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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
8/42

#8

「…………」


 翌日。昨晩のことがあったからか。俺とシラギクの間には、なんとも言い難いような空気が流れていた。


(あまり、よくはないな……)


 シラギクがこちらに話してこようとしない。こちらから話しかけても、反応はあるものの、会話自体が端的になってしまい、すぐに終わってしまう。


 シラギクについて、そして、彼女が現在抱えているなにかについてを。彼女と話せないことによってそれを知ることができない、というのももちろんなのだが。

 会話をしない、ということは。それすなわち、思考が全て自分の中で完結してしまう、ということでもあった。


 良くない方向に思考が向いたとしても。それを俺の側から引き止めることができず。そのまま、ただひたすらに思考が加速していくのを、気づけぬままに隣にいることになり。

 そして、手遅れになってから介在できるようになる、ということも十二分にあり得る。


 いちおう、シラギクには前回のことから、死であるとか、そういう思考は。こういった極限状況下では陥りやすいものであり、また、今その思考は精神面からも好ましくないものであるから、考えるにしても後で、と。そう伝えてあるが。はたして、どうしたものか。


 隣を歩いている小さな彼女をちらと視界に収めながら、しっかりとその様子を伺う。なにか、変化があったときにはすぐさま反応できるように。


 そうして、しばらく歩いていたとき。


 キチチチチッ、と。不快な鳴き声がする。


「――ッ! シラギクッ!」


「へ?」


 背後からの気配に、俺は彼女を庇うようにして間に入り込み、抜刀。飛びかかってきた存在――巨大なコウモリを斬り伏せる。

 なにが起こったのかと、ポカンとした様子のシラギクは、間の抜けた声を出しながらに遅れて振り返っていた。


「……あ、えっと」


「大丈夫だ。驚かせて悪かったな」


 どうやら、予想通りというべきかなんというべきか。考えごとをしていたらしいシラギクは、申し訳なさそうな顔をしながらに俺の様子をうかがっていた。


「シラギクのことを守るのが俺の任務だ。だから、これくらいは問題ない。もしなにか言葉を言いたいのなら、謝罪じゃなくて感謝の言葉をもらう方が気持ちがいい」


「う、ん。……ありがとう」


 シラギクからの言葉を受け取りながら、俺は刀を鞘にしまう。

 そして。襲いかかってきたアンデッドの姿を改めて確かめて、眉をひそめる。


「さっきまで襲ってきてたのとは、全然違う、ね」


「……ああ、ただのアンデッドじゃない。ハイドバット。高位……とまではいかないが、かなり強いアンデッドだ」


 簡単に斬り捨てることができたように、耐久力はあまりないが。しかし、ハイドバットの最大の特性はその身軽さゆえの素早さと、影に潜みながら移動するという点。

 強い影のある場所であれば、そのまま他者をも引きずり込むともできる、なんて。そんな眉唾な話もあったりする。


 だが、先述のように耐久力は非常に低いので、他のアンデッドと比べて意識的に襲いかかってくるということは比較的珍しく。自分たちの巣からは大きく出てくることはあまりない。


 そして、ブラックドッグなんかと比べるとさすがに比にはならないものの、そこそこに位階の高いアンデッドである。

 つまり、本来ならばもっと深層に潜んでいるはずのアンデッド。


 事実。たしかにハイドバットは俺たちの後ろ――つまりは、下層へと続く通路からやってきている。つまり、深層からやってきたとみていい。……が、問題があるのはそこではなく。

 ハイドバットが。それも、性質上あまり外に出てこないはずのコイツらが、こうして浅い層にまで上がってきて、俺やシラギクに襲いかかってきている。という事実が。


(……おそらくは、俺たちの脱出を妨害しよう、という。そういうつもりなのだろうが)


 とはいえ、ハイドバットだけならば、そこまで難敵というわけではない。

 なにせ、素早くはあるものの対処さえ間に合ってしまえばそれほど厄介な敵というわけではないからだ。


 だが、俺が気になっている点はそこではなくて。


 ここ、送りの霊穴の特性として。俺が事前に調べてきた限りでは。降りる際には酷く抵抗をされるものの、脱出の際には、あまり苛烈というわけではなく。


 それこそ、本当にブラックドッグとの交戦でもそうであったように。奥地への生者の侵入を拒むかのように。出ていこうとする分にはあまり妨害を受けない、と。そうあったのだが。


