2 旅の目的
溢れ出す涙は依然と止まることを知らず、浩二は泣き続けた。
地面に膝を突き、肘を突き、頭を抱えて。
己の不幸と不甲斐なさを心底呪った。
不老不死?
世界を書き換える力?
なんだよそれ、俺が死んだせいでみんな死んだって言うのか?
父さん、母さん、彩花。
大切な人の姿が脳裏を通り過ぎてゆく。
おかしくて笑い合ったことや喧嘩して怒った顔。
フラッシュバックする今までの経験や場面。
それらが浩二の心に重くのしかかってゆく。
「何故俺なんだ……」
地面を見つめながら彩花と同じ姿をした少女に問いかける。
顔を上げる気力すら湧かなかった。
「能力ってのはこういう場合本人の願望が具現化するのがセオリーなはずだ。異世界転生ものは好きだが憧れたことなんて一度もない。まして他人を殺すなんて――」
「気持ちに限らず異能とは深層心理を反映して具現化するもの。本人が思っておらずとも自らの脳髄がそう判断しているということじゃ」
少女は静かに歩み寄り近づいてくる。
やがて目の前まできたところで膝を曲げてしゃがみ、涙で揺れる視界に影を作った。
「お主は漫画とやらが好きであったな。正直なぜ同じが異能を得たのかは分からぬし死んだ人間は蘇らない。だがこれだけは言える」
むしろ好都合と、少女は一呼吸置く。
「この呪いを断つことはできる!」
「……ほ、本当なのか?」
一筋の光明が差し上を向くことができた。
その先には先ほどまでの嫌悪感を覚える顔は影を潜めて優しい笑みが目に映った。
少女は言う。
深層心理を反映しているならば形成しているものは限られてくる、と。
趣向、信念、情熱、憎悪。
様々な感情をクロスワードのように当てはめていくと分かるらしい。
「つまり漫画の影響が強くて解決方法も無意識に用意されているってことかよ。都合が良すぎないか」
「それも世の理よ。実に単純明快で面白かろう」
面白そうに、可笑しそうに笑みを浮かべる。
しかし楽しそうでなさそうに感じたのも束の間真顔に戻ってしまう。
今のは何を思っていたのだろうか、この違和感に胸がつかえる。
浩二はあえて突っ込まないことにした。
本筋から話題がズレてしまうことを今は避けたかった。
他人の気持ちを汲み取れないわけではない。
むしろ感じ取ってしまったからこそ初対面である彼女には内面の問題には触れることができなかった。
そして彩花と瓜二つの顔は喧嘩した理由を思い出させる。
あの時も彼女の気持ちを察してしまったのだ。
自分のことを思ってあえて小さなことに突っかかってきたことを。
俺が趣味の話をしていたことに口を出したのは拗ねて本音を言えなかったということを。
彩花は俺のことを想っていてくれていた。
「俺たちは何をすればいい?」
涙は引き震えが止まったことで本音を伝えることにした。
いまだ充血する目を相手の目に合わせると微かに赤く反射する黒目もこちらに焦点を合わせた。
いま俺にできることは懺悔ではない。
前へ進み目の前の少女を救うことである。
そのためには目的をしっかりしなければいけないと思った。
彼女に関する情報をこちらは一切手に持っていないが聞いたところで現状は変わらない。
死=世界滅亡である以上なんとしても早くその解決策を聞きたいところであった。
「カミコじゃ」
「…え?」
「お主が聞きたかったであろうワシの名じゃ、神の子と書いてカミコ。そしてもう一つ聞きたいであろう解決策を答えよう」
背を反りながら息をめい一杯吸い込み息を止める。
手と足がピンと伸びながらも溜め込んだ空気を全て声帯へと流して声となして行く。
「この世界において魔王と名乗るものを葬るのじゃ。彼奴こそお主が生み出した呪いを具現化した怪物である。彼さえ止めればこれ以上悲劇を生まずに済むであろう」
信じられなかった。
手の打ちようもない絶望的な状況かと思っていた。
それが一人の人物を殺すだけで済むと言うのだからなんと気楽なものだろうか。
「俺さ、殺さないでなんとかしてみたいわ」
「え……はぁ!?」
カミコは荘厳な態度をコロっと変えて素で驚き顔を見せた。
下手をすると目が飛び出してしまいそうなほど見開いている。
しかし徐々に落ち着きを取り戻して行くと今度は眉間に皺を寄せた。
これまでの人生で見たことのない怒りの形相。
浩二は一眼見て本物の殺意というものを確信した。
「何を言っているのだ貴様はッ!!」
