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なんで異世界やねん 〜空腹と戦う一週間〜

作者: 加藤爽子
掲載日:2025/10/18

閲覧ありがとうございます。

寝起きに頭の中に浮かんだ話を勢いで書いてみました。


全文、関西弁です。暴力や流血のシーンは無いため残酷な描写ありのタグはチェックしていませんが、空腹を主題にしている為、人によっては残酷に感じられる可能性があります。


2025.10.29 名前変更

チェルシー→キットカット

ザクリッチ→クラッツ

(一日目)


「なんやこれ?」


 学校帰りの電車の中でうっかりうたた寝をして、車掌さんに終点やと起こされてホームに降りた筈やった。

 やけど、妙な光に包まれて眩しくて目を強く瞑って……開けたら見知らぬ光景やった。


 目の前にはファンタジーRPGの魔法使いのようなローブを羽織って杖を手にしたじーさんがいて、その奥には長い背もたれの豪華な椅子に腰掛けた王冠を冠った偉そうなおっさんもいる。

 銀色の鎧を着込んだ人が何人もいてアタシの周りを取り囲んでいた。


「ようこそおいでくださりました。聖女様」


 銀鎧のうちの一人がアタシの前に進み出て恭しく頭を下げた。

 金髪ロン毛の碧眼が絵に描いたような美形でなんかムカつくわ。


「聖女?何言ってんねん?!」


 ここは寝過ごして着いた終点駅のホームの筈でアタシの頭ん中はパニックやった。

 だってこんなんまるで―ー―ー―。

 それとも京都の映画村が、日本の時代劇やのうて西洋の時代劇舞台でも作ったんか。

 いや、こんな大掛かりやったら広告の一つでも目にしとるやろ。

 映画村ちゃうならユニバーサル……いや、それこそ、ガンガン広告流すやろ。

 わかっとる。そんなテーマパークなんかやないことはわかっとるんやけど、その事実を受け入れたくないねん。


「そや!アタシまだ電車の中で寝とんとちゃうん?」


 ほっぺを抓る。まさか自分がそんな古典的な方法を取る日がくるなんてこの十八年の人生で考えもせんかったわ。


「聖女様?落ち着いてください。……事情をご説明しますので応接室へ行きましょう」

「見知らん人に着いていったらあかんって親にきつー言われてんねん!そんなんえーから帰して!」


 ただ痛くなっただけの頬をさすっているアタシの目の前に差し出された手。

 異世界モノの小説やらマンガやら読んどるから知っとる。エスコートってやつや。

 アタシは咄嗟にその手をパシッと払うと持っていた学校指定のリュックをギュッと抱き締めた。

 啖呵を切るには様にならん格好やけど、なんや不安やってん。掴まるものが欲しかってん。

 受験生やねん。今日部活を引退してこれから勉強に本腰入れなあかんねん。

 マジで帰って勉強せな大学受からへんやん。

 勉強してもあかんかもしれんけど。


「その大変申し上げにくいのですが……」


 場所を移動する事を諦め差し出した手を下げた金髪が眉を下げて悲しそうな顔をする。


「まさか帰られへんの?!」

「いえ、決してそういう訳ではなく、ただ少し時間が必要になりまして……準備に一週間程」

「なんや、はよ言うてや。それくらいやったら待てへんこともあらへんわ」


 一年とか言われたら人生詰むけど、全国大会に出場出来ていたら引退はまだ半月くらい先やったから、全然許容範囲やん。


「ただ、その一週間、こちらの世界のものを摂取してしまうともう帰して差し上げられないのです」

「まさかの黄泉比良坂!!」

「は?よも……?」

「あーあっちの世界の神話やねん。それより、元の世界から持ってきたもんは食べていいん?」

「そちらなら問題ないかと……」


 ピンクのマグボトルの中にあった麦茶はもう全部飲みきっていて、代わりに学校の給水器から入れた水が半分ほど。

 後は飴ちゃんが五個くらい……。

 それで一週間。

 ……。

 ………………。

 だ、大丈夫。雪山で遭難したと思えば、なんとか持つ筈や。

 寝転がる場所だけ提供してもらってなるべく体力は温存したら……。


 グゥ~キュルキュルキュル


 運動部の部活帰り、アタシのお腹は盛大に不満の音を立てた。

 人生最大の大ピンチ!!!!

