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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
万雷届かぬ舞台裏にて
43/43

#43

《本任務は行方不明となった聖女、アカネとシラギクについての捜索依頼である》


《行方不明となった原因は不明。誘拐等の可能性も考慮し》


《正教会の権限に於いて、二名の帰還に係る障害へのあらゆる行為についてを不問とする》






     * * *






 街が騒然としている。

 だが、その原因を鑑みればその状況にも納得はいく。


 アカネとシラギクがいなくなった。

 この街から、というわけではない。


 ありとあらゆる人々の目から、消えた。


 国中に勢力を伸ばしている正教会やギルドですら彼女たちの足取りを追えていないという時点で状況の深刻さが伺える。


 聖女は、有事の際のセーフティであり、精神的にも、物理的にも。人々にとっての拠り所となる存在である。

 それが、唐突にふたりもいなくなったとなれば、騒ぎとなるのは当然のことながらに。

 いなくなった聖女の片割れが、稀代の聖女とまで呼ばれているアカネであるから、世間に与える影響は計り知れない。


「急に呼び出して悪いな」


「……いや、さすがに事情は察してるから、問題ない」


 呼び出されたのは、ギルドの応接間。俺の対面に座っているのはギルドマスターである。

 聖女の存在が地位を押し上げている正教会はもちろんではあるが。ギルドとしても放置するわけにはいけない案件であろう。

 事実、ここに来るまででもギルドの受付ではひっきりなしに依頼の受注が行われていた。

 彼らが受けている依頼については、想像をするまでもない。


「それで、俺にも依頼に携わってほしいって、そういう話だろう? おっさんが俺のことを呼び出すってことは、指名の依頼が来てるんだろうし」


 俺に対しての指名での依頼は、つまるところが、その成果が世に出ることがない依頼、ということになる。

 相互の利益を鑑みた結果そうなっているが、都合、受注している様子を周りに見られるのは都合が悪いので、こうして応接間にてギルドマスターから要請されることがほとんどである。


「まあ、なんだ。あながち間違い、というわけでもないが」


「……妙に含みのある言い方だな」


 煮えきらない言い回しをするギルドマスターに俺か眉をひそめていると、彼はそのまま懐から上等の羊皮紙を取り出してくる。

 見慣れすぎて見飽きたくらいの、正教会の印が捺された依頼書。だが、その依頼人はあまり見慣れない。

 いつもであれば、依頼人はアカネであるが。今回の依頼は正教会から、ということになっている。

 体裁としても、俺に対しての名指しであることを除けば、現在受付にて――いや、おそらくはあらゆるギルドにて発注されている依頼と同じものである。


 違和感を覚えないわけではないが。とはいえ、まっとうに考えるのならば、当然といえば当然であろう。

 なにせ、行方不明となっているのがアカネ本人なのである。シラギクも、ではあるが。

 消息を断っている当人から捜索の依頼が飛んできた。というのも中々変な話である。


 ……まあ、前回受けていた依頼については、それに近いところがありはするが。これについては、アカネが意図的に引き起こしているし。


 というか、アカネから受ける任務はだいたいが変ではある。

 それこそ、シラギクのときがいい例であろう。


 足取りも完全に断たれている状態で行方不明となっているのに、まるでそこにいることを確信したかのような依頼の発注。

 なにが起こっているのか。そして、これからなにが起るのか。そういったことを、まるで見通しているかのような、そんな依頼。それが、アカネからの依頼である。


 今回の依頼の内容に改めて目を通してみるが、やはり、それほど不自然な点はない。

 強いて挙げるならば、障害に対する行為についての不問など、随分と大々的に動いているように感ぜられる側面もありはするが、ふたりがいなくなることについての世間への、そして、正教会にとっての影響を考えてみれば納得の判断ではある。


 しかし、そうだとすると。やはり、ギルドマスターの微妙な反応が気になってしまう。

 あの煮えきらない態度はなんだったのか。


「ひとまず、これを引き受ければいいんだな? ったく、人騒がせな聖女姉妹――」


「まあ、少し待て。話はまだ終わってない」


 羊皮紙を手元に引き寄せようとすると、ギルドマスターはそれを取り上げる。

 依頼があるから、呼び出したのではないのか?

