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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
5/43

#5

 階段を登り、六層目に到着する。

 到着とともに出迎えてくれるのは、大きな広間。そして、


「ひゃっ」


「……ああ、悪い。先に言っておくべきだったな」


 積み上がった、大量のアンデッドの死体。そして――、


「なに、この。大きいの」


「通称名、ブラックドッグ。黄泉を守るとされる、アンデッドの犬だ」


 横たわる、巨大で真っ黒な犬の死体を前に、俺はそう説明をする。まあ、このブラックドッグもアンデッドなので、死体というには正確ではないのだが。

 とはいえ、現状動かない状態、であるのには間違いがない。周囲の低級アンデッドに関してはちらほらと復活している様子ではあるが、さすがにブラックドッグの巨体も相まって、復活するまでには時間を要するようであった。


 得物を抜き、しっかりと構える。改めてブラックドッグの状態を確認し、動いていないことを確かめる。


「正直、こいつがまだ復活してなくて助かった」


「この、ブラックドッグ? って強いの?」


「……ああ、強い。かなりな」


 なんなら、六層目にいるのが不思議なほどに高位のアンデッドである。

 そんなブラックドッグがこんなところにいるのは、おそらく、この場所が下層へと侵入してくるものを止めるための関所として機能しており。そしてこいつは、その門番、という立場にあるからであろう。

 実際、降りてくる際に俺がここでブラックドッグと対面したとき。一度態勢を整えるために少しだけ通路側に引いたのだが。そのときに周囲のアンデッドは俺を追って攻撃してこようとしたにも拘らず、このブラックドッグは全く動こうとはしなかった。まるで、そのまま退くのであれば構わない、と。そうこちらに向けて伝えてくるかのような視線を向けながら。

 そして、改めて俺が下層に降りようとブラックドッグと対峙した際、奴は強烈な敵意を以てこちらに襲いかかってきた。


 人の体躯などよりも大きなその身体は、まさしく大きさは強さであることを体現していて。

 通常、アンデッドの多くはその身体の特性故に持久戦力に欠けるものが多いのだが、このブラックドッグは非常にスタミナが高い。

 それでいて、その大きさ故の筋力の高さ。四足特有の瞬発的な加速の速さ。体重をそのままに利用してくる攻撃の重さなども相まって、低級のアンデッドとは全く別物のモンスターとして存在している。


 とはいえ、弱点……というか欠点がないわけでもなく。

 高位のアンデッドに成るのに時間がかかるのと同様に、高位のアンデッドであればこうして復活までに時間がかかることが多い。目の前のブラックドッグも、その周囲のアンデッドたちがわらわらと復活してきているにも関わらず今のところ動く素振りを見せてこないあたり、多少の差ではあるかもしれないが、復活に要する時間が長いと見ていいだろう。


「とはいえ、モタモタしているわけにも行かないがな」


 せっかく復活する前に到着できたのだ。さっさとここを通り抜けてしまいたい。


 そのためにも、ここにいるアンデッドたちを早々に始末してしまう必要があるだろう。


 シラギクを後ろに控えさせながら、襲いかかってくるアンデッドたちを捌く。

 元々、ここでブラックドッグを交えつつもかなりのアンデッドと戦うハメになったために、この部屋の中にはアンデッドの死体が大量に積み上がっていた。

 それが時間経過で復活しているのだから、ここまでの量とは比にならないアンデッドが復活している。

 一個体一個体がさほど脅威でないとはいえ、それが徒党を組み、集団で襲いかかってくると、その危険度は数の比例の騒ぎではない。


(まあ、救いとしておくなら。こいつらが連携をほぼ取らないということだな)


 これでアンデッドたちが互いに協力体制を取りながらに襲いかかってきていたなら。あるいは誰かしら全体指揮を取るものが現れながらに戦うことになっていたならば、もっと苦戦を強いられたであろう。

 だが、低級アンデッドではそのあたりの知能は無く。基本的には自分本位で動いてくるために、偶然にタイミングよく協力した形になることはあれど、基本的にはそれぞれ。なんなら、互いに攻撃を邪魔しあっていることもある。