 どうする!?アタシ!!



(二日目)


 とりあえず寝るとこは確保してもらった。

 風通しがよく湿気も適度な快適に過ごせる部屋。

 あれから空腹を誤魔化す為に早々と寝ることにしてん。

 まだ日入り前に快適な温度ってことは、日の出前はかなり冷えた。

 掛け布団を体に巻き付け体の熱を逃さんようにしながらベッドの上に転がっている。

 朝練に慣らされた体は二度寝を許さへんくて、再び眠ることも出来ずにひたすら転がるしかない。


「はぁ〜〜」


 思わず深いため息をついてしまう。

 目ぇ覚めたら自分の部屋なんちゃうかと期待していた。

 やけど自分がおるんは天蓋付きの薄布に囲まれたキングサイズの無駄に豪華なベッドやった。

 畳の上の布団と蕎麦殻の枕を止めてフローリングにベッドがエエって母さんに言ってたけど、もう贅沢は言わへんからあの部屋に帰りたい。

 なんか居ても立っても居られへんから起きる事にした。

 今は制服やのうて、リュックの中につっこんでた体育ん時のジャージを着とる。

 さつまいものような赤紫色した正真正銘の芋ジャージや。

 まぁ、この格好のままでも問題ないやろ。

 一週間の断食のために、女子力はあっさり投げ捨てた。

 ベッドの脇に脱いでたスニーカーを履いて寝室を出る。


「アイリ様、おはようございます」

「……おはよ」


 アイリっちゅーのはアタシの本名やのうてあだ名や。

 名前聞かれて、ホンマは合里柚梨(あいざとゆうり)って名前やねんけど、バカ正直に名乗るのも怖くて小学校の時に呼ばれていたあだ名を告げた。

 呼び始めた友達が、合里の読み替えしたんかそれともフルネームを短縮して最初と最後をくっつけたんかは知らんけど、昔はそう呼ばれとってん。

 今は柚梨の一文字目からユズって呼ばれとるけど、それもあいつらに呼ばれとうないねん。

 だってヨモツヘグイがあるんやったら真名とか言霊とかもあるかもしれへんやん。

 小説とかでよくあるやろ?

 本名バレたら、捕まったり体乗っ取られたりする話。

 まったく呼ばれた事のない偽名やったら、自分のことやって気付かず反応出来へんかも知れへんし昔のあだ名が妥当やと思ってん。

 で、寝室を出たとこでアタシに挨拶してきたんは、護衛のフリスクさんや。

 まぁ昨日最初に声掛けてきた金髪碧眼の銀鎧の人や。

 なんかアタシがこっちの世界に居る間はずっと付き添ってくれるらしい。

 昨晩もここで寝ずの番をしとった。

 あと、女手も必要だろうって侍女のサシャさんっちゅう人も紹介された。

 彼女は日中のみの勤務で、今朝はまだ来てへん。


「フリスクさんは寝たん?」


 多分徹夜の筈やのに何でもない顔して立っている騎士に思わず質問してしまった。


「丁度ご相談させて頂きたいと思っておりました」


 そう言って扉の外で待機していた二人の騎士を紹介された。

 フリスクさんと同じ銀鎧を着た人。


「マクビティとクラッツです」


 ちょっと待てぃ!

 薄々気付いていたけど、なんなんこの世界の人名は!

 フリスク、サシャ、マクビティ、クラッツって、お菓子屋かなんかなん?

 腹の虫がキュルキュル鳴くやんか。

 ちなみにここはキットカット国で王様はカール、アタシを召喚した魔法使いはパルムという名前らしい。

 絶対わざとやろう、って言いたいけど、クソ真面目な顔して頭を下げている騎士がアタシの世界のお菓子の名前なんて知らんやろうし、言うだけ無駄や。

 前の聖者は八十年前に召喚されたらしいからその人も現代のお菓子の名前なんて知らんかったやろうし……。

 とにかく三人の騎士を恨めしく睨みながらもフリスクさんの話を聞いた。

 早い話、三交代制で護衛してくれるらしい。

 マクビティさんはこの国でも一際体格の大きいマッチョで気の良い兄貴って感じ。

 クラッツさんはフリスクさんとはまた違ったタイプの美形で全くもって愛想がない。顔に『不本意』って書いてあるわ。

 せやけど仕事はちゃんとするっちゅー真面目そうな感じが滲み出ていた。

 話というか名前を聞いただけで無駄に空腹を刺激されてしまった。

 それで、もう絶対帰ってやるって、堅く決意して寝室に戻ると、口の中をマグボトルの水で湿らせて飴を一つ口に放り込み頭から布団を被って籠城した。

 帰ったら絶対お前らまとめて食ったるねん。



(三日目)