何処からその声が出るのか不思議なほどの怒号が空気を震わす。
何もないはずのこの白い空間でも音が反響しているように聞こえるほど。
それは小学生の頃に怖い先生に叱られる時の百倍の恐怖を思い出させた。
廊下を走ったとき、友達を喧嘩して怪我をさせたとき、女の子を泣かせたとき。
おそらく子供相手にではなく対等な人間に対しての本気の苦言。
されど当時の自分からしたら明らかに格上からの否定の姿勢はいままでの人生を否定されたに等しいもの。
アリな迫り上がってくるような鳥肌の感触が全身を覆い尽くす。
怖い怖い怖い。
歯の奥が小刻みに震えているのを向こうにバレないように抑え込む。
顎骨を通じてカタカタと音が静かになっている。
ここで引いてはいけないと理解している。
だからこそ虚勢を張り続けた。
胸を張り目を離さずカミコを見つめ続けた。
頭では彼女が正しいと理解しているからだろうか、不思議と敵意は湧かなかった。
「俺はな、カミコ。もう誰も殺したくはねぇんだよ。それがその魔王が元凶だとしても殺していい理由だとは思ってはいない。」
「では他のものは見殺しになっていいとでも?」
「そうだ」
「お主は死なないとでも?」
「そうだ」
「……お主か大切な者、どちらかしか助からない局面に陥る可能性があるとしてもか?」
浩二は息を吸い込む。
カミコの主張は至極真っ当なものだ。
自己犠牲を主張する彼よりも全生物全無機物が道連れなことを理解している。
本気で世界を救おうとしている。
だがそこに魔王は存在しない。
だからこそ答えは決まっていた。
「全員幸せにするために全員には人質になってもらう!それが人殺しの俺が考えつく唯一の懺悔だと思っている!!」
奥歯を噛み締めて再び溢れ出てくる涙を堪えるも敵わない。
無念の気持ちで散って行った生命はそれほどまでに重かった。
「お主の方が立派な魔王じゃ、優しき罪人よ」
カミコは手を差し伸べた。
その顔は先ほどまでの怒りを潜めて優しい微笑みを表していた。
まるで同情するかのような優しい笑みを。
浩二は目を逸らさぬままその手を強く握り返す。
彼女は頼もしい協力者となった。
◇
涼しい風が肌を掠めてゆく。
木が焦げる香ばしい煙が鼻をくすぐり眠った身体が徐々に目覚めてゆく。
鼻、耳、肌、胴体、手足と。
最後に目が感覚を取り戻し完全ではないがリーリアは半日ぶりの目覚めを果たした。
最初に目に入ったのは一面の星空。
木々の枝と木の葉の隙間から暗闇に佇む無数の星が埋め尽くしている。
少し肌寒い風が枝を揺らし木の葉の擦れる音がした。
状況が飲み込めていないなか上体を起こそうとする。
鈍痛が脇腹を襲ってくるが右腕で押さえつけることで無事に起き上がることができた。
傷口が残っていたのだろうか少し血が滲んだ感触を覚える。
起き上がると左側に大きな大木。
ちょうど彼女が横になっても反対側から姿が隠れる程の大きさだろうか。
どうやらこの大樹の根っこを枕にして眠っていたらしい。
根の上には頭が痛まないようにか布を二つ折りで引いてあった。
これは私の持ち物ではない。
状況を把握していくにつれ記憶が徐々に鮮明になってきた。
そうだ、ミノタウロスに襲われたのだった。
危ない状況で通り掛かりの男性が助けてくれて――
リーリアは枕となっていた大樹の反対側、自分から見て右側を急いで振り返る。
そこには焚き火とそれを中心にして対面で地べたに座っている同じ年齢ほどの男女がいた。
2人は起き上がった彼女に気が付いて少し驚いたようであった。
「ほう、もう起き上がってきた」
黒髪のおかっぱ頭の女の方が声を発した。
髪に反射する焚き火の光が艶の良さと手入れを怠らない育ちの良さを物語っている。
身に付けているものも一目見て高価なものだがここら辺では見たこともない奇妙な服装をしている。
上下一体となっている黒を基調としたそれは初めは外套の類いだと思われたがそれにしてはサイズがぴったりとしている。
目の色と同じ紅の刺繍がよく目立つ。
「それは『着物』っていう俺たちの国の正装なんだ」
「『キモノ』?」
男が疑問に答えてくれる。
彼の顔には見覚えがある、ミノタウロスに襲われていたときに助けに入ってくれた人物だ。
見たところ怪我はないがところどころ服が焦げている。
「見たことありませんね、牧羊民族の方の服装だと思いましたがどこの出身なのですか?」