 そして指揮を取れるであろう唯一のアンデッド、ブラックドッグは現在斃れたまま。なので、良くも悪くも、量のみが現状の脅威である。


 だからこそ、気をつけるべきは――、


「リンドウさん、右ッ!」


「――ッ!」


 シラギクの声に、咄嗟に反応。

 右側、俺の死角となる位置から、その爪を振り下ろさんとするアンデッド。


 刀で殴りつけるようにしてソイツを斬り飛ばして、一度態勢を整えるためにバックステップをとる。


「ありがとう、シラギク」


「ううん、私にはこれくらいしかできないから」


 そういう彼女だが。しかし、これがかなりありがたい。

 多対一で戦う都合、最も脅威になるのは、自身の見えない範囲である。

 前に複数いる場合、どうしてもこちらから視界を外すことができなくなるために、左右や後方からの攻撃に対してやや無防備になる。

 無論、警戒自体はしているのだが、どうしても反応が遅れがちになる。


 改めて、周囲の状況を把握しながらに刀を構え直す。

 こいつらは、ブラックドッグと違って通路にまで追いかけてくるから、できれば対処してからここを離れたいが。


 至近の敵の状況を確認した、そのとき。異様な気配があたりを包む。


「……ちっ、そろそろ時間ってことか」


 俺が気づいたその少しあとから、追ってシラギクもその圧に気づき、うろたえる。

 この場で、これほどの威圧力を持ちうるのは、ただひとつしか存在し得ない。


 ブラックドッグが、復活した。


 明白な殺意を俺たちに向けて放つ異形の犬。その存在感は一瞬にしてこの場の空気を制圧してしまうほど。


「シラギク、こっちにこい」


「う、うん。……でも、どうするの?」


「ここから、離脱する」


 戦うという選択肢も取れなくはない。だが、ブラックドッグはかなり強い。

 戦って勝てなくはないだろうが、それと同時にこちらにも手痛いダメージを与えてくるだろう。


 加えて、知性のあるアンデッドが場に現れたことにより、周囲の低級アンデッドたちの脅威度も上昇する。

 このままの継戦は、こちらがシラギクを守りながらであるということも加味して考えると、相当に不利になる。


 それを考えるのなれば、通路側に迅速に退避してしまい、追いかけてきたアンデッドへと逐次対処をしていくほうが確実だろう。

 できれば通路側にアンデッドを引き込む可能性のあるこの行動は、挟み撃ちになる可能性や通路では満足に戦いにくいということもあり避けたかったが、致し方なかろう。


(……まあ、ブラックドッグが通路にまで追いかけて来ないという保証も、ないんだけれども)


 あくまで前回の交戦時には、こいつは通路にまでは追いかけてこなかった、というだけである。

 今度もそうである保証はないし。前回と違い、今回はシラギクがいるという都合や、そもそも一度俺に斃されている都合、恨みから行動を変化させてくる可能性もなくはなかった。


 が、ブラックドッグのあの体躯の大きさを考慮すれば、仮に追いかけてきたとしても。通路は通れるが、通路中ではあちらも満足に戦えないだろう。最悪の場合は、お互いに戦いにくい状況で対処する、ということになる。


 ひとまず、この部屋の出口となる場所の確認。そちらの方面には、アンデッドが数体控えており。逆に、ブラックドッグはというと、俺やシラギクから、七層目の階段を塞ぐようにして立ち回っている。

 やはりというべきか。こいつの行動は、門番という言葉がどうにも適合する。


「行くぞシラギク」


「う、うん!」


 シラギクの身体を左脇に抱えると、彼女は落ちないように、俺の身体にしがみつく。少し動きにくくはあるが、シラギクが離れてしまうよりかは余程良い。


 自由な右手ではしっかりと得物を構えて、俺たちの進路を邪魔するアンデッドたちを見据える。ブラックドッグの影響か、いささか互いに連携をしつつ、こちらの道を塞いでくる。


「だが、まだ実力不足だ」


 今回は掃滅ではなく、一点突破が目標。ならば、俺とシラギクのふたりが通過できるだけの隙間をこじ開けて、そのまま離脱するだけでよい。

 指示に従うだけの急拵えの連携では、反応が遅れる。当然だ、元々の知性から行っている行動ではないのだから、咄嗟の判断には乏しい。


 ブラックドッグは、俺たちを挟んで出口とは反対側にいる。瞬発力こそ高いブラックドッグだが、俺が全力でこの部屋からの離脱を目指せば、おそらく部屋の出口までの追いかけっこは俺が勝てる。


