観測不能な魔法使い
王都・中央魔法ギルド。
白い石造りの建物の一室で、数人の職員と魔法研究者が円卓を囲んでいた。
卓上には、数枚の報告書が並べられている。
「……この辺境の村、ローデンという場所ですが」
若い職員が、資料をめくりながら言った。
「ここ一週間で、異常な数の“依頼未満の成果報告”が上がっています」
「成果報告?」
年配の研究者が眉をひそめる。
「正式な依頼ではないが、結果だけが発生している、という意味です。
井戸の水位上昇、土壌改善、魔物被害ゼロ……」
「ふむ」
研究者は報告書を手に取った。
「どれも魔法によるものと考えられるが、魔力残滓がほとんど検出されていないな」
それが、問題だった。
通常、魔法を使えば必ず痕跡が残る。
強力であればあるほど、顕著に。
だが、ローデン村の報告は違った。
「使われた形跡はある。
しかし、どんな魔法かが分からない」
研究者は、低くそう言った。
「……そんなこと、あり得るんですか?」
「理論上は、ない」
室内が静まり返る。
「魔法とは、術式と魔力の組み合わせだ。
観測できないということは――」
「観測される前に、消えている?」
「あるいは……」
研究者は、言葉を切った。
「観測の前提そのものが違う」
若い職員は、ごくりと喉を鳴らした。
⸻
「もう一つ、気になる点があります」
別の職員が口を開く。
「この村周辺、冒険者パーティが二つ、自然解散しています」
「理由は?」
「支援魔法が効かなくなった、と」
「……効かなくなった?」
「はい。
正確には“上書きされている感じがする”と証言しています」
研究者の目が、鋭くなった。
「上書き、か」
支援魔法は重ねがけが可能だが、
基本的には、後からかけた方が優先される。
だが、それには明確な術式がある。
「術式を使わずに、効果だけを書き換える……?」
あり得ない。
少なくとも、現在の魔法体系では。
「……その村に、誰か滞在者はいないのか」
「一人、います」
職員が資料を差し出した。
「元冒険者パーティ所属の魔法使い。
数日前に、追放されたばかりです」
「スキルは?」
「《失敗魔法回収》……と、記録されています」
その瞬間、研究者の手が止まった。
「……失敗魔法、だと?」
声が、わずかに震えた。
「失敗した魔法は、残らない。
それが常識だ」
「はい。
ですが、彼の戦闘記録には、不自然な点が多く……」
「評価不能、数値なし、効果不明……」
研究者は、資料を読み進めるうちに、顔色を変えていった。
「……なるほど」
やがて、ぽつりと呟く。
「誰も、失敗魔法を“再利用できる前提”で観測していなかった」
それは、盲点だった。
魔法体系は、「成功した魔法」だけを前提に組み上げられている。
失敗は、記録されず、捨てられる。
「もし……」
研究者は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「もし彼が、失敗した魔法の“効果だけ”を保持し、
それを再構築できるとしたら――」
室内の誰もが、続きを想像した。
そして、背筋が冷えた。
「魔法の総量が、理論上無限になる」
誰かが、そう呟いた。
⸻
「どうしますか?」
若い職員が、恐る恐る尋ねる。
「保護か、管理か……それとも」
研究者は、即答しなかった。
資料を閉じ、深く息を吐く。
「……まずは、刺激しないことだ」
「刺激しない?」
「本人が、自覚していない可能性が高い。
下手に接触すれば、研究対象として囲い込もうとする勢力が動く」
「それは……」
「国家が動く」
その言葉に、職員たちは沈黙した。
「だから今は、観測だけだ。
彼が何をしているのか、どこまでできるのか」
研究者は、静かに結論づけた。
「――そして、気づかれないことを祈るしかない」
だが、その願いが叶わないことを、
彼らは心のどこかで理解していた。
なぜなら。
辺境の村では今日も、
“失敗魔法”による成果が、何事もなかったかのように積み重なっているのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