 わざわざ、ハイドバットが深層からこうしてやってきて妨害をしようとしてきている、その現状には。どうにも少しばかりの違和感を覚える。


(報告を書いた人間が、ハイドバットをそれほど驚異のある存在と考えずに報告をした、とか? いや、そうだとしてもあとから入った人間の報告でその点の修正が行われるはずだ)


 送りの霊穴に入った全員が、ハイドバットのことを驚異と感じなかったのであれば、そういう報告書にもなるだろうが、さすがにそんなことはないだろう。


 つまり、現状がイレギュラーである、という可能性が十二分にあり得る。


「……とりあえず、警戒はしておくべきだろう。ハイドバットは、影のあるところを伝ってこちらにやってきて、影の中から急襲を仕掛けてくる」


 すなわち、それを回避したければ、明るいところを進むようにしてやればよい。

 無論、それでも高速で空中を飛来してくるには来るのだが。ハイドバットからの奇襲が起こる、ということはない。それだけでも、かなり対処の難易度が変わる。


 幸い、というべきか。送りの霊穴は、全体的に青白い炎で照らされており。それなりに道には明かりがある。

 もちろん、暗いところはあるものの。そういうところを気をつけながらに動けば、比較的ハイドバットからの驚異を抑えることができる。


「暗いところには、いかないように?」


「ああ、いいな?」


「うん。わかった」


 コクリと頷くシラギク。

 そうして、しっかりと道を確認しながらに歩いていく彼女のその隣に、俺もついていきながら。


(……なんだ、この。嫌な予感は)


 送りの霊穴に、イレギュラーが起きていることがわかった、ということももちろんそうなのだが。それだけではなく。


 なにかしら、明確に。異常な存在が近くにいるような。そんな、予感が。


 しかし、周りを警戒してみても、そんな姿は見えない。シラギクの方もなにやら気づいている様子はなく。俺から言われたとおり、明るいところを進むようにして、しっかりと歩いているようで。


(杞憂、で済めばいいんだが)