 なんとかお昼近くまでベッドで過ごした。お腹は限界突破し過ぎて空腹をあまり感じなくなってきている。

 それよりもなぁんもせぇへんの暇過ぎんねん。

 ちょこまかと忙しく働き回っているサシャさんに話しかけてお仕事の手を止めてしまうのは申し訳なく、寝室の外で突っ立っているフリスクさんについつい絡んでしまう。

 いや、彼もお仕事中なのはわかっとるんやけど、今んところ立っているだけやから。


「なぁ、やっぱ一週間ちゅーのは長いわ。明日とかにならへん?」

「流石にそんなに早くは……」

「じゃ明後日でどーや?」

「いえ。アイリ様の安全の為にも不備があってはいけません」


 帰還の魔法陣が急かされたことで、ミスって変なとこ飛ばされたら……確かに目も当てられへんわ、って説得されてどうすんねん。


「いや、何が何でも明後日で!」


 ホンマに喉カラカラやし切実に早く帰りたいねん。

 七日目には寝たきりになっていそうで怖いねん。

 自分の足で立って帰りたいやん。


「申し訳ありません。私の一存ではお答え出来ません」

「じゃあ一存で答えられる人と話したい」

「……伝えておきます」


 じとーんと座った目でフリスクさんを睨みつけていると、にっこり微笑んでくる。

 そこから動く気配は全くない。


「で、いつ、伝えに行ってくれるん?」

「おや、そこまでお急ぎですか?では今からでも。アイリ様はお茶でも飲んでお待ちいただけますか?」

「え。そやな…………なんやねん!危うく頷くとこやったやん!!」


 アタシが途中で気付いて声を荒げるとフリスクさんは口元押さえて声出さずに笑っててムカつく。肩揺れとんねん!

 誠実やと思っとったらたまにこういうのぶっ込んでくるからタチが悪いわ。

 物腰柔らかいからうっかり流されてしまいそうになるねん。

 無駄に美形なんが余計にムカつくわ!

 これがハニートラップちゅーやつか?!


「声出して笑えばええやん」

「いえ。失礼しました」


 アタシが不服を隠さず膨れっ面で言ったら、もう口は押さえてへんけどニコニコと愉快そうな顔で立っている。


「なぁ、水だけでもあかんの?」


 アタシは不貞腐れたまんま別の質問をした。

 なんか口ん中がザラついてゆすぎたいけど、うっかり水飲んでしまったら帰られへんかもしれんし……。


「さぁ?」

「さぁ?やないねん。そんな無責任でどうすんねん」


 人間、水があればなんとか生き長らえられるもんや。

 持っとる飴も熱中症対策の塩飴やから、普通の糖分だけの飴よりはマシやろう。

 やから水さえ飲めたら勝算はあると思うねん。

 でも、もうマグボトルの水は半分の更に半分に減っとる。

 口の中を湿らせるだけって念じとるけど、なかなか我慢しきれへんで、予定より飲んでしもうとる。


「これまでご帰還された聖者様方は水だけで過ごした方はいらっしゃらなかったので……よろしければアイリ様が試されてはいかがですか?」

「…………やめとく」


 だから、サラリと恐ろしい提案せんといてや。

 それで帰られへんかったら水の泡やんか!

 水だけに……って笑えへんわ。


「ちなみにこれまでの聖者って何人くらいおるん?」

「有史以来記録に残っているだけになりますが千年のうちにおよそ二十人ですね」


 千年に二十人ってことは五十年に一人ってこと?

 思っていたよりも少ないかも……。

 あれ?でも前回の召喚は八十年くらい前って聞いたような?


