失敗魔法は、失敗ではなかった
――辺境の廃村跡。
人が住まなくなって久しいこの場所は、王都からも冒険者からも忘れ去られていた。
魔物が強いわけではない。ただ「何もない」から、誰も来ない。
「ここなら……問題ないよな」
俺は周囲を見回し、深く息を吸った。
昨日、地面を溶かしてしまった件について、正直まだ頭が追いついていない。
偶然だった可能性もある。
だから今日は、落ち着いて検証するつもりだった。
俺のスキル《失敗魔法回収》は、戦闘中に使うものではない。
他人が使い、失敗と判断し、放棄した魔法の“残り”を拾う。
それを自分の中に溜めておける――ただそれだけの能力だ。
「まずは……これから」
俺は意識を集中させ、回収済みの魔法を一つだけ取り出した。
【熱・微弱】
火球にならなかった、未完成の熱魔法。
通常なら、何の役にも立たない。
実際、元パーティでは「魔力の無駄遣い」と切り捨てられていた。
それを、地面に向けて放つ。
じゅっ――と、小さな音がして、土が黒く焦げただけだった。
「……うん、これは普通だな」
次に取り出す。
【防御・持続不良】
衝撃は防ぐが、見た目も数値も残らない魔法。
それを、熱の上に重ねる。
瞬間、焦げた土の表面に、薄い膜のようなものが広がった。
触れてみると、驚くほど硬い。
「……あれ?」
さらに、もう一つ。
【身体強化・数値未測定】
効果はあるが、ギルドで評価されなかった魔法。
これを、自分自身にかけてみる。
身体が、軽い。
地面を蹴ると、思った以上に前へ進んだ。
筋力が上がっているのは確かだが、暴走する感じはない。
「……重ねただけ、なんだけどな」
昨日と同じだ。
いや、昨日よりも制御できている。
失敗魔法は、単体だと確かに弱い。
だが、組み合わせることで、まるで別物になる。
(これ……偶然じゃない)
そう確信した、その時だった。
「――な、なんだ今の音は?」
背後から、声がした。
振り返ると、二人組の冒険者が立っていた。
どうやら、近くを通りがかったらしい。
「地面が溶けたぞ……? ここ、魔物はいないはずだろ」
二人は、警戒しながら周囲を見回している。
俺は慌てて、魔法を解除した。
「あ、いや、その……」
「お前がやったのか?」
年上らしい男が、俺を見る。
視線は疑念よりも困惑に近い。
「派手な魔力反応はなかった。だが、地面の状態が……」
もう一人が、溶けた地面を指差す。
俺は、正直に答えるべきか迷った。
だが、嘘をつく意味もない。
「……失敗魔法を、少し使っただけです」
「は?」
二人同時に、間の抜けた声を出した。
「失敗、魔法?」
「ええ。火球にならなかった熱とか、役に立たない防御とか……そういうのです」
冒険者たちは顔を見合わせた。
「おい、聞いたことあるか?」
「いや……失敗した魔法は消えるだろ。残るはずがない」
「ですよね」
俺も、そう思っていた。
だからこそ、ずっと黙っていた。
信じてもらえるはずがない。
だが、目の前の地面は、現実だ。
「……これ、全部お前一人でやったのか?」
「はい。重ねただけです」
二人は、言葉を失っていた。
やがて年上の冒険者が、低い声で言った。
「それ……王都の魔法研究所が聞いたら、発狂するぞ」
そう言われて、初めて実感が湧いた。
(ああ、やっぱり……おかしいんだな、これ)
俺にとっては、ずっと拾ってきた“ゴミ”だ。
誰にも評価されなかった、失敗の残骸。
それが、世界の常識では、あり得ない存在らしい。
「……誰にも言わない方がいい」
冒険者は、真剣な顔でそう言った。
「下手に知られたら、研究材料にされるか、消されるかだ」
冗談には聞こえなかった。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「はい。だから、辺境に来ました」
静かな場所で、静かに暮らす。
拾った魔法を、誰にも見せずに使う。
それでいい――はずだった。
だが、この日を境に、
俺の存在は、少しずつ周囲に知られていくことになる。
失敗魔法が、失敗ではないと気づいた者たちによって。
読んでいただきありがとうございます!
少しでも面白いと感じていただけたら、
ブックマークや評価をしていただけると励みになります。