 出口までの直線路上にいるアンデッドを三体だけ切り伏せながら、そのまま強引に突破していく。

 とにかく速さを意識しながら、部屋から離脱。


 ブラックドッグが一瞬こちらを追いかけてこようとしたものの、しかし、思いとどまり、改めて階段の前に鎮座。こちらへと恨めしそうな目を向けながら、しかし、座り込む。


 やはり、生者の侵入をせき止めるためにいたのだろう、というその見立てがあっていたことを確認しつつも。とはいえ、まだ安心はできない。


 ブラックドッグは追いかけてこないが、他の低級アンデッドどもはその限りではない。というか、門番の役割を担っているのはブラックドッグだけなのだから、こいつらは本能に従って俺を襲いにかかってくる。


 通路ゆえの狭さからくる戦いにくさはあるものの、こいつらを無視して走り抜けるのもリスクがある。

 降りてくる際に倒してきたアンデッドたちは、個体差こそあれど大方が復活している頃合い。無論、俺たちがこれから逃げていく先にも倒してきたアンデッドがいるわけで。


 つまり、このまま逃げ続けると、走った先で挟み撃ちに合う。


 部屋に出られたあとでならまだいいが、通路で挟み撃ちを喰らおうものなら、それこそ低級アンデッドとはいえかなり厄介になる。


 通路で少し距離を離してから、シラギクを降ろす。


「悪いが、少し周りを警戒しておいてもらえるか?」


「う、うん!」


 シラギクに、特に死角周りの警戒を任せつつ。俺は追ってきたアンデッドたちに対峙する。

 前に出てきたやつから順番に、斬り下がりながらに対処をしていく。


 相当な数こそいるが、ブラックドッグの影響下から外れたこともあってから、それぞれの強さはそれなり。

 こちらも十分に刀を振り回せないために戦いにくくはあるが、通路であるがゆえに左右からの攻撃の心配もなく、距離さえ見誤らなければ、少しずつ後退しながら十二分に対処ができる程度であった。


 一番の脅威であった数も、時間こそかかったものの少しずつ数を減らしていき。

 シラギクから、通路の逆側からアンデッドがやってきたという報告を聞く頃には、挟み撃ちの構図であったものの、十分な対応が可能な程度には数を減らせていた。


「やっと、一段落ってところかな」


 一息をつきながら、刀を鞘に仕舞い。少しだけ休憩。


 通路の端々にアンデッドの死体が転がっている、中々に狂気的な絵面ではあるものの。とりあえず片はついた。

 たしかに通行の邪魔にはなるが、どうせここから動かしたところで時間経過で復活してまた勝手に動くのだから、ここに放置で構わないだろう。


 改めて、ブラックドッグのいた方向へと意識を向けてみるが。やはり追いかけてきているような様子はない。あくまで、深層への侵入を禦ぐのがヤツの役割なのだろう。


「これで、大丈夫なの?」


「ああ、たぶんな」


 行きの過程で、ブラックドッグ以上の敵とは対峙していない。今のところは、やつの存在が最大の脅威ではあった。

 それを切り抜けたのだから、少なくとも前方はひとまずは大丈夫であろう。もちろん、後方――深層側からブラックドッグ以外の高位のアンデッドが追いかけてくる可能性はあるし、そうでなくともイレギュラーが起きている可能性はあるので、警戒を解くわけにはいかないが。


「さすがリンドウさんだね!」


 シラギクはそう言いながら、コッコッコッコッと、拍手を持って讃えてくれる。

 俺はそんな彼女を見て。そっと目を伏せつつ、ありがとう、と。そう伝える。


 ……まあ、ブラックドッグと戦わずに済んだのは、純粋に良かった。

 最悪、再び正面から戦わなければならない可能性まで視野に入れていたが。あくまで奥に向かうものを、黄泉を荒らすそうとするものを禦ぐというヤツの役割と合致したためか、離脱に関してはそこまで執拗ではなかった。


 しばらく休んだこともあって、息もいくらか落ち着いた。シラギクの方も体力に問題なさそうである。


「……そろそろ、行こうか」


「うん、わかった」


 ふたり揃って、通路を歩き始める。アンデッドの死体で、地味に歩きにくい。


(このまま、なにも起きなければいいが)


 少なくとも、正面からはなにもない、はず。


 残りの階層は今いる場所を含めて、六層。観測している最大の脅威は乗り越えたものの、道のり自体はまだ折り返しですらないことを改めて認識して。

 今一度、気を引き締める。

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