辺境の村に現れた、ありえない魔法使い
辺境の村・ローデンは、王都から三日ほど離れた場所にある。
土地は痩せ、魔物は少ないが実りも少ない。
若者は外へ出て行き、残るのは老人と子どもばかり――そんな、どこにでもある小さな村だった。
「……今年も、厳しそうだな」
村長のハルドは、畑を見下ろしながら溜息をついた。
春先だというのに、土は固く、水の巡りも悪い。
魔法使いを雇う余裕など、当然ない。
いても、王都か大きな街に行く。
だから彼は、村の入口に立つ見慣れない青年を見たとき、正直あまり期待していなかった。
「すみません。しばらく、この村の近くに滞在してもいいでしょうか」
青年は、控えめにそう言った。
装備は簡素で、高価な杖もない。
「泊まる場所も、仕事も……できることがあれば手伝います」
その態度は丁寧だったが、頼りなさも感じた。
「魔法使い……か?」
「一応、そうです」
一応、という言い方が気になったが、村長は深く追及しなかった。
断る理由もない。
「好きにするといい。ただし、報酬は期待するな」
「分かっています」
青年――名を名乗った彼は、静かに頷いた。
⸻
変化は、その日の夕方に起きた。
「村長! 井戸が……!」
慌てた様子で駆け込んできたのは、若い村人だった。
「水が、増えてます! あふれそうなくらいに!」
「……は?」
ハルドは耳を疑った。
この村の井戸は浅く、水量が少ない。
増えるなど、聞いたことがない。
急いで向かうと、確かに井戸の水位は明らかに上がっていた。
しかも、澄んでいる。
「誰か……魔法を?」
「分かりません。ただ、あの旅人が井戸の近くに……」
村長は、背中に嫌な汗を感じた。
まさか、と思いながら探すと、青年は井戸のそばで土を触っていた。
「……何をした?」
ハルドが問う。
青年は、少し困ったように答えた。
「失敗した水脈探知と、使い道のなかった保水魔法を……少し、重ねただけです」
「……は?」
意味が分からない。
だが、井戸は満ちている。
事実だけが、そこにあった。
⸻
翌日。
今度は、畑だった。
芽が出なかったはずの土地に、青々とした若葉が顔を出している。
それも、一面に。
「……こんなこと、今まで一度も……」
農夫たちが呆然と立ち尽くす中、青年は畑の端で首を傾げていた。
「肥沃化が足りなかったので、微調整しました」
「微調整……?」
「ええ。効果が弱すぎて失敗扱いだった魔法が、いくつか残っていたので」
農夫たちは、互いに顔を見合わせる。
失敗魔法?
そんなもの、普通は残らない。
だが、作物は育っている。
魔法陣も、派手な光もない。
結果だけが、完璧だった。
⸻
決定的だったのは、その夜だ。
村の外れに現れた中型魔物――
普段なら数人がかりで対処する相手。
だが、青年が前に出た。
「下がってください。危ないので」
「お、おい! 一人で――」
制止する間もなく、青年は地面に手をついた。
光は、ない。
詠唱も、ない。
次の瞬間、魔物の足元の地面が、音もなく崩れた。
沈む。
絡め取る。
動きを封じる。
魔物は、抵抗する前に倒れていた。
「……終わりです」
青年がそう言ったとき、誰も声を出せなかった。
派手な魔法はなかった。
だが、確実で、無駄がなく、異常だった。
⸻
その夜、村長は確信した。
(この青年は……)
この村に来てはいけない存在だ。
強すぎる。
だが、それ以上に――
本人が、その自覚を持っていない。
「……ここにいてくれ」
村長は、頭を下げた。
「報酬は出せないが……それでもいい」
青年は、少し驚いたように目を見開き、やがて微笑った。
「構いません。ここは、静かでいい」
その言葉に、村人たちは安堵し、同時に気づかなかった。
この静かな辺境に、
世界の前提を壊す魔法使いが根を下ろしたという事実に。
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