知らない。
――辺境の村から、
少しずつ、世界が動き始める。
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