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7 静かな森に囲まれて

 夜。蝉が鳴き止み、辺りが静まり返った頃。

 俺は一人、あの寂れた公園に足を運んでいた。


 昼間出会った少女の、どこか切な気な表情が、今も頭に残っている。


「私も、色々悩んでいる時期がありましたから。」


 名前も知らないのに、たったそれだけの理由で、俺はこの場所に来た。


 もちろん、妹や祖母には許可をもらったが、妹は少し不安げな顔をしていた。


 俺は、ここに来るべきではなかったのだろうか。




「来てくれたんですね~。」


 振り返ると、昼間の少女がベンチの傍に立っていた。同じ黄色のワンピースで、柔らかな笑みを浮かべている。


「正直、来てくれないんじゃないかって思ってたんですけど、よかったです~。」

「……俺の心が楽になる、そう言われたからね。何か、あるのか……?」


 彼女は小さく首をかしげ、ゆるく笑った。


「うーん、まぁ、特に何かあるってわけじゃないんですけどね。一緒に星、見ませんか?」

「星……?」

「はい!私、日向ぼっこも好きですけど、夜の晴れた日に星を見るのも大好きなんです~。」


 空を仰ぐ少女の横顔が、街灯の届かない暗がりに浮かぶ。

 俺も、つられて夜空を見上げた。


「………。」


 綺麗だと思った。遮るものが何もない夜空に、無数の星たちが、キラキラと輝いていた。まるで暗闇の中にある、小さな希望のようだった。


「星、どうですか?」

「……綺麗だね。」


 俺が素直にそう答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「よかった。私も色々と悩んでた時期があるって言いましたよね?」


 そして、彼女はもう一度夜空を見上げた。


「私、星を見てると思うんです。きっとこの瞬間も、何処かの誰かが同じ星を見てる。私は一人じゃないって。」


 静かな声だった。でも、その言葉は不思議と胸に響いた。彼女の言葉を聞いているうちに、胸の奥が、どうしようもなく熱くなっていくのを感じる。


「そうすると、何だが一人で悩んでたのが、馬鹿みたいというか、ちっぽけなことだなって思えるんです。」


 星を見ていた彼女が、ふと俺に目を向ける。その瞳はどこか柔らかかった。


「私はあなたが今、何を悩んでいるのかは知りません。でも、もしこれであなたの心が楽になるなら、私は嬉しいです。」

「………。」


 孤独を感じていたのだろうか。

 いや、そんなつもりはなかった。俺はずっと、一人ではなかった。

 目覚めたときから妹はいるし、祖母も一緒に暮らしている。外に出て歩いてみれば、様々な人と出会う。


 でも、俺は心のどこかで、彼らと距離を置いていた。


 俺には記憶がない。だから本当の意味で誰かと繋がることは出来ないーーそう思い込んでいたのかもしれない。

 

 けれど今、彼女の言葉を聞いて、気づいてしまった。

 記憶がなくても、人は人と分かり合うことができるのだと。


 気がつくと、俺は初めて、涙を流していた。



「……ごめんなさい、余計なお世話でしたよね。」


 彼女が目を丸くし、焦ったように言った。


「いや……違うんだ。」


 俺は首を横に振る。胸の奥から、何かが溢れるように言葉が出た。


「俺……記憶がないんだ。家族のことも、自分がどんな人間だったのかも、全部。」

「………。」


 彼女は何も言わず、静かに受け止めるように聞いている。


「病院で目覚めたときにさ、名前も知らないけど、妹がいたんだ。その子に導かれるように、これから何かが始まるんじゃないかって……そう思ってた。」


 一度話し始めたら、流れるように言葉が出てきて、止まらなかった。


「でも、日が経つにつれて、だんだん生きている意味も、何をすればいいのかも、分からなくなっていった。だから、芯を持って生きている人間が眩しく見えて……俺は無意識に、人と壁を作るようになっていたんだと思う。」


 彼女は少しだけ目を伏せると、小さく息をついてから、柔らかく言った。


「……そうなんですね。」


 そして顔を上げ、優しく言葉を続けた。 


「話してくれてありがとうございます。生きる意味も、やりたいことも……これから少しずつ、探していけばいいと思います。そうすれば、いつかきっと、見つかりますよ。」


 俺は涙を拭い、ゆっくりと息を吐いた。


「……ありがとう。」


 彼女の言葉には、何故か確信があった。何かに縋るのではなく、自分で見つけていきたい。そう思えた。


「どういたしまして。」


 彼女は気恥ずかしそうに、笑いながら応える。


「あ、あのさ。」

「はい、何ですか?」

「タメ口でいいよ。年も、同じくらいだと思うし。」


 彼女は一瞬目を瞬かせてから、小さく頷いた。


「そうですね~。じゃあ、遠慮なく。」

「それと……名前、まだ言ってなかったから。俺、水瀬(みなせ)杜遥(もとはる)だ。」

「水瀬……、うん、わかった。私は凪沢(なぎさわ)穂乃実(ほのみ)、よろしくね。」



 それから俺たちは、ベンチの裏の広い芝生に寝転がり、星空を眺めた。


 記憶がなくても、生きていてもいい。

 答えはきっと、これから見つけていく。


 そう思えた時、ようやく俺の物語が始まった気がした。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

 第一章が完結し、次回更新は少し先になる予定です。


「続きが気になる」「いいかも」と思ってくださった方、ブックマークや☆評価で応援してもらえると嬉しいです。

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