「そのうち元の世界に帰ったんは?」

「二人です」


 思ったよりも召喚された人も帰還を選んだ人も少ない。


「こっちに残ったら何するん?」

「ご自由に過ごして頂いて構いません」

「へ?」


 普通もっとこう魔王討伐の旅とかするんとちゃうん?

 もしくは、神殿で祈りを捧げて結界を張るとか、凄い回復魔法が使えるようになるとか……。


「聖女様はいらっしゃるだけで瘴気が浄化されるので、これをしなければならないという事はありません」

「そうなんや」

「人が瘴気に侵されると、最初は少し怒りっぽくなったくらいから始まって気が付けば理性を失って魔物になってしまいます」

「怖っ」

「魔物になった人が元に戻る事はありませんが、唯一、異世界から来られた方だけが瘴気を浄化して未然に防ぐことが出来るのです」

「……それなら初めっから帰る方法なんて無いって言った方が良かったんとちゃうん?」


 あっ、余計な事を言ってしまったかも知れん。

 思わず口を押さえたアタシにフリスクさんはフッと笑いを零した。


「浄化の力は聖女様の幸福度によって強くなるんですよ」


 以前、帰れる方法があるのに後から知らされた聖者は、絶望して浄化の力を失ったらしい。

 だから、国……ちゅーかこの世界の国々は、聖者や聖女の幸福度を上げる為に、国が傾く様な贅沢や犯罪を望まない限りは全て意のままに過ごせるようにしてくれるらしい。

 思っていたよりも高待遇でビビるわ。

 要は空気清浄機みたいなもんか……一台で世界中に効果があるやなんて、めっちゃコスパええやん。

 やけど、これ以上聞いたらあかんわ。

 それで多くの人が救われるんやったら、ここに残った方がええんちゃう、と思ってしまう。

 帰るという決意が揺れるのが怖くてアタシはベッドに引きこもった。

 父さんや母さん、弟、友達……大好きやったみんなの顔を一生懸命に思い浮かべながら飴を口にした。



(四日目)


 少しぼんやりして頭痛もする。

 風邪引いたかなぁ、なんて考えながら目が覚めた。

 薄布が垂れる天蓋を見て、いや、風邪やのうて飢餓状態やって思い至った。

 なんだか自分が匂う気がして無性にお風呂に入りたい。

 こっちに来てから髪も体も濡らして絞った布で拭くだけにしているけど、ゆっくり湯船に浸かりたい。

 熱いお風呂が好きやねんけど、あんまり熱いのも体力使うし、今の自分には危険やろう。

 ゆっくりと体を起こしてベッドから出る。

 まだ、動ける事にホッとした。


「今日はこの部屋から出ない方がいいですよ」


 体を拭くのは日中にサシャさんに手伝ってもらう。

 夜やと寒いからこれも体力温存や。

 アタシの手が届かない背中を拭いてもらっていたら、サシャさんがそんな事を言い出した。


「窓も開けないで下さいね」

「なんかあるんか?」

「はい。十日ほど前に狩猟大会があったんです」


 アタシが召喚されるより前の話や。

 やけど、既に終わった狩猟大会と今日が何の関係があるんやろう?

 サシャさんはアタシの体を拭き終わるとワンピースを着せてくれた。

 それから珍しくお香を焚いている。

 ラベンダーに似た優しい香りの煙が立ち昇る。

 せやけど別に寝室に閉じ籠もる必要もないやんか。

 そもそもアタシは極力体力を使わんように、寝室と隣の応接室みたいなところしか行き来してへんからわざわざ忠告されることなん?