 未消化物が腹の下にずっしりと落ち込むような、そんな感覚がしながら。






 カッコッコッコッ、シラギクの拍手の音がする。


「……それ、癖なんだな」


「ほえ?」


 刀を鞘に戻しながら、俺はそう言った。


「ほら。俺がアンデッドを倒したりしたときに、拍手をするだろ?」


 おそらくは褒めたり、感心したり。そういうタイミングに拍手をする、というのが彼女の癖としてついているのだろう。


「変?」


「いや、いいんじゃないか? わかりやすいし」


 そういうことを態度で示さない人間も多いし。そういう意味では、拍手という行為でそれを体現する彼女のそれはなかなかにわかりやすい。


 まあ、それとは別な事由から。すこし、彼女の拍手に慣れない側面はあるのだけれども。


 そんなことを考えていると、彼女はジッと、自身の腕を見ながらに首を傾げる。


 そうして、どうしたのか。カッコッコッコッ、と。拍手をしてみては、首を傾げて。もう一度、拍手をしてみて。それからまた、首を傾げて。


「どうしかしたか? シラギク」


「……ううん、なんでもない」


「そんなわけもないだろう」


 自分の拍手を見て首を傾げて、というのを繰り返しながら、なにもないなんてことはないだろうに。

 俺がそう指摘をすると、彼女はピタリと拍手をやめて。そして、こちらをじっと見つめながらに、尋ねてくる。


「……リンドウさん」


「なんだ」


「最初に会ったとき、私の拍手に。それはなんだ? って、そう言ってたよね?」


 彼女のその問いかけに。一瞬、思わず言葉を詰まらせる。


「……ああ、たしかに言ったな」


「それで、そのときに私が拍手だよ、って言ったときに。リンドウさん、不思議そうにしてたよね?」


 ジッ、と。俺の顔を見つめながらに、そう言葉を投げかけてくる。


「それで、リンドウさんは、拍手の説明をして。私は、それを当たり前じゃん、と。そう言って」


「…………」


「おかしい、よね。会話と、して」


 そう。会話として、成り立っていない。少なくとも、シラギクの視点からでは。

 俺は、ある程度の事情を察してしまったからこそ。その会話を理解できていたものの。それがわかっていないシラギクからしてみれば、おかしな会話になっている。


 そして、それに。今、シラギクは気づいた。気づいて、しまった。


 シラギクは、不安そうな表情のままに。そっ、と。自身の腕に。手に。視線を落とす。


 そうして、その腕をゆっくりと開いて。


「シラギクッ! やめるんだ――」


 今、それをするべきではない。俺は、そう引き止めようとした。


 シラギク自身。それをする、ということが。現状を確かめる、ということであり。


「ねえ、リンドウさん。私、ちゃんと。ちゃんと拍手、できてるよね……?」


 気づいてしまうということが、自身を追い詰める原因になる、ということを理解していた。

 しかし。たとえ、そうでも。そうであったと、しても――、


 カッコッコッコッ、と。骨ばった、乾いた音が。通路の中に鳴り響く。


「ねえ! 私の拍手、おかしくない、よね……?」


 それでも彼女は、拍手をした。


「……やっぱり、変、なんだね」


「シラギク、それは――」


「大丈夫、だよ。リンドウさん。隠さなくっても。……隠したって、わかっちゃう、し」


 彼女は、自分の手を見ながらに、どうしてだろう、と。そうつぶやく。

 その声は、酷く震えていて。


「なんで、できてないの、かな」


「シラギク」


「どうして、なのかな」


「シラギクッ!」


「私は、いっつも、そうで。ちゃんと、できなくて」


 シラギクの様子が、明確に変わる。


「お姉様はすごいのに、私は愚図で、なにもできなくって。ごめんなさい、ごめんなさい。怒らないで、お腹が空いた。ごめんなさい、もっと頑張るから。不出来でごめんなさい。助けてお姉様。やめて。そんなのできない。失望しないで。勝手なことばっかり言わないで。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。頑張るから。やめて。私なんて、私なんて。ごめんなさい、ごめんなさい。なんにもできなくってごめんなさい。恥晒しでごめんなさい」


 まくしたてるようにして、言葉を吐き散らすシラギク。

 俺が声をかけても、彼女の耳には入らない。暴れ散らす言葉たちにかき消される。


「私のせいで、私のせいで。お姉様はすごいのに、みんな、すごいのに。私、頑張るから。だから。でも、それでもできなくって。ごめんなさい。嫌、嫌、嫌。そんなこと言わないで、勝手な期待ばっかり押し付けないで。ごめんなさい。私だって、私だって頑張ってるのに。ごめんなさい、ごめんなさい。助けて。見捨てないで。嫌。暗いのは嫌。狭いのは嫌だ。寒いのは、嫌。苦しい、痛い。ごめんなさい。私のせいで。私が、いるから。だから。だから。だから――」


 言葉を連ね続けていたシラギクが、そこまで言い切って。ぷつりと。

 突然に、止まる。


 そのまま、腕がだらりと力なく垂れて。柳の葉のように、ふらふらとした様子で、シラギクは立つ。


 そして、顔を上げて、こちらを見る。


「ねえ、リンドウさん。もうひとつ、聞いていいかな」


 あたりの炎の影響か、あるいは――。彼女の顔は、ひどく青白く。

 その目は、闇よりもずっと真っ黒で。あまねく光を飲み込むかのようにして、こちらを捉えて。


「シラギク、ダメだ――」


 俺は、そう叫ぶ。

 しかし、シラギクへとその言葉が届くことはなく。


 そして、彼女から、言葉が投げかけられる。


「私は、生きてるんだよ、ね……?」


 ひどく静かな空間に。ぽつりと、そんな言葉が漏らされる。


 凍りつくほどに冷たい空気。青白い炎だけが静かに揺れる。


 俺は、彼女のその質問に答えることができず。凍ったかのように、その場に立ち尽くして。

 そんな俺を見て。シラギクは。返答の言葉を待つよりも早くに、小さく、力なく、笑った。


「……そっ、か。私、生きて、ないんだ」


 だから、ちゃんと拍手ができないんだ、と。悲しそうな声色でつぶやく。


「そう、だった。私、うん。そうだ」


 そうして、自己完結をした、シラギクは。


「自殺、したんだ」


 そう、言葉を漏らした。

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