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ブリタアルゴリズム




 世界とは。——宇宙とは。

 非常にふんわりとした話であるが、通常認識の難しい粒子の揺らぎで構成されているのだと云う。夜空の向こうに輝く星々でさえも、無論そうなのだ。では、その粒子はどこからやってきたのか?

 世界の深淵は粒子が揺蕩う領域の向こう側にある。

 それは宇宙の始まりから実に十とマイナス四十三乗後の世界から十のマイナス十二乗に至るまでの刹那の世界。世界を構成する粒子は刹那の刻を超え質量を得てやってくる。だが、どうだろう。その粒子は——質量は、まるで音楽を奏でるよう美しく振動すると、まるっきり異なる振る舞いを見せる場合がある。似ているのに異なる。そんな場合もある厄介者だ。

 

 ——と、人類は世界の深淵を垣間見ると、それを確定した。

 いや、その仕組みを再確認をしたのかもしれない。二律背反とした話ではあるが——とにかく、不確かさとその振る舞いへ名前を与え認識をしたのだ。

 

 

 そして深淵を覗き込んだ人類は、深淵からも覗かれることとなる。

 

 

 神童である<鳥籠>のメリッサ・アーカムは、この世界の真理へ辿り着くと、それへ、パッと目に入った自室の浄水器の名前をつけた。その浄水器のブランドは実に六十年代から続く老舗。創始者の娘の名でもある。ちょうど良い——自分も女の子なのだからと気軽に稀代の大発見——と云っても、これは彼女を呪いの円環へ引き戻す撃鉄だ——にラベリングしたのだ。そして、そっとクローゼットの中へしまい込んだ。それが必要とされる刻がやってくるまで。

 

 そう、約束されたあの人が<鳥籠>へ偶然と迷い込む、その日まで。

 

 同時にそれは、世界の深淵の向こう側で、不確かであった別の揺らぎの世界を確定することとなった。当然、向こうの世界もこちらの世界の可能性を示唆した。が、向こう側のメリッサは——名付けた真理をクローゼットへ、しまい込むことはせず父であるクロフォード・アーカムを傀儡に、とある計画を強行した。だが、それは失敗に終わる。そう——失敗したのだ。




 

 ※





「よっこいしょ」

 僕はそう言うと、それまで真っ逆様で、宙吊りで、空中逆立ちだった気持ちの悪い体勢から鈍色の雲を映した海原へ足を降ろした。海原へ足を降ろすとは? そこが、どのような場所なのかと言われれば説明は難しいが、では簡単で無責任に言ってみれば、ここは情報の海であると言ってみよう。

 実際のところ、足を降ろした僕を出迎えたブロンドを後ろで二股にした聖霊ロアは、この場所を管理するプログラムだ。つまり情報へ役割を与えられた存在。全くを持って根拠に乏しい裏付けだけれど、今の所の説明としてはこれで十分だろう。


「お帰りなさいませ、ご主人様。それで、どうでしたか?」

 聖霊ロアは、少しばかり怪訝な表情を浮かべ、そう僕を迎えてくれた。

 お帰りなさい。そう、僕はロアに送り出され、ここへ帰ってきた。とは言うものの「いってらっしゃい」から「お帰りなさい」までの所要時間は、シナプスの情報伝達よりも短い。普通の時間感覚で言えば「いってら……」あたりで、被せ気味に僕は、ここへ帰ってきていることになる。もっと被せ気味だったかも知れない。いずれにしても随分と嫌なヤツに映ったことだろう。

 だからロアは両手を腰にあて、ムスッとしているのかも知れない。が、そうだったとしても、これはロアがいつもとる態度に近似している。なので、真意は判らない。


「えっと。向こう側の状況は確認できるかな?」僕は、聖霊ロアの背後で跪いている、ロアと同じ大きめの純白の外套を羽織った数名を目にしながら訊ねた。


「超優秀な聖霊である私が、愚鈍なご主人様に変わって確認をしたところ——大学の研究室の観測器では、随分と微弱な状態のようです」聖霊ロアは、大体において言葉の前半の一言、二言、いや三言は余計なことを云うけれど、優秀であることに間違いはない。だから僕は「そっか」と二度ほど繰り返し納得をした。

 

 するとロアは「超優秀なので追加情報もあるのですが?——」と、納得を示した僕へ、いやはや浅い理解だと得意げに、その追加情報とやらを話してくれた。「——お知らせしたリードランの情報がどこかへ流れ出ている件。その事象が計測器にも出ているようです。ええ、そうです。もう一つの世界として観測されているようですね。これ、ご主人様が阿呆な狼を縛った結果ですか?」


「いやいや——僕は君の云うとおり愚鈍だからね——違うよ。それはメリッサがウェッジ鉱石を通じて造った、リードランを骨子にした世界の……そうそう、種子だね」

 僕は、どう説明すれば良いかを思案をしたのだが視界の外で、ジタバタと蠢く何か気味の悪い影に気が付くと、さっとそれを種子だと片付けた。

 視界の外でジタバとする何か。そうだった。この時点の僕は、蛹のように変質した<しょぼくれ狼>と格闘中で、遂には喰われる寸前まで来ていたのだ。だから僕は、慌てて視線を外し、答えも急いだという訳だ。これ以上、認識し蛹に喰われたと少しでも思ってしまえば、それは現実となってしまうのだから。


「種子ですか。色気のない話ですね。それで? ブリタアルゴリズムでその世界の種子は育てられているということですか?」

 ロアは何故だろう——そう云って溜息を大袈裟について見せた。色気? いったいロアは僕にどのような結果を求めていたのだろうか。ほとほと想像するのが難しい。


「そうなるね。うん。そう。彼女が求めたのは自由だから」

「リードランは自由?」

「少なくとも今の世界よりは——ね」

「でも実現するにはご主人様の身体から——」

「それもそう。でもね、それを知らせて実現させる訳には行かないからさ。ああ、ロア。少し待って貰えるかな?」


 僕がそう口にするまでの間。

 鈍色のこの世界には絶え間なく、蒼だったり緑だったりの線が模した人間や建物、あらゆる質量が現れては消えを繰り返している。そうなのだ。極々僅かであるが、この場では時間は進んでいる。


「判りました。時間の概念は、そこまで干渉をしませんが、でも急いでくださいね。あまり長引くと記録(ログ)が残ってしまうので」

 そう云うと聖霊ロアは金色の瞳の片方へ、様々な文字列を映しだし、慌ただしく流し、僕を送り出してくれた。きっと瞬きをする間には帰ってこれるだろう。僕はそう、言い残し目を閉じた。



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