「あちらの部屋の窓の外は絶対見ないで下さいね」


 サシャさんはベッドのシーツを交換すると相変わらずお仕事が溜まっているのか、そう言い残して部屋を出ていった。

 この部屋は角部屋やから寝室と応接室の窓がついている方角は違う。

 体は怠いけど寝たきりも嫌なので寝室を出た。

 寝室を出たとこに立っていたのはクラッツさんや。

 フリスクさんかマクビティさんやったら話聞きやすかってんけど、この男はどうにも会話にならん。


「窓の外見たらあかんの?」

「どうぞ」

「なんか変わったもんある?」

「いえ」


 何考えてるのか分からへん無表情で必要最低限しか返ってこーへんねん。

 まぁ、無視されへんだけええんやけど。

 窓を開けて外を見下ろすと開けた場所に随分と沢山の人が集まっていた。

 いくつかの大きい鉄板があって、香ばしい匂いが漂っている。


 ぐるるるるぅ〜


 久しぶりに胃が盛大な音を鳴らした。

 フリスクさんやったら笑うんやろうけど、クラッツさんの顔はピクリとも変わらない。

 口も引き結んだままこの匂いの元について説明する気もあらへん。ホンマに無愛想な男やで。

 仕方ないから、自分で考える。

 大きな鉄板にこの肉の焼ける匂い…………。

 確か肉って採ったすぐは硬くて日を置いて食べた方が美味しいとどっかで聞いたことがあるような?

 それで、何日か前の狩猟大会か。採った肉が丁度食べ頃になったからみんなで食べてるんかも。

 口の中に唾液が溜まる。

 いや、あかん。この匂いは犯罪や。

 アタシは慌てて窓を閉めた。


「あれは狩猟大会で採った肉?」

「そうです」

「……変わったもん、あるやん」

「例年通りです」


 ……そうやろな。ここで暮らしているアンタにとっては変わったもんやないんかも知れん。

 でもな、あんなん昨日も一昨日もなかったやん。

 窓を閉めても鼻の中に染み付いた香ばしい匂いが全然消えへん。

 朴念仁のクラッツさんと会話すんのを諦めて寝室に戻ると、ラベンダーのような匂いがして焼肉の匂いが消えていく。

 いや、サシャさん、こんな気遣いするくらいやったら初めっから言っといてや。

 アタシは塩飴を一つ口に入れると布団に包まった。


(五日目)


「アイリ様。王宮魔術師のパルム様がおいでになりました」

「パ……ム、さ……?」


 喉が張り付いて出て来た声は随分と掠れてもうた。

 マグボトルの最後の一口しか残ってなかった水を口に含みながら、水も腐るやんな……衛生的にどーなんやろ、とか思い浮かんでしまう。

 あかん。考えたらあかん。お腹壊したら、そん時はそん時や。

 ここまで頑張ったんやからなんとしても帰らな。

 物理的には軽くなった筈の体がなんや重う感じるわ。

 のろのろとスニーカーを履くと足を引き摺るように隣の部屋へと移動した。

 ああ、初日に見たじーさんか。どうやらフリスクさんに頼んどった『一存で答えられる人』らしい。

 いかにも魔法使いって感じで杖持っとる。

 アタシはペコンと頭を下げてソファに座った。

 パルムさんにも座るようにと手で『どうぞ』とジェスチャーしてみる。

 偉そうで申し訳ないけど、こっちも結構辛くてあんま喋りたないねん。

 フードの下から探るように見ていたパルムさんは、アタシの合図に少し考える素振りを見せた後、何も言わずに座った。

 サシャさんはパルムさんだけに紅茶を出そうとするけれど、パルムさんはそれを断った。


「聖女様が我慢されておるのに目の前で飲むわけにはいかん」


 なんやええやつやん、じーさん。


「それでご用件は?」


 と聞かれましても、話したかったのは一昨日時点のや。もうあの日に話していた『明後日』になってしもうとるやん。


「まだ帰還の魔法使われへんの?」

「安定するまではまだ時間が必要だ。そもそも一週間っていうのも無茶な話で……」


 言われてみれば、一週間と言ったのはフリスクさんで、パルムさんではない。

 よくよく見たらパルムさんの目が赤く充血しているし隈も出来てて、彼もかなり頑張ってくれているんやと思う。

 一週間……か。今は何日目やっけ?