 意味不明のその行為に俺が首を傾げていると、ギルドマスターは再び懐をまさぐり、もう一枚、別な紙を取り出す。


「……これは?」


「まあ、なんてことはないさ。いつものとおりの、お前さん宛ての依頼だよ」


 随分と人気者なようだな、と。ギルドマスターは面白なるようにして笑いながらに、その紙を差し出してきた。






「お。やっときたね、リンドウ」


「あの、ごめんなさい、リンドウさん。でも、来てくれて、嬉しいです」


 一枚の依頼書を手に、俺はとある山の中腹にひっそりとある横穴を訪れていた。

 目の前にいるのはアカネとシラギク。現在、国中の人たちが躍起になって捜索している行方不明の人物たちである。


「……呼び出すのなら、せめて場所くらい書けよ」


「そうは言っても、私たちも移動し続けないといけない身だからね」


 そう言ってくるのはアカネ。クソ女っぷりは相変わらずの様子であった。


「でも、君ならきっと辿り着いてくれると、そう信じていたし。現に、辿り着いた。他の誰よりも早く、誰もが成し得なかったことを」


「……」


 事実、ほぼ国を挙げて、という規模で。正教会やギルドを中心に捜索されているアカネとシラギク。その二名がこうして横穴にいることができているということは、他に誰も彼女を見つけていない、ということと同義である。


「だって、君は私のことをちゃんと見つけてくれるだろうから」


 自信に満ちた声音で、アカネはそう言った。


「どういうつもりだ。急に、行方をくらませるだなんて」


「わざわざ聞かなくとも、意図は理解しているだろうに」


 ふふ、と。アカネは小さく笑いながらにそう言ってくる。


 アカネとシラギクは、誘拐されたわけでも、なんらかの事件事故に巻き込まれたわけでも、以前の聖域での一件のように、特殊な事情があって帰ることができなくなったわけでもない。


