契約書は、結果の後からやってくる
ローデン村に、見慣れない使者が訪れたのは、昼を少し回った頃だった。
簡素だが質の良い外套。
武装は最低限。
そして、腰にはギルドの正式紋章。
「中央ギルド、契約管理部より参りました」
そう名乗った男は、丁寧に頭を下げた。
「あなたに、正式なご提案があります」
村の集会所には、村長と数名の有力者が集まっている。
俺は、少し離れた席に座っていた。
(ついに、来たか)
驚きはない。
むしろ、遅いくらいだ。
⸻
「まず、これまでの実績について」
男は、書類を一枚広げた。
「ローデン村および周辺地域における依頼、二十六件。
すべて成功。再発報告なし」
ざわ、と村人たちが小さくざわめく。
「魔法痕跡は極めて薄く、環境への負荷も確認されていません」
淡々とした読み上げ。
感情はない。
だが、それが逆に重い。
「よって、ギルドとしては――」
男は、視線を上げた。
「長期契約を打診したく存じます」
⸻
「長期、ですか」
村長が、慎重に聞き返す。
「はい。
期間は三年。
内容は、環境修復および維持に関する優先対応」
三年。
短くはない。
だが、縛りとも言い切れない。
「報酬は、月額固定。
加えて、個別依頼ごとの成果報酬」
条件は、悪くない。
むしろ、破格だ。
(だが……)
俺は、黙って聞いていた。
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「なお」
男は、少し言い淀んだ。
「術式や魔法体系の詳細については、提出義務はありません」
その言葉に、村長が目を見開く。
「提出、しなくていいのですか?」
「はい。
ただし、協力要請は行います」
協力要請。
つまり、強制ではないが、無視はしづらい。
「……なるほど」
俺は、そこで口を開いた。
「一つ、確認を」
「どうぞ」
「この契約は、私個人に対するものですか?
それとも、ローデン村全体に対して?」
男は、即答できなかった。
一瞬の沈黙。
「……個人です」
正直な答えだった。
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「なら、条件があります」
村人たちの視線が、俺に集まる。
「私は、常駐を保証しません」
「……え?」
「依頼は受けますが、移動も拒否しません」
男の眉が、わずかに動く。
「また、成果の優先順位は、私が決めます」
「それは……」
「危険度、影響範囲、持続性。
その三つで判断します」
言葉を選んだ。
感情論ではない。
だが、譲れない線だ。
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「さらに」
俺は、続ける。
「魔法理論の開示は、行いません」
「……理由を伺っても?」
「誤用される可能性が高い」
それだけで、十分だった。
男は、深く息を吐く。
「……分かりました」
意外なほど、あっさりと。
「それでも、お願いしたい」
その言葉には、打算と誠意が混じっていた。
⸻
その場は、一度持ち帰りとなった。
使者が去った後、集会所には沈黙が落ちる。
「……大きな話だな」
村長が、ぽつりと言う。
「断るのですか?」
誰かが、聞いた。
俺は、首を横に振る。
「いいえ。
受けます」
即答だった。
「ただし――」
視線を、村人たちに向ける。
「この村が、優先です」
それが、条件だった。
⸻
夜。
宿の部屋で、リィナが訪ねてきた。
「話は、聞きました」
「早いですね」
「当然です」
彼女は、椅子に腰掛ける。
「賢い条件提示でした」
「……そうでしょうか」
「ええ。
囲い込みを、拒否した」
リィナは、静かに言った。
「でも、敵を作りますよ」
「承知の上です」
それでも、譲れなかった。
⸻
「あなたは」
リィナは、少しだけ柔らかく微笑った。
「力を、商品にしない人ですね」
「必要な場所に、必要なだけです」
「……危うい」
だが、どこか安心したようでもあった。
⸻
数日後。
正式な契約書が届いた。
条件は、ほぼこちらの提示通り。
署名欄に、名前を書く。
震えは、なかった。
(ここからだ)
これは、終着点ではない。
ただの通過点だ。
⸻
一方、王都。
「……通ったか」
ある部屋で、誰かが呟く。
「想定より、譲歩しましたね」
「仕方ない。
代替がいない」
沈黙。
「監視は?」
「続けます。
だが、深入りは……」
「分かっている」
誰もが、理解していた。
この力は、
管理するには、遅すぎた。
⸻
ローデン村の夜は、静かだった。
契約が増えても、星の数は変わらない。
俺は、窓から外を見て、思う。
(やることは、同じだ)
失敗と呼ばれたものを、
正しい場所へ戻す。
それだけだ。