 丸一週間準備にかかるんやったら、帰れるんは八日目になるやん。

 なんかえろう長く感じるわ。


「まだ、やることあるん?」

「もちろんです。今のままだと消失した座標に帰してあげられない。こうしている時間も惜しいのです」

「ごめんなさい。なるべく早くしてってお願いしたかっただけやねん。呼び出してホンマにごめん……」


 自分も倒れそうな顔しながら頑張ってくれとるパルムさんを見て、これ以上引き留める方がよくないんやと気付いた。

 一礼して仕事に戻ったパルムさんを見送って、アタシも寝室へ引き上げようとソファから立ち上がる。

 今日の護衛はマクビティさんや。

 やけど、そもそも護衛なんて必要なんか?それも三人も。

 アタシがどっか行かへんように監視されてる気がする。

 なんかええように考えられへんようになって、アタシはマクビティさんを睨み付けた。


「そんなに見張ってへんでも、逃げる体力なんてとうに無いわ。こっち見んといてや」


 ずっと心の中で燻っていた不安をぶつけて、何か言っているマクビティさんの声を振り切ってアタシは逃げる様に天蓋の中に引き籠もる。

 もはや習慣になった飴を惰性で舐めながら、涙が出るのが止まらなかった。

 貴重な水分が勿体無いと思うのに、次から次へと溢れてしまった。



(六日目)


