剣の誓い
元はTRPGのリプレイ小説の為に書いた作品です。
天使様に愛されし地、平和で牧歌的な神聖アリア王国。
9大王国の中でもっとも不浄な存在とは縁が遠い敬虔な信仰の国。
そのアリアの西の辺境に位置するレーヴァは、隣国フィレンと国境を接する地方都市。
平和で安全な土地である事が自負としているアリアにおける、国が保有する戦力は他国に比べてごく貧弱だった。国を守る要となる竜騎士が駆るドラグーンと呼ばれる巨大な鎧姿の竜騎兵はラージが1騎、そしてミドルが4騎しかない。この世界において、ドラグーンの存在が国の戦力として考えられる。
ドラグーンは、人にとっての脅威たる邪悪なデビルに対抗し得る人類に与えられた数少ない戦力。そして、その4騎のうちの1つが地のミドルドラグーン、レーヴァの守護神『レヴィア』である。
だが、アリア国民の誰もがそれでも不足だと思わない。
アリアがデビルに対抗できる真の力とは、人々の篤い信仰の力なのだと国民は誰1人として信じて疑わなかった。
ウォルフガング・ルーベンドルフが騎士見習いを経て、騎士の叙勲を受けたのは13歳の年だった。騎士位を与えた主君自身が14歳で竜騎士に就いた身であった為か、レーヴァでは周囲の誰もそれが早すぎると思わなかった。
「この4年間、よくやってくれた」
レーヴァの若き領主にして、地のミドルドラグーンの騎手にして竜騎士であるシグルド・ルシア・レーヴァは、改めてウォルフカングの騎士位を喜んでくれた。
近隣諸国に知れ渡る高名な戦士でもあるシグルド自身も、まだ18歳になったばかりの青年である。
しかし、少年の面影を残す青年も、ひとたび剣を握れば天下無双と謳われるほど稀代の英傑だった。代々、レーヴァの領主を務める名門ルシア家の当主の中でも随一と噂されている。
太陽の光に晒されるとキラキラと黄金に輝く鮮やかな金髪は、年を経るにつれて深みが増して濃い黄土色にも見えるようになっていた。瞳の色もそれに似合う薄茶色で、髪や肌の色は薄く柔らかい印象が多いアリア人にはよく見られる容姿である。その中でも筋肉質でがっしりした骨格は戦う為に生まれてきたと言われるほどの逞しさと清廉さを兼ね備えており、まさにレーヴァの守護神と称えられるに相応しい戦士だ。
「シグルド様‥‥」
天使に仕える神聖魔術師のように、従順にその前にひざまづくウォルフガングはアリア人の典型のような主人とは対象的に、この国では珍しい風貌であった。砂漠の国ルーメンから来た父親譲りの漆黒の髪は碌な手入れもなく、麦藁のように太く粗い蓬髪を鍛錬の邪魔にならないように短く刈っただけで、浅黒い赤褐色の肌はレーヴァにおいては異邦人のような風体であるし、愚直で意志の強そうな真っ直ぐに墨を引いたような眉も、筋肉質で頑健な体質も流浪の傭兵稼業をしていた父親に由来する特徴だった。
唯一、平凡なアリア人である母譲りの、深い森を思わせるようなその濃い暗緑色の目だけは、精悍さを兼ね備えてきた少年に似合わず穏やかで優しげな光を湛えている。
主君と同様、清潔にはしているが着古している質素な木綿の生成り生地の上下の衣服に、簡素な革の胸当てと履き潰しているブーツだけの格好で、おそらく聖王都エリシオンに住む者ならウォルフガングが領主に仕える騎士であるとは思わないだろう。
しかし、西の辺境レーヴァでは領主や騎士こそ領民よりも質素にあるべきだとするシグルドの方針で、それを訝しむ者は居なかった。
「レーヴァでは身なりに贅沢はいらない。お前もその方が動きやすいだろう?」
シグルドは笑いながら肩をすくめた。
領主が質素なのだから、騎士もまた質素であるべきだ。
レーヴァではそれが当然の価値観になっていた。
「ウォルフ、私はお前に騎士として一通りのことは教えたつもりだ」
シグルドは遠い目をして初めて領主館にやってきた日の、9歳の少年の幼い顔を思い出す。
初めて息子を頼みにきた父親と、後に訪ねてきたウォルフガングが父親とそっくりな風貌に、会った瞬間に吹き出しそうになったことを思い返す。
不安そうに、だが剣の修行に夢を見て訪ねてきたウォルフガングは、まるで大きな世界に自分の足で歩み出したばかりの、小さな黒い狼の仔。そんな風に見えていた。
素朴で真っ直ぐ、頑固そうな印象は変わらない。
まだ幼さは残るが、鍛え上げた4年間の歳月が少年を着実に成長さてせた。
「今日からは一人前の騎士だ。この私が認めたのだ。お前が希望するなら故郷に戻っても良い。お前ならどこで誰に仕えてもやっていけるだろう。その為なら私も出来る限り力になってやろう」
