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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
7/43

#7

 毛布に包まり、横になったシラギクを傍らに置きながら、そっと彼女の頭を撫でる。

 その肌は、ひどく冷たくて。


「……本当に、残酷な話だよな」


 思わず、そう、言葉を漏らした。

 幸いシラギクは眠ったままの様子で、そのつぶやきが聞かれていないことに少しだけ安堵する。


 今の精神状態のシラギクに、あまり下向きな思考の話を聞かせたくはない。


 シラギクは眠る時間になるまでの間、それは楽しそうに、嬉しそうに。アカネについての話をしてくれた。

 シラギクからみたアカネがどんな人物なのか。どれほどにすごい人物なのか。


 ある種、信仰ともいえるほどにアカネのことを信頼しているシラギクではあったが。しかし、彼女がそうしているに相応しいほどに、シラギクからみたアカネという人物はとてつもない人物で。

 たしかに、シラギクがアカネを崇拝している現状については、納得のできるものではあった。無論、俺個人の感情を抜きにするならば、という話ではあるが。


 それに、信仰、という表現自体。あながち変な話でもない。

 というのも、そもそも聖女自体、その有している能力――奇跡の存在なんかもあって。特に聖女を取り上げて立てている聖教会なんかは、彼女らを神の遣わせた存在であるとして喧伝しており、わかりやすく聖教会の権威を象徴する偶像になっている。

 それゆえ、聖女自体を崇拝する、というのも行為や関係性として間違ってはいないし。むしろ聖協会が目に見て取れず、実際の権能なども感じ取ることができない神の代わりに聖女を擁立している現状、ある意味この関係性が正しいとも言える。


「だが、シラギクも聖女、なんだよな。……本人は、自分自身を未熟だと称していたが」


 聖女が、聖女を崇拝する。……無論、これについても特筆しておかしな話ではない。

 たしかにあまりない話ではあるものの、これがアカネに関して言うのであれば、話が別になる。


 稀代の聖女とまで言われ、それこそ、他の聖女では到底起こせないような奇跡をいくつも起こして見せているアカネについては、他の聖女からも尊敬や、あるいは畏怖のような感情を抱かれているという話も聞くし。そういう意味では、崇拝というのも特段変な話、というわけではない。


 だが、しかし。


「シラギクが、そう成った経緯。その裏側にあるもの考えると、あまり好い感情にはならないよな……」


 眠っているシラギクの髪に手を添えながら、そんなことを考える。


 ……本当に、残酷な話である。


 この幼い少女に。いまだ、自分自身を確立できていないような、存在に――、


「リンドウ、さん?」


「……悪い、シラギク。起こしてしまったか」


 考え事をしていた俺に、パチリと目を開けたシラギクがゆっくりと言葉をかけてきていた。


「ううん、そもそも、そんなに眠かったわけじゃないから」


「……それでも、寝ておくべきだから、まだ寝ておけ」


 たしかに、彼女は昨日も、今日も、そう言っていた。

 送りの霊穴というこの場所自体が地下に完全に入り込んでいるために、昼夜の感覚が完全に麻痺してしまっている。そのため、体内のリズムが狂ってしまっているのかもしれないが。それならばむしろ、無理やりにでも眠っておくべきだ。


 俺自身、もう少し考え事をしたら休息を取るつもりだ。もちろん、状況的に完全に眠ってしまっては危険なので、最低限有事の際に対応できる程度には警戒を保ちつつ、ではあるが。


「…………」


 シラギクが、俺の顔を見つめながらに、なにやら不安そうな表情を浮かべる。

 急にどうしたのだろうか、と。

 一瞬、まだ眠りたくないのだろうか、などと考えはしたが。しかしそれならば、表情が感情と一致しない。


「ねえ、リンドウさん」


 シラギクの様相の変化に、俺の理解が及ぶよりも先に。シラギクが俺の名前を呼ぶ。


 不安に塗れたその表情は、まるで、なにか恐ろしげなものに追いかけ責め立てられているかのようで。

 そんなシラギクが。質問をひとつ、投げかける。






「人って、どうなったら、死ぬのかな」






 空気が、凍りついたような感触がした。

 ただでさえ冷たい周囲が。まるで時間を止めたかのように、動きを止めて。焚いている火までもが、凍りついたかのように感ぜられて。


「ねえ、リンドウさん。人って、どう在る姿が生きてるのかな」


 言葉を詰まらせている俺を置いていくようにして、シラギクが質問を積み重ねていく。


「なん、で。そんなことを――」


「えと、それは、その。……なんとなく、かな。なんとなく、気になっちゃって」


 そんなわけがない。こんな、わかりやすい嘘が通じるわけがない。

 シラギクがそう思うに至る、なにかがあったはずである。だが――、


(どこだ。……どこで失敗した?)