 ああ、なんだ。

 もう今朝は起きられへんと思っていた。

 なんかもうこのまま目を開けへんかったら楽になれるんちゃうか、と。

 やけど、いつもの様にサシャさんに体を拭いてもろうてる。

 いや、もう指一本動かす気力がのうて、背中だけやなく全身サシャさんに委ねとる。

 今日は頼んで、初日に着ていた制服を着せてもろた。

 二日目からこっちの服を着ていたけれど、最期になるんやったら制服がええと思ってん。

 着せてもろたらなんか安心したわ。

 もう次は目開けへん……。

 うつらうつらしながら、今日はベッドから出ぇへんかった。


「失礼します」


 寝室の外からフリスクさんの声が聞こえる。

 やけどもう声の一つも出すことも出来へんかった。

 フリスクさんが天蓋のすぐ向こう側におる気配がする。


「眠られていますか?」


 いや、聞こえとる。起きとるよ。

 そう言いたいけれど、なんや体が重うて、目蓋も口も開かれへん。


「…………懺悔に来ました」


 沈黙の後、フリスクさんがポツリとそう言った。

 それからポツリポツリと話始める。


「言い訳になりますが、護衛は本当に貴女を護るためでした。貴女を返さないために強引に何かを食べさせようとする者も居るんですよ」


 女なんて強引にすれば、すぐに従順になるし、孕ませてしまえばいいと主張する人もいるのだと……。

 実はあまり公にはなってへんけど、異世界人の二世には、初代より劣るけど浄化の力があるねんて。

 ホンマに護衛が必要やってんな。疑ってごめんや。マクビティさんにも謝らな……。


「私は召喚されたのが貴女のような方で嬉しかった」


 八十年前の召喚で来た聖者はハーレムを望んだ。

 既婚者であろうと気に入った女性は全員ハーレムに入れた。

 その聖者の子供達は沢山いたけど浄化の力も弱く、力を持っていない者も生まれた。

 そして、隠されていたけど、二年前にも召喚された女性がいたそうや。

 やけど、その女性には来てすぐに料理を振る舞ってしまった。

 既に帰られなくなったと知った彼女は首を括った。一命は取り留めたものの浄化の力を失い、今も力を失ったままだという。

 その後での召喚やったから、そもそもが賛否両論だった。

 やけど瘴気による魔物化が日に日に増えていく中、恐る恐る行った召喚で来たのがアタシ。


「アイリ様の浄化の力は凄かった」


 召喚直後からこの国の瘴気が薄くなった。

 幸福度を上げる為の援助の話をしても欲に走ることもせず、結果的に断食を強いられているにも限らず浄化の力が薄れることも無い。


「…………でも、気付いてしまったんです。貴女は、貴女の幸福度は……元の世界に帰る希望からだと…………」


 フリスクさんの声が震えている。

 そうだ。アタシは帰るんだ。

 家族も友達もきっとアタシを探してくれている筈。

 アタシは生きなきゃ……。

 広いベッドの上、枕元に置いていたリュックに手を伸ばす。

 最後の一つになった飴を取り出した。


「アイリ様?」


 アタシが起きているのに気付いてフリスクさんが戸惑いの声を上げた。

 手の感覚があまりなくて包装が破れへん。


「失礼します」


 天蓋のカーテンをめくって中に入って来たフリスクさんがアタシの手の中の飴を取り上げてポケットに入れてしまった。


「……アンリ様、水をご用意しています。こちらを飲んでいただけませんか?」


 サイドテーブルの上には、トレイに乗った水差しとグラスが置いてあった。

 フリスクさんはグラスに水を注ぐとアタシに差し出す。

 まっすぐとアタシを見るフリスクさんの目は、生きろと伝えてくる。

 アタシは力の入らない腕を持ち上げ…………ポケットを指差した。

 フリスクさんは悲しそうな顔をしながらも口元が綻んで、歪んだ微笑みを浮かべた。

 彼はアタシの体を横向きに寝かし直して、ポケットから飴を取り出した。

 それからアタシのカサカサになった唇にフリスクさんの指があたって……離れていく。

 口の中で転がる塩飴はいつもよりも甘く感じた―ー―ー。



(?日後)


 目を開けると白い天井が見えた。

 なんか自分の体にいっぱい線が繋がっている。


「……点滴?」


 腕から伸びる管の先には医療系のドラマで見たことのある袋がぶら下がっとる。

 どうやら個室みたいで今は側に誰もおらへんかった。

 動かせる方の線のついていない手を伸ばしてナースコールを押した。


 それからは慌ただしかった。

 一週間近く行方不明やったアタシは、あの終点の駅の駅舎から随分離れた道端に倒れとったらしい。

 なんや、パルムじーさん、座標直ってないやん。

 いや、フリスクさんの懺悔の後…………あれ、懺悔やったか?

 なんかまた意地悪された気がするんやけど?……まぁええわ。

 もしかしたらあの後まだ調整出来てへんのに、帰還の魔法を早めてくれたんかもしれへん。

 それやったら外国に飛ばされへんかっただけ、全然誤差範囲やん。


 病院からの連絡に飛んで来たのは、母さんと弟。それから、少し遅れて父さんやった。

 三人ともグチャグチャに泣いて、アタシが無事やった事を喜んでくれた。

 その後は、事件の可能性があったから、ベッドに座ったまま警察からの事情聴取を受けた。

 まさか異世界に召喚されてました、なんて言えるわけあらへんやん。

 終点まで寝過ごした後はよく覚えてへんって突き通したわ。


 退院には三週間かかった。

 夏休み中に塾の集中講座へ行く予定やったけど、そんなのぱぁ〜や。

 流石に志望大学のレベルを下げさせてもらったわ。

 親も前やったら反対したやろうけど「生きているだけでいい」って激甘に変わってたわ。

 やから反対にあまりレベル下げすぎんのも気が引けて勉強漬けがすっかり日常になってしもうた。

 あの時の選択は後悔しとらんけど、たまにあっちの世界に残った場合どうやったんかを夢想して楽しんどる。

 そんな息抜きがあったってええやん?


 大学入学共通テストの前日、同じく受験生の友達と近所の天満宮へ願掛けに行った。


「ユズ〜〜〜、コンビニに寄らへん?」

「何買うん?」

「せっかくやから、受カールとかきっと勝つとか縁起モンのお菓子買おうよ」

「せやな」


 そんな会話をしながら、入ったコンビニで、思わず手に取ってしまったFRISK。


「って験担ぎ商品じゃないやん」

「うん。でもこれが一番の御守りやねん」

「なんやそれ?ま、ユズがええならええんちゃう」


 これやったら、ポケットに忍ばせて試験会場の中まで持って入れる。


「よし、頑張るぞぉ!」


 コンビニを出て突然声を上げたアタシに、友達はびっくりして、それから一緒にゲラゲラ笑いながら帰った。


 天満宮では二つの願い事をした。

 大学受かりますように。

 それから、キットカット国が次に召喚した人がええ人でありますように。

 天神様も他所の世界の事を願われて困惑したやろうなと想像したら笑えるやろ。


 早速口に放り込んだFRISKのミントの香りに辛そうに潤んだ碧い瞳を思い出す。

 ……そんな顔するなや。アンタは少し意地悪に笑っていた方がええで。

 今はお互い踏ん張りどころや。

 アタシはFRISKをそっとコートのポケットに入れた。

 明日は一緒に頑張ろうな。

初回投稿はかなり短めだったんですが、なんか続き思いついたので書いちゃいました。

ちょっとでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

活動報告も書いていますので、良かったら見てみてください。

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