祈りの場で、条件は問われる
王城から少し離れた丘の上。
そこに、聖典魔法会の大聖堂があった。
白い石造りの建物は、静謐で、近寄りがたい。
⸻
「ここで、儀式を行います」
案内役の司祭が、淡々と言う。
「神に捧げる、癒しの祈りです」
俺は、黙って頷いた。
拒否すれば、話は終わる。
受ければ、衝突は避けられない。
だが――
逃げる理由は、なかった。
⸻
大聖堂の中央。
一人の少年が、横たえられていた。
顔色は悪く、呼吸も浅い。
「魔力逆流による衰弱です」
司祭が、説明する。
「祈りによる治癒を、三度試みました」
「結果は?」
「改善なし」
それが、答えだった。
⸻
「……私に、何をさせたいのですか」
「見ていてください」
司祭は、そう言った。
「神の奇跡を」
⸻
祈りが、始まる。
数人の司祭が、聖典を掲げ、詠唱する。
空気が、変わる。
確かに、魔力が集まっていた。
だが。
(……歪んでいる)
意図は、善だ。
だが、条件が悪すぎる。
⸻
光が、降り注ぐ。
少年の身体を包む、淡い輝き。
一瞬。
「……っ」
少年が、苦しげに身をよじった。
司祭たちの顔色が、変わる。
⸻
「魔力が、弾かれている……?」
「そんなはずは」
「祈りが、拒否されている?」
ざわめき。
混乱。
⸻
「……失礼します」
俺は、前に出た。
「触らないでください!」
司祭の一人が、叫ぶ。
「これは、神聖な――」
「今は」
静かに、遮る。
「命の話です」
⸻
俺は、少年の傍に膝をつく。
魔力を、使わない。
祈りも、捧げない。
ただ。
流れを見る。
⸻
「……原因は、単純です」
「聖堂の結界が、強すぎる」
司祭たちが、凍りつく。
⸻
「神の加護を、最大限にするためのものだ!」
「ええ」
「ですが」
「今は、それが逆効果です」
⸻
結界は、外部からの干渉を拒む。
それは、魔法も、祈りも同じ。
少年の体内で起きている魔力の乱れは、
外から“押す”ほど、反発する。
⸻
「……結界を、弱めてください」
「そんなことはできない!」
「神への冒涜だ!」
即座に、拒否の声。
⸻
「では」
俺は、立ち上がる。
「このまま、見ていてください」
冷たい言い方だった。
だが、事実だ。
⸻
「待て」
老司祭が、前に出る。
「……一部だけだ」
「外周結界を、一時的に緩める」
「それで、どうなる?」
「条件が、整います」
⸻
短い沈黙の後。
結界が、わずかに弱まった。
空気が、軽くなる。
⸻
「今です」
司祭たちが、再び祈る。
今度は。
光が、柔らかく染み込むように広がった。
⸻
「……呼吸が、安定してきた」
「魔力逆流が、収まっている」
誰かが、震える声で言う。
少年の顔色が、少しずつ戻っていく。
⸻
祈りが、終わる。
成功だった。
だが。
誰も、すぐには喜ばなかった。
⸻
「……我々は」
老司祭が、低く言う。
「祈りを、信じてきた」
「だが」
俺を見る。
「条件を、見ていなかった」
⸻
「信仰を、否定するつもりはありません」
俺は、静かに言った。
「ただ」
「神の力が働くにも」
「環境が、必要です」
⸻
「神は」
「万能では、ないと?」
「万能であるなら」
「なおさら」
「条件を選ばない理由が、ありません」
⸻
その言葉に。
司祭たちは、反論できなかった。
⸻
「……今日のことは」
老司祭が、言う。
「聖典魔法会で、議論する」
「すぐに、結論は出ない」
「それで、構いません」
⸻
大聖堂を出る時。
あの司祭が、ぽつりと呟いた。
「信仰とは」
「信じ続けることだと思っていました」
「……考え続けること、なのかもしれませんね」
⸻
外に出ると、風が冷たかった。
だが、空は晴れている。
⸻
信仰と理論。
敵対ではない。
ただ、噛み合っていなかっただけだ。
⸻
そして。
その“歪み”を見た以上。
もう、戻れない。