 先刻、シラギクが俺の隠し事について気付いたときから、所作や言動には気をつけていたはずである。

 可能性としては、たとえば先程眠っていると思っていたシラギクが実際には眠っておらず、起きていた、などの可能性については考えることはできるものの。しかし、仮にそうだとしても、シラギクが生と死についてを考えるには、直結はしない内容しか口にはしていない。


 そういう内容について。それこそ先程シラギクが口にしたような、なにを以て人は死とするのか、というようなことについては。シラギクの現状を識るために必要なことだろうと、ずっと考えはしていたが。

 しかし、それらはシラギクの精神状態に悪影響を与える可能性を考慮して、絶対に口には出さないようにしていたし、表情にも乗せないように最大限警戒をしていた。

 だというのに――、


「あ……ご、ごめんなさい。勝手に、聞いちゃって」


 混乱していた俺の目の前で、シラギクは罰が悪そうな顔をしながら、そう言う。

 戸惑っている姿を見たことで、自身の聞いたことがよくなかったのだろうとそう判断したのだろう。別に、シラギクは悪くないのだけれども。


「別に、聞きたいことを尋ねる勝手もなにもないから、そこは構わない」


「あの、その。えっと。伝えるべきじゃないって、リンドウさんは言ってたのに、私が勝手に聞いちゃって」


「いや、だから別に――」


 なんだ。どういう、ことだ?

 話が、絶妙に噛み合わない。


「私、勝手に聞くべきじゃないのに。知ろうとして。それで――」


「シラギクッ!」


 自罰で半ば暴走気味になっていたシラギクを、強制的に引き止める。

 強く名前を呼びつけられたことに、シラギクは止まり、そのままこちらを所在なく見つめていた。

 瞳孔の黒が、闇のように深く融けている。


「さっきも言ったが、別に気になることを聞いちゃいけない、ってわけじゃない。聞かれたことで言っていいと思うことは伝えるし、ダメだと思ったら言わない」


「う、ん」


「さっきの質問については、今は考えるべきじゃない。送りの霊穴という、閉鎖的で、かつ暗く。頼りが薄い環境である都合、生であるとか死であるとか、そういう思考に陥りやすいというのは事実だ」


 だけれども、それを考えるべくは、今ではない。


「ただでさえ、こういう環境下では精神力が試される。正気を失っては、それこそ脱出が困難になる。そんな状況で、そういう事柄を考えるのは、精神衛生上よくない。だから、シラギクが尋ねてきた質問には、今は答えられない。……これで、大丈夫だろうか?」