 彼女たちが、自ら、その姿を大衆の前から消したのだ。


 当初の依頼。俺宛への捜索依頼が正教会から出されている、という時点で覚えた違和感を、もう少し押し広げておくべきだった。

 世界からの祝福じゅばくを受けているアカネが、そう簡単に行方不明になるわけがない。

 もしも彼女が行方不明になっているのであれば、それは彼女が意図したものであるはず。そうでなければ、その事実すらがこの世界から拒まれる。


 つまるところが、アカネと、そしてシラギクが消息を断った今回の事件。これ自体が、アカネの画策の上であるはず。


 もし、アカネの意図が正教会に伝わっているのならば、正教会からではなく、いつものとおりの、アカネからの依頼として俺に届くはずである。

 行方不明の本人からの捜索依頼、という意味不明な形式で。

 だがしかし、国中へ公表された依頼はおろか、俺個人に対しても正教会の名義として届いている。


 つまり、ふたりの行方不明は、正教会に話が通っていない。


 完全な独断で行われたものである、ということになる。


「しかし、どういうつもりなのか、かあ。……そうだね、あえて言葉にするのも、難しいんだけど」


 アカネはそう言うと、自身の唇に人差し指をそっと添えながらに、少し考えて。そして、チラとシラギクと目を合わせてからに、口を開いた。


「私たちは、私たちの思うように。私たちの願うように、動いただけ、かな」


 君が教えてくれたようにね、と。

 アカネのシラギクの瞳がジッと俺を捉える。


「ちなみに、リンドウ。君こそここに来てどうするつもりだい? ……なんて、その印の捺されていない依頼書を見れば、聞くまでもないか」


 彼女は俺の手の中のそれをチラと見ると、どこか満足そうに自己完結をしていた。


「やっと、君が私の依頼ねがいを叶えてくれようとしているみたいで嬉しいよ」


「そんなわけないだろ」


 ニヤニヤとした表情で言ってくるアカネに、俺は小さく息をつきながらに淡々と答える。


「あの、でも。それなら、どうしてその依頼を……?」


 おそるおそるといった様子で、シラギクが尋ねてくる。どう、答えたものか。理由なら、いちおうハッキリとは持っているんだが。

 あー……と。俺がしばらく答えに困ってしまったがために、余計にシラギクに不安を与えてしまった様子だった。


「簡単な話だよ、シラギク」


 そんな俺を放置するかのようにして、ニヤリと笑ったアカネがそう言う。


「コイツには、無視できない先約があるからね。それも、ふたつ」


 アカネとの約束と、シラギクからの依頼。


 伸ばされた手を握り返すという約束と、

 共に生きてほしいという依頼。


 既にかわされたそれらは、俺にとって優先事項になる。

 それらに加えて。


「お前、本当に性格悪いな」


「ふふっ、どこぞの誰かからの評価が真になったのかもね」


 それについては元からだ。


「それで。なにをするんだ。わざわざ正教会を撒いてまで、己の役目を放置してまでやることがあるんだろう」


 あれほどまでに、自分自身の責務に固執していた人間が、そのための地位を捨てて。ここまでの大掛かりな計画を準備しているのだ。

 大層な理由があるだろう。あってくれ。いや、あれ。


 しかし、そんな想いとは対照的にアカネは「んー」と、楽しげに、いたずらっぽく微笑むだけ。

 その傍らで、シラギクが「あの、あの!」と。ぴょんぴょん跳ねていた。


「リンドウさんは、なにがしたいですか!?」


「……俺?」


 どうしてここで、ふたりではなく俺の意向が聞かれているのか、疑問が浮かぶ。


 そこは、俺なんかではなく――、


「まるで、私たちの意向のほうが大切なのではないか、とでも言いたげな表情だね」


「思考を読むんじゃねえよ」


「ふふっ、読まなくたって、わかるよ」


 どれだけの付き合いがあると思ってるのさ。アカネが、小さく笑う。


「でも、その考えは少しだけ間違ってるね。姉妹(わたしたち)ではなく、三人(わたしたち)だ」


「私も、お姉様も。そして、リンドウさんも」


 姉妹が、こちらへと手を差し伸べてくる。


「……まさか、この逃避行は」


「ああ、君を連れ出す。ただ、それだけのために芝居を打った」


「とはいっても、私もお姉様も、帰るつもりはありませんけど」


 だって、生きたいように生きると決めましたから、と。


 この手の中の依頼書が受理されているところを見るに、ギルドマスターも一枚噛んでいるのだろう。してやられた。


「私やシラギクにいろいろあったように、君にもなにかがあったのはわかっている。私と君は、同じだからね」


「いや、それは――」


「同じさ。だってリンドウは、自分のことを怠惰だと自称しつつも、己の責務を達成している。それも、なんらかの強迫観念に追われているかのようにしてね」


「…………」


「称賛の場に立ちたくない。けれど、そのせいで誰かにしわ寄せが行くのが許せない。怠惰ではあるけれども、その性根は、勤勉だから」


 だからこそ、聖女というしがらみによって苦しめられているアカネとシラギクから、目を反らせなかった。

 彼女たちと付き合うことが、己にとってどれだけリスクがあり、苦しむことであるかということを理解していても。


「まあ、君になにがあったのか、気にならないといえば嘘にはなるけれど。それは今は、いい。今の私たちを成り立たせているのはたしかに過去の私たちだが。それでも今の私たちは、今の私たちだ。君が教えてくれたようにね」


 かつて、ふたつの人格がせめぎ合って、混ざり合って。そうして、今が成立している彼女は、そう、言う。


「たくさんの人たちからの評価も大切ではあると思うけど。でも、私は大切な人にどう思われているかの方が、もっと大切だと思うんです」


 かつて、ありとあらゆる人たちからその身に不相応な期待と落胆を押し付けられ、全てから逃げてしまいたくなった彼女は、そう言う。


「それに、私たちも責任から逃げたわけじゃないしね」


「……は?」


「ふふっ。もちろん、この状態では人々の願いを聞き入れることはできないだろう。けれど、それすらも必要ないくらいに、この世界が平和であればいい、と。そうは思わないかい?」


 それは、あまりにも雲を掴むような話ではあって。

 けれどここには、直接的に干渉できるシラギクと。間接的に干渉できるアカネがいて。


「そういえば、初めて会ったときも、同じようなことをしていたね」


「……そういえば、懐かしいな」


「だから、私たちからの依頼は至極単純だ。気ままに旅して、そのついでに、世界そのものを守る。壮大で、大変で。誰からも称賛されない。そんな旅」


 けれど、己の責務を、しっかりと果たしている。


「リンドウさん。私はね。逃げることは、向き合わないことじゃないと、そう思うの」


 逃げた先で、見つけた少女は、そう言う。


「向き合うことだけが正しいわけでもないと思う」


 向き合い続けて自分を喪いかけていた少女は、そう言う。


「リンドウさんも、やりたいように生きていいと、思うんです」


「まあ、それでも君は、納得できないと思うからさ。変わりに、こんな言葉で代えさせてもらうよ」





「私たちを救けたんだから。おとなしく、リンドウも救けられなさい」


「ふふ、逃しませんよ? 私もお姉様も、曲がりなりにも聖女ですからね。救けることについては、右に出るものはいませんよ?」






     * * *





「さて。アイツらは今頃、正教会とギルドから追われながらに、やりたいようにやってるのかね」


 ひとりの男が、ひとり、そんなことを呟いていた。


 世間は聖女の失踪で騒然とはしているものの、世