王都は意見で割れる
王立魔法研究院・会議室。
円卓を囲む研究官たちの表情は、硬かった。
机の中央には、ローデン村視察の報告書。
簡潔だが、内容は重い。
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「――以上が、現地で確認した事実です」
ハルディアの説明が終わる。
一拍置いて、年配の研究官が口を開いた。
「信じがたいな」
「魔法は、理論で成立する」
「“前段階の調整”など、聞いたことがない」
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「だから問題なのです」
若い研究官が反論する。
「結果が出ている」
「理論が追いついていないだけです」
「理論が崩れる可能性もある」
別の声が割り込む。
「それは、国家の基盤だぞ」
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「失敗率ゼロ」
ハルディアは、淡々と数字を示す。
「魔力消費、三割減」
「事故率、観測期間中ゼロ」
「これを“無視”する理由は?」
沈黙が落ちる。
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「軍部は、どう見る?」
話題が、切り替わる。
端に座っていた男――軍務省の代表が、口を開いた。
「正直に言おう」
「魅力的だ」
「前線での魔法事故は、死傷に直結する」
「だが」
一瞬、言葉を選ぶ。
「制御不能な個人技術は、危険でもある」
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「囲い込む?」
「失敗した場合、反発を招く」
「排除?」
「失敗した場合、取り返しがつかない」
誰も、軽々しく結論を出せなかった。
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「……問題は」
老研究官が、低く言う。
「彼が“魔法使いではない”点だ」
「術式も、詠唱も使わない」
「理論の外側にいる」
それは、恐怖だった。
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「理論化できるか?」
「現時点では、不明」
「再現性は?」
「条件が整えば、可能性はある」
「だが、本人抜きでは……」
会議室の空気が、さらに重くなる。
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「つまり」
誰かが、言った。
「彼が“いなくなれば”、終わる技術だ」
その瞬間、空気が凍る。
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「それは、言い過ぎだ」
ハルディアが、即座に制する。
「彼は敵ではない」
「むしろ、協力的ですらある」
「だが、国家は“善意”だけでは動けない」
軍務省の男が、静かに言う。
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「監視を強化する」
「非公式の協力関係を模索」
「同時に、理論の抽出を進める」
議論は、現実的な方向へ流れる。
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「王城には?」
「まだ、報告段階です」
「だが」
ハルディアは、目を伏せる。
「時間の問題でしょう」
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会議の終盤。
一人の研究官が、ぽつりと言った。
「……彼は、何を望んでいる?」
誰も、即答できなかった。
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「名も、地位も、権力も」
「求めていないように見える」
「だからこそ」
老研究官が、呟く。
「最も、扱いづらい」
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「結論は、出た」
議長が、告げる。
「現状維持」
「だが、動向は逐一把握」
「彼が、何かを“直し続ける限り”」
「我々は、目を離さない」
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その頃。
ローデン村。
俺は、壊れた水汲み装置を直していた。
ただ、それだけ。
だが。
遠く王都では、
俺の存在を巡って、会議が続いている。
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世界が、ざわつき始めた。
それを知る者は、まだ少ない。