 あくまで、理由があって答えられないのであって。質問してきたことや質問のその内容について、シラギクに起こっているわけではない、と。そう、伝える。


「……わかった。ごめんね、リンドウさん。取り乱して」


「大丈夫だ、とは心から言えるわけではないが。こういう状況下でそうなってしまうこと自体は仕方のないことだから、構わない。特に、慣れていないとなおのこと」


 そもそも、慣れている人間のほうが稀有ではあるが。


「とりあえず、一度眠っておけ。……感じ取れていない疲れから、そういう思考が生まれてくることもあるから」


「…………わかった。おやすみなさい」


 シラギクは、そう言うと。ふたたび毛布に包まりながら、改めて横になる。

 そのまましばらく彼女の様子を伺っていると、規則正しく呼吸をし始めた。先のことがあったから少し不安ではあったが、きちんと眠れたようだった。

 そんな彼女の姿をみて、ひとまず、危機は脱しただろうか、と。少しだけ息をつく。


「しかし、さっきの違和感は、なんだ……?」


 シラギクとの会話の過程。彼女と、絶妙に会話が噛み合わなかった。


 会話が成り立たかかったという事例だけなら、最初にシラギクと出会ったときにも起こった。彼女の行った拍手に対しての会話である。

 だが、あくまでこれは体感に依るところではあるのだが。その時の食い違い方とは違う気がする。


 少し、シラギクの発言を思い起こしてみる。


『あ……ご、ごめんなさい。勝手に、聞いちゃって』


『あの、その。えっと。伝えるべきじゃないって、リンドウさんは言ってたのに、私が勝手に聞いちゃって』


『私、勝手に聞くべきじゃないのに。知ろうとして。それで――』


 随分と、勝手に聞いた、ということを言っていたように思える。

 なんなら、俺が別に気になったことを尋ねること自体に勝手もなにもないだろう、と。そう言ってからもなお、勝手に聞いた、と。


 混乱をしていて、うまく判断ができていなかった、という可能性はある。というか、その可能性のほうが大きいだろう。

 なにせ、あのときシラギクが俺に対して聞いていたことは、生と死をどう捉えるか、という云々だけ。

 それ以外については一切尋ねてきていないので。そのことだと考えるのが筋であろう。


「だが、やっぱりそうだとすると、勝手に聞いた、の解釈が合わないよな……」


 そう。シラギクは、勝手に聞いていないのだ。

 彼女は発言の中で、聞くべきじゃないのに、とも言っていた。つまり、彼女の聞いたことは、聞くべきことでなかった、と。その自覚があったということになる。


「いや、それはおかしくないか?」


 絶対的におかしいわけではない。事実としてシラギクの尋ねた内容は、少なくとも現状の精神が不安定になりやすい状況下で聞くべきでないことではある。

 だがしかし、そのことについての説明は、俺が彼女の錯乱を引き止めてからである。だというのに、彼女は錯乱するより前に、聞くべきでなはない、と。そう自覚していた。

 それは、どこか違和感を覚える。無論、もともとそうだろうと把握していた、とも捉えられるが、そうだとすると今度は、俺の説得に対して納得した、というのが少々都合が合わないように見える。


 それに――、


「俺が、言っていた、か」


 俺は、シラギクに対して、今回のことが起こるより前に、彼女の尋ねてきた内容についてを聞くべきでない、などという助言をしたことはない。

 そのことについての想起のきっかけになりうるから、そもそも話題にあげようとも思っていなかったし。シラギクとは、この送りの霊穴での邂逅が初めて。

 だから、以前に類似する話をしたことがある、というわけでもないはず。なのに彼女はたしかに言っていた。


「俺が、聞くべきでない。いや、違うな。正確には」


 伝えるべきじゃない、と。そう言っていた、と。


 やはり、なにか表現が引っかかる。

 伝えるべきじゃない、ということは。質問を俺に投げかけていたシラギクからしてみれば、その質問自体を伝えるべきではない、ということになるだろうか。

 いや、それならばそれで、やはり俺は彼女に対して同様の事柄を伝えてはいない。そもそも、シラギクについてを識ろうとしてきる最中で、彼女の疑問や質問などを止める理屈が俺にはない。


 それに、そもそもそれならば、勝手に聞いた、のその言葉と状況や言動が合致しない。


「……俺が、言った。伝えるべきじゃない、か」


 少し、これまでのシラギクとのやり取りを。出会ってから今までのことを振り返ってみる。


「言いはしている、な。伝えるべきじゃないの、その言葉自体は」


 シラギクが、俺の隠し事を看破してきたとき。その隠し事の内容については、伝えるべきじゃない、の。そう伝えている。


 でも、そうなると。シラギクの発言とは立場が逆になる。


 俺がそのことについてを彼女に伝えていない以上。俺言っていない以上、その内容を彼女が聞くことはないし。俺が勝手に言うことはあっても、シラギクが勝手に聞くことはない。


 だが――、


 ぞわり、と。直感からか。嫌な感覚が湧き上がってくる。

 乾いている口が、不快感を与えてくる。


「偶然の、一致だろ。……自分で言ったことだ。極限状態では、そういう思考に陥りやすい、と」


 だが、たしかに一致している。


 俺が、彼女に対して隠そうとした、その事柄と。

 彼女が尋ねてきた、その内容。


 シラギクの生死についての、そのことと。

 生と死を、どう捉えるのか、という。その、質問が。

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