6 寂れた公園
朝霧と別れた後、俺はすぐに家に帰った。
玄関の扉を開けると、居間の方から、誰かが走ってくるような音がする。
「お兄ちゃん!?遅い!」
妹だった。妹は怒ったように頬を膨らませながらも、不安そうに俺の顔を見つめている。いつ帰るとも言わず、一日中外に出ていたのだから当然か。
「今日一日どこ行ってたの!?お婆ちゃんに聞いたら知らないって言うし、お昼も帰ってきてないんでしょ?」
「ご、ごめん。」
妹の言葉に、俺は焦った。どう答えるべきか、分からなかったからだ。結局、ただ謝ることしか出来なかった。
「どこに行ってたのか、教えてくれないの……?」
妹が俺の目をじっと見つめ、辿々しく聞いてくる。流石に、何も言わないのは苦しそうだ。
「ちょっと散歩するつもりだったんだけど、同年代くらいの人達に会って、それで……その、そいつらとずっと一緒にいたんだ。遅くなってごめん。」
「お昼は?」
「そいつらにご馳走してもらった。」
妹は「ふーん。」とだけ言って、少し考えるように視線を落とすと、ため息を一つついて言った。
「まぁ、いいけど。一ヶ月前まで植物状態だったことを忘れないでよね。こんな暑さで外にいたら、倒れてても不思議じゃないんだよ?」
「………。」
何も言い返せなかった。実際、あの暑さだ。朝霧に水筒を貰っていなければ、俺は倒れていたかもしれない。
「あれ、それなに?」
少しして、妹が俺が手にしていた水筒に気がついた。
「ああ、これか、水筒だよ。人に貰ったんだ。」
「……そうなんだ。良い人に会えて良かったね。」
「……うん。」
「ご飯、出来てるから食べよ?時間経ったから、冷めてるかもしれないけど。」
そう言って、妹は居間の方に歩き出した。
不思議と誰と会ったのか、とか、誰に貰ったのかという情報は聞いてこなかった。
「あ、それと。」
俺が靴を脱ごうとした瞬間だった。妹が急に立ち止まる。そして、振り返って言った。
「神社には、行っちゃだめだからね。」
その言葉に、俺は一瞬顔を強張らせる。妹は、俺が今日神社に行っていたことを知っているのだろうか。いや、違う。妹はきっと、あの神社に幽霊が出るという噂を知っているのだ。
「……分かった。」
そう言った後、俺は罪悪感からか、無意識に視線を逸らした。
それから、祖母にもちゃんと謝り、一緒に夕食を食べた。けれど祖母はあまり気にしていなかったようで、「そうかい。」と言って、微笑むだけだった。
翌日、朝起きると、妹の姿がなかった。どうしたのか祖母に聞くと、妹はもう部活に行ったらしい。
今日は何時もより早いなと思い、時計を見た。もうとっくに九時を過ぎていた。余程疲れていたのだろうか。どうやら俺は、いつもよりニ時間くらい遅く起きたようだ。
祖母が用意してくれていた朝食を食べ、俺はまた出掛けることにした。昨日に続き、今日も良い天気だった。空を見上げても、雲一つ見当たらない。快晴とは、まさにこういうのをいうのだろう。
神社には行くなと言われたため、今日は神社とは反対方向に行くことにした。
最初、朝霧に水筒を返しに行こうかとも思ったが、そもそも朝霧がどこにいるのか分からなかった。そして、俺は朝霧について、何も知らないということに気がついた。
歩いていると、そこそこ広い公園があった。けれど少子化の影響か、誰もいない。遊具も錆びつき、まるで周りだけ時が止まったかのように静かだった。
中に入り、ふと公園の真ん中に、古びたベンチを見つけた。一息つこうと、俺はそこに腰を下ろす。
そして、昨日のことを思い出した。
最後に朝霧が言っていた「五年に一度、神社を訪れた人が死ぬ」というのは本当なのだろうか。正直、俺を怖がらせるための嘘という可能性も、十分ある。噂の幼い少女の幽霊は、結局、朝霧の妹だったのだから。
しかし、あの恐怖は今でも強く残っている。今考えると、初めて生きているというのを実感できたような気がする。
「……俺はこれから、どうすればいいのだろうか……。」
俺は独り、静かに呟いた。
こんな生活を続けていても、何も感じることはない。何も変わらず、ただ時間だけが過ぎていくだけだ。
もっと、生きている実感が欲しい。でも、どうすればその答えが見つかるのか、俺にはさっぱり分からなかった。
「悩み事ですか~?」
突然、後ろから声をかけられた。驚いて振り返ると、そこには誰もいなかったはずの場所に、女の子が立っていた。見た目は若干小柄で、薄い黄色のワンピースを着ている。ぽわぽわというか、少しぼーっとした表情を浮かべている。
「え、いつからいたんだ?」
余りにも唐突で、思わず言葉が漏れる。静か過ぎて、全く気付かなった。
「えーっと、さっきから、ずっとそこで寝てましたよ?」
その女の子は、ぽんと肩をすくめると、俺がいるところより少し後ろの芝生を指で指しながら答えた。
「寝てたって……そこで?」
「はい!私、こういう天気のいい日に日向ぼっこするのが大好きなんです~。」
彼女は満面の笑みで言った。穏やかで、どこか不思議な雰囲気を纏っているような感じがする。
「あの~、何か悩み事でもあるんですか?」
首を傾げながら、優しく問いかけてくる。
「……ちょっとね。」
けれど、俺は言葉を濁した。別に誰かに聞いてほしいわけではない。むしろ、面倒なことは避けたかった。
「う~ん、複雑な感じですか……?」
「……そうだね。」
俺は淡々と返す。
「そうですか……。」
彼女は小さな声でそう言うと、それ以上何も聞いてこなかった。冷たかったかもしれない。少し悪いことをしてしまった気がする。
しかし、しばらく沈黙が続いた後、彼女はふっと顔を上げ、突然こう言った。
「じゃあ、今日の夜、ここに来てください。」
「え……?」
話の繋がりが全く分からず、俺は戸惑う。
「あなたが何を悩んでるのかは知りませんが、きっと少しは楽になると思うんです。」
「どうして、そう思うんだ……?」
俺は困惑しながら聞き返した。
すると、彼女は少し考えるような素振りを見せた後、静かに微笑んだ。
「私も、色々悩んでいる時期がありましたから。」
「………。」
彼女のどこか切な気な顔を見て、俺は言葉が出なかった。心の中で、何かが揺れる。悩みを抱えているのは俺だけじゃないのかもしれないーーそう思った。
「あ、それと無理して来なくても大丈夫ですよ?」
彼女は少し恥ずかしそうに、けれども優しく言った。
「じゃあ、待ってますね。」
そしてにっこりと笑うと、軽く手を振り、その場を離れていった。
小さくなっていく彼女の姿を見つめ、俺はしばらくその場に立ち尽くした。
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