「えぇと…」
男は途端に滑舌が悪くなり女の方を見やり顔を合わせた。
どちらもなぜか気まずそうな顔をしている。
「東の方から来たんだが訳あって詳しいことは控えさせてもらいたい。国名を知られるのと多少困ることがある」
2人の身なりからして王家と従者の亡命だろうと察する。
国同士の戦争が多い昨今では珍しいことではない。
経由地としてよく自分の村にも訪れる亡命者はいたものだ。
リーリアは深掘りしてはいけないと心得ていたため追及することは控えることにした。
その代わりに2人のことをもっと知りたいと思った。
「まずお礼と自己紹介をさせてください。私はアーシャ村村長ガリア・テラスの娘、リーリア・テラスと申します。この度は命を救って頂きありがとうございました」
リーリアは頭を下げると肩から金髪が滑り落ちる。
焚き火の炎が混ざり合いオレンジ色に揺らめいている。
「お礼というのもなんですが我々の村へぜひ立ち寄ってください。寝床と食事を用意します、全力で」
「ぜひそうさせてもらいたい、感謝する」
意外と脳筋な彼女の意見に同意する。
今思うと彼女の顔をはっきり見ていなかったと浩二は思い出す。
担いで歩いていた時も姿勢のせいでずっと顔は見えていなかったし、ここに休憩を構えた時も疲れがピークに達していた。
改めてリーリアの方を見やる。
村長の娘と言っていたか、上体を起こしただけの体勢ですら背筋が伸び姿勢良く見える。
日頃から気を付けていないと身につかないものだ。
筋トレは続いても姿勢維持に苦労した経験があるため素直に尊敬の念を抱く。
あるいは親の教育の賜物だろうか。
整った容姿に金髪蒼眼という組み合わせは一つの芸術を見ているようである。
またよく観察するにつれ自分たちの世界にいるようでいない人種だと確信する。
そう思った要因は主に体格と顔のバランスだ。
日本人の平均身長と言える浩二とカミコと比べても遜色ない身体の小ささ。
まだ彼女以外にこの世界の人間に出会ったわけではない。
しかし同じ年齢で小柄な西洋人と何人か交流があった浩二は彼女らとは違いがあると感じた。
それは骨格だ。
西洋人は上半身が太く下半身が細いのが一般的だ。
リーリアの体型はアジア圏内特有な肩幅が狭く足が短い、特有の小柄な体付きにとても近い。
髪と眼の色に違和感を感じさせない顔だがよく見ると頬骨が西洋人ほど発達していない。
そのためパッと見は西洋だが対面するとアジアという奇妙な感覚に陥る。
「……ジロジロ見ないで頂けますか」
「ウチの変態がすまぬ。後ほどきつく締めておく」
いい加減不快感を示した彼女に対しカミコは不穏なワードで嗜めた。
リーリアはホッとした顔で息を吐き出し、表情を整えてこちらに振り直る。
「お二人方はどちらへ向かわれる予定なのですか?見たところ商人ではなさそうですし……失礼でなければお聞きしたいのですが」
断る理由はない。
自分たちが異世界人であること、能力者であることは伏せて目的を伝えることにした。
「魔王を倒しに行く。そのために情報を教えていただきたい」
「え……ええ?」
討伐を名乗り出ることが珍しいのだろう、彼女は想定以上の驚きを示す。
余程魔王というのは強力な存在なのだろう。
もしかしたら我々はとんでもない挑戦をしていることになる。
「あの、一つ確認させてください」
戸惑った表情のままリーリアは問いかける。
不安の感情が混じった声色。
それは己が誤解しているのか分からないまま指摘するときと同じ仕草だった。
「魔王って存在するんですか?」
魔王って存在するんですか?
彼女ははっきり、はっきりとそう言った。
この世界の情勢を知っているはずの人物が認知すらしていない。
一つの最悪な可能性が頭をよぎる。
認知していないどころの話ではない。
カミコと顔を合わせる。
おそらく同じことを考えていたのだろう。
自分も彼女と同様の表情をしているに違いない。
そして2人ともリーリアの方に向き替える。
悪い状況ほど言わなければいけない。
齟齬における勘違いはお互いに早めに正すべき。
「「いないの!?いつから!??」」
リーリアは静かに回答する。
「昔から。魔王という存在は存在しません」
読んでいただきありがとうございました。
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