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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
6/43

#6

「ここの階段を登ったら、休憩にしようか」


 五層目へと向かう階段の前までやってきて、俺はシラギクにそう伝える。

 相変わらず、まだ元気そうではある彼女だが、休憩の必要性については最初に説いたとおり。もうブラックドッグのような敵と戦うことはないとは思いたいが。しかし、備えておくに越したことはない。


 青白い炎の灯る階段に足をかけながら、ふたりでゆっくりと昇っていく。


 カツカツと。石造り階段の音ばかりが聞こえる中。隣にいたシラギクがゆっくりと口を開く。


「思ったより、深いところにいたんだね……」


 シラギクが、改めて自覚したように、そうつぶやく。


 ここまでの道のりも、決して短いものではなかった。むしろ、途中で休憩などを挟んではいるものの、ほぼ一日の行脚ともなれば、齢にして十やそこらのシラギクからしてみれば、本来とてつもなく長いものであろう。

 それでもなお、まだ半分を登りきれていないという現状は。まさしく、深いところにいた、という感覚を確かめるものとなるだろう。


「私、どうやってこんなところまでやってきたんだろう」


 登るのが苦しいのであれば、無論、降りるのだって同様に厳しいはずである。

 もちろん単純に比較のできるものではないものの、しかしながら、どちらであっても険しい道のりであることには間違いはなく。そして――、


「怖いのも、たくさんいたのに」


 アンデッドが蔓延るその間を、くぐり抜けてきたという。その、あまりにも異質な事実。

 特にことブラックドッグについては、俺ですらかなり手こずった相手である。実質的な戦闘力を有さないシラギクが単独で対峙すれば、勝利はおろか、逃走すら危ういだろう。


 だがしかし、送りの霊穴に正面から入場するにあたって、七層目に向かうためにはブラックドッグに相対しなければいけないのは必然で。


「そもそも、なんで私は、こんなところにいるんだろう」


 まるで、自分自身に問いかけるように。シラギクはそうつぶやく。


 起きた当初から、シラギクには記憶の混濁が見られる。

 それは、まるで知るべきでないことから目を背けるかのようにして。

 それを知ってしまっては、いけないからと。本能が隠すように。


「お姉様……」


 縋るように、アカネのことを口にするシラギク。


 俺からしてみれば真にクソなやつではあるが、彼女にとっては唯一の心の拠り所であったのだろう。

 先程までの彼女の話を加味すれば、なんとなくではあるがそうであろうと推測できる。


 ……まあ、当のアカネの側からの。シラギクの扱いが、まるで自身に依存させるかのような状態になっているというのは、どう判断すべきか難しいところではある。

 周りからは冷たくあたられている中で、ただひとり、自分を見てくれていた姉。という状況であることは間違いがない。

 いや、しかし。ある意味では唯一、真っ当に、まっすぐに見定めていたとも言える。それがどれだけ残酷であろうとも。


(いっそ、聖女としての才が無い、と。嘘であってもそう突きつけるほうがシラギクにとっては割り切れたのかもしれないが)


 周りの人間の感情(それ)には、そういう意図はなくとも。だが、そういった言葉たちは結果的にそういう向きに誘導される。それを受け続ければ、最初こそはそれに反発することはあれども、次第にそれを受け入れていき、いつしかそれに納得することができる時期になる。無論、例外はいるが。


 だが、シラギクの場合は。最も尊敬している相手から、甘い甘い、毒のような言葉を受けた。無論、それが真実であろうとも。

 シラギクにとっては、縋りつくに十分な、残酷な希望であった。


「……そろそろ、階段も終わりが見えてきたな」


 段の切れ目が近づいてくる。


 ここを昇りきったら夕飯で、それから休息をとってのつもりだから、あともう人踏ん張りだぞ、と。そう彼女に伝える。

 シラギクはうん、と。素直に頷いて。そして、その小さな体躯で順調に階段を昇っていく。


(こういう姿を見ている限りでは、本当に生きているようにしか見えないんだけどな……)


 前を行こうとした彼女の姿を見ながら、そんなことを考える。

 だがしかし、階段ならまだしも、昇りきった先の部屋の状態が把握できていない以上、彼女に先行させるわけには行かない。


 戻ってくるように伝えると、シラギクはくるりと振り返る。


 その瞬間、彼女はなにやら不思議そうにした後に、ゆっくりと眉をひそめながらに俺の顔を覗き込んてくる。


「…………」


「どうかしたか? 俺の顔に、なにかついてるか?」


「ううん、なんでも、ないよ?」


 すぐさまパッと表情を元に戻したシラギクは、そのまま俺の横に伴いながらに階段を一緒に昇っていく。


(……さすがに、今のでなにもない、訳がないよな)


 シラギクの状態を考えると、いつどちらに振り切れてもおかしくがない。それがなにによって引き起こされるかがわからない以上、警戒はしておかなければならない。


 とはいえ――、


 チラと振り返ってみるも、後ろにはなにもない。話のきっかけとして言いはしたものの、俺の顔になにかがついているわけでもなく。


 彼女の様子が変わった、その要因がわからないままに。階段はついに途切れ、五層目へとたどり着く。






 前日同様、携帯用の焚き火を起こし。そのオレンジの火にあたる。

 周りの空気にすぐに呑まれて弱まってしまうものの、わずかであっても暖かな空気が、少しばかりの安堵を与えてくれる。


 イレギュラーが起こることも考慮して、多少は多めに持ち込んできているので、ここから脱出するという目的を達成するだけならば、食料や燃料は足りるだろう。


 防寒用の毛布を身に着けながらに夕飯の準備――とはいっても、いつもの携帯食料と水分。それから、シラギクのために飴とを用意する。


 シラギクは携帯食料に少し渋面を浮かべたが、隣に並んでいた飴を見て顔を綻ばせた。


(とはいえ、飴もそのうち飽きるっちゃ飽きるよな。まあ、俺はこの飴を食べたことないから、どれくらいのものかはわからないんだが)


 しかし、たとえどれだけ美味しくてもそればっかりではそのうちどうしても飽きてしまうのは目に見えている。なんなら、シラギクはこの飴について味が薄いとそう言っていたし、そういう意味でも飽きは早いかもしれない。

 そうすると他のものがあれば一番いいのだが、残念ながらそんな気の利いたものは俺のカバンには入っていない。というか、むしろこの飴が入っていたことがちょっとした偶然から来た希有な事象である。


 また、仮に飽きが来なかったとしても、飴自体それほどたくさんあるというわけでなない。


 そういう意味では、ある意味食料や燃料に次ぐ、タイムリミットになりうるアイテムとなっている。


 体温や、体力や。そういう身体に物理的に作用してくるような時間制限というわけには行かないが。その一方で、シラギクの精神衛生という上で重要になりうる物資となっている。


 携帯食料に先んじて飴を食べているシラギクを見て、俺は少しため息をつきながら「ちゃんとそっちも食べるんだぞ」と、そう伝える。

 彼女はちょこっと嫌そうな顔をしながらに。しかし、素直にコクリと。そう返事をした。


(人らしい、よな。こういうところは)


 先に思わず好きなものを食べてしまって。あとに嫌いなものが残って。それを指摘されて、嫌そうな顔をして。

 でも、食べないといけないからちょっと嫌だけど頷いて。


 まさしく、人と対面しているような。……いや、シラギクは人なのだから、それは正しい評価なのだけれども。


 だがしかし、その一方で。子供の体躯ながらに異常なまでに疲れた様子を見せないところや、この極低温の中でもなおノースリーブのワンピースで平気そうであるところ。そういったところは、まるで人とは思えない。


「…………」


「うん?」


 ふと、俺が考え込んでいると。いつの間にか、シラギクがこちらをジッと覗き込んでいたことに気がつく。

 いったいどうしたのだろうか、と。そう思っていると。彼女は恐る恐るといった様子で口を開く。


「あの、リンドウさん。その、私に対して、なにか隠し事を、してない?」


「……えっ?」


 突如として、聞かれたことだった。どうしてそんなことを聞かれているのだろうかとびっくりしたと同時に。もうひとつ、驚くこともあって。


「ええっと、すまないが携帯食料と飴以外のものは持ってないが」


「ううん、そうじゃなくって。そういうことじゃなくって――」


「…………」


 シラギクは、こちらから目をそらさないで、そう問い詰めてくる。

 まるで俺のその後ろまでを見透かしているかのような、その視線は。そういえば、少し前。ここに来る前の階段で見た彼女の表情と重なる。


 なるほど、先程からずっと、なにか気にしていたのだろう。


「……ああ、隠してることなら、ある」


「誤魔化さないんだ」


「それを、シラギクが望んでないだろうってことはわかる」


 この、彼女の視線は確信を持っている目だった。ここで話をはぐらかそうが、彼女からの疑問が晴れることはない。

 なれば、素直に認めてしまうのが賢い選択肢であろう。


「気休めでも、嘘で誤魔化したほうがよかったなら謝るが」


「ううん、いい」


 フルフルと首を横に振りながら、シラギクはそう言う。


「まあ、隠してる内容については、言うつもりはない。……言わない理由があると思ってくれ」


 その言葉に対して、シラギクは頷いて了承をしてくれる。


 まあ。まさか当の本人に対して、お前のことが生きているのか、それとも死んでいるのかを判断しあぐねている、などと。そんなことを言えるわけもないのだけれども。


 たとえ、それがいつかは気づいてしまうことであったとしても。

 その判断の先送りをすること自体は、どうか許してほしい。


「しかし、よくわかったな。態度なんかで出していたつもりはなかったんだが」


「ええっと、それは、その……」


「いや、いいよ。俺が知らずのうちに気づかれるような素振りをしていたんだろう」


 気をつけなければ。特に、シラギクの場合は彼女の精神面がかなり危うい状態にある。

 記憶の混濁なども、要は隠して置かなければならないことがあるからこそ、身体が勝手に隠しているわけで。


 なんらかひとつのきっかけを皮切りに、記憶の濁流に飲まれてしまう可能性だってある。


 そうすれば、彼女自身の精神が危ぶまれる。


 肉体と精神とが、ある意味でギリギリで保っているような現状の彼女のことを考えれば、それは可能ならば避けたいことである。


(……まあ、俺自身知りたくないかと言われれば、知りたいという気持ちはあるのだけれども)


 特に、シラギクがここにいる理由。なぜ、ここに来て。どうやってここまで来て。そもそも、混濁している記憶。ここに来る前になにをしていたのか。それを、知ることができれば、シラギクの現状を知り、判断するための大きなヒントになり得る。


 だが、それは紛うことなき諸刃である。


 なれば、シラギクのことについてをゆっくりと知っていくほうが好いだろう、と。そう思う。

 の、だけれども。


(こっちもこっちで、間違いなく地雷があるんだよな)


 シラギクから聞いた話などを加味すると、彼女自身の自分に対する自己評価はかなり低い。

 その要因となったものについてもある程度の話から解釈した内容と、それから予測した内容でなんとなくは把握している。


 で、あるならば。……そういった話からズレるところとするならば。


「……なあ、シラギクから見たアカネって、どんな人物だったんだ?」


「え、お姉様、ですか?」


 無論、アカネのことを詳しく知りたい、というわけではない。……いや、おそらくはこの状況になにかしら噛んでいるであろう彼女のことを知ることは大切ではあるが、それが本旨ではない。


 シラギクから見たアカネは、尊敬の対象である。無論、彼女と自分のことを比べてしまって自身に対する悪い側面を思い浮かべてしまうことはあるかもしれないが。とはいえ、シラギク自身のことを直視するわけではないから、彼女の地雷を踏み抜きにくいだろう、と。そう判断した。


「ええっと、お姉様はですね……!」


 実際、その判断自体は大きく間違っていなかったというか。むしろ、彼女にとっては嬉しい要素のあることであったようで。

 シラギクはアカネについてを楽しそうに語り始める。余程、自慢の姉なのだろう。俺自身が知っているうなアカネの話から、世間一般には知られていないような、プライベートな話まで。


 嬉しそうに語っているシラギクを見ながら、うんうん、と。頷きながらに。

 その話の裏にいる、シラギクという人物についてを、ゆっくりと探っていた。

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