軍は、静かに横断する
軍務省・地下会議室。
ここは、公式記録に残らない会合が行われる場所だった。
「研究院は、慎重すぎる」
鎧姿の男が、苛立ちを隠さずに言った。
「失敗率ゼロ。
魔力消費減少。
前線がどれだけ救われると思っている」
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「だが、制御できない」
別の男が、冷静に返す。
「彼は、命令に従わない」
「契約も拒んだ」
「それが問題だ」
机の上には、ローデン村の簡易地図。
赤い印が、一つ。
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「排除案は?」
「却下だ」
「失敗した場合、理論ごと失われる」
「では、確保か?」
沈黙。
誰も、“拉致”とは言わない。
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「……接触だ」
最年長の軍人が、低く言った。
「正式でも、非公式でもない」
「協力要請」
「拒否されたら?」
「その時、考える」
それが、軍の答えだった。
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「部隊は?」
「少数精鋭」
「威圧ではなく、保護名目」
「だが」
一瞬、言葉を切る。
「逃げられない配置で」
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決定は、数分で下された。
会議は、存在しなかったことになる。
だが、命令だけは残る。
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同じ頃。
ローデン村近郊の街道。
数人の兵が、旅人を装って進んでいた。
鎧は、布で覆われ。
武器は、目立たぬよう隠されている。
「辺境にしては、静かだな」
「だからだ」
「目立つ者ほど、狙われる」
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村に入る手前で、彼らは足を止めた。
「情報によれば」
「対象は、争いを好まない」
「こちらから仕掛けなければ、問題は起きない」
それが、彼らの認識だった。
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ローデン村。
俺は、倉庫の屋根を直していた。
木材の歪み。
釘の位置。
魔法ですらない、ただの修繕。
だが。
「……気配が、増えました」
下から、リィナの声。
「ええ」
俺も、気づいていた。
視線。
足音。
抑えた魔力。
軍人だ。
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「逃げますか?」
「いいえ」
首を振る。
「向こうが、まだ“話す気”です」
「なら」
屋根から降りる。
「こちらも、話すだけ」
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村の入口。
兵士たちは、自然に道を塞いでいた。
誰も剣に手を伸ばさない。
だが、間合いは――完全に軍のものだった。
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「失礼する」
隊長らしき男が、口を開く。
「我々は、通行中の者だ」
「……そうは見えません」
リィナが、即座に返す。
男は、苦笑した。
「だろうな」
そして、俺を見る。
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「あなたが、“調整役”だな」
「そう呼ばれているようです」
「軍務省から来た」
「正式ではない」
「だが、頼みがある」
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「断ることは?」
「できる」
「だが」
一歩、近づく。
「安全は、保証できない」
脅しではない。
事実の提示。
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「……一つ、聞きます」
俺は、静かに言う。
「あなた方は」
「“直す”理由を、理解していますか?」
兵士たちが、言葉を失う。
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「前線を、救いたい」
隊長が、絞り出すように言う。
「事故で死ぬ仲間を、減らしたい」
それは、嘘ではなかった。
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「なら」
俺は、頷く。
「やることは、同じです」
「ここで、剣を抜かない」
「それだけで、条件は整います」
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沈黙。
そして。
隊長は、ゆっくりと手を下げた。
「……今日は、引く」
「報告は?」
「“接触は失敗”と」
「だが」
一瞬、目を細める。
「次は、もっと正式になる」
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「構いません」
「その時も」
「直すだけです」
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兵たちは、去っていく。
村に、再び静けさが戻る。
だが。
これは、偶然の回避だ。
次は、もっと深く来る。
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リィナが、低く言った。
「世界が、あなたを必要とし始めています」
「……困ったものですね」
俺は、空を見る。
直すだけのつもりだった。
だが。
壊れているのは、
世界の仕組みそのものなのかもしれない。