シグルドは誇らしげに自慢の弟子を惜しげもなく褒めた。この叙勲の日の為に、世の騎士見習いたちは日々の厳しい鍛錬を耐え抜くのだ。騎士位を得れば故郷に錦を飾ることも出来るし、より良い待遇を求めて士官の口を探す者や、更なる修行を兼ねて遊歴の騎士となり未知の冒険に出る者も最近は少なくない。
しかし、ウォルフガングは表情を少し曇らせ、目を伏せがちに答えた。
「いいえ、故郷に帰るつもりはありません」
誰よりも、目の前にいるシグルドを慕い尊敬している。
新しい主君など、考えることもできなかった。狼の仔は心に決めた主人に忠実だった。
普段から無口なウォルフガングも、この時ばかりは必死に懇願した。
「お願いです、シグルド様。どうか私を、これからもお側に置いてください。故郷には両親がいますが、会いに行けないわけではありません。それよりも、私はシグルド様と一緒に‥‥」
そして、言葉に詰まってうつむいてしまった。
普段は自分から何かを要求することがほとんどない性分なのをよく知っていただけに、この強い訴えにシグルドは少しばかり驚かされた。
騎士として極めて主君に従順だが、決して盲目的ではない強い意志を見せる。シグルドは若い狼を宥める様に、ウォルフガングとあらためて向き合った。
「ああ、わかっている。わかっているとも‥‥ウォルフ、そんな顔をするな。別にお前を追い出そうとして言ったんじゃないんだ」
「‥‥はい」
安心させるようににっこり笑いかけると、ウォルフガングの肩にそっと手を当てる。
「私にとって、お前は初めての騎士で、初めての剣の弟子で‥‥そして、家族の一人だと思ってる。誰が、そのお前を手離したり別れたいなどと思うものか」
「シグルド様‥‥」
ウォルフガングは胸の奥から沸き上がる熱い気持ちに身を震わせる。
どのような感情でそうなるのか、少年にはまだわからなかった。
「私はウォルフの、その気持ちが何よりも嬉しい」
だが、シグルドの暖かい言葉が心に染み渡るのは感じている。その心の揺れ動きは、肩に当てられているシグルドの手のひらにも伝わっていた。
「ウォルフガング・ルーベンドルフ、改めて言おう。これからも、騎士として私に仕えて欲しい」
シグルド自身、いつのまにかウォルフガングと過ごす日々が当たり前になっていた。出会ってからずっと導いてきたはずの少年を、今では心の奥のどこかで頼りにしている。
心許ない仔狼だった少年は、自慢の弟子に、騎士に成長した。
「どうだ、ウォルフ‥‥これからもルシア家の、私の騎士で居てくれるのか?」
人懐っこい笑みを浮かべると、人蕩しな領主は生真面目な少年に片目を瞑って見せた。
「あ、ありがとうございます」
その言葉にシグルドは満足そうな笑顔で頷くと、かねてからこの日のために用意しておいた一振りの剣を持ち出した。
「この剣を、私から授けよう。名のある業物ではないが、ドワーフの熟練職人が実戦向けに作った逸品だ。見た目は地味だが、きっとお前を守ってくれる強き剣となろう」
差し出された長剣を、ウォルフガングは慎重に受け取った。
ずしりと重い鋼の感触。握っただけでも作りの頑丈さが伺えた。
剣の重さ、それは騎士という生き方の重み。
その両方において、ウォルフガングにはまだまだ重すぎる。
しかし、この道に後悔や迷いはない。
今は重い剣でも、重さを感じなくなるほど己を鍛え上げればいい。
剣の道を究めたい心の向こうに、追いかけたい大きな背中があった。
「シグルド様」
その場でゆっくりと鞘から刀身を抜き出すと、鍛え上げられた刃の鈍い輝きが現れる。
ウォルフガングは膝を折りひざまづくと、剣の切っ先を自らの喉元に当てた。
そして、剣の柄をシグルドに向けて差し出す。
騎士が忠誠の誓いを立てる時に行う、古い儀式。
もしも、その忠誠心に疑いがあるときは、そのまま喉を切り裂かれても構わないという意味を持つ。
いつか読んだ、騎士の心得が記された書物の一文をウォルフガングは思い出す。
その誓いの言葉は必ず剣の師である、目の前の青年に立てると決めていた。
「我が命と剣を、シグルド様の為に」
シグルドは捧げられた剣の柄を固く握りしめると、ゆっくりと刀身を寝かせてウォルフガングの肩に当てた。
「よし! よく言ってくれた。その誓い、確かに受け止めた」
「は‥‥っ!」
新たな絆で結ばれた二人は、顔を見合わせると互いに力強く頷く。
ウォルフガングにとって、これがレーヴァの騎士としての人生の始まり。
若き竜騎士と騎士はこの日の誓いを果たすように、死がその身を分かつまで共に歩むことになった。
【END】
※ウォルフ13歳 シグルド18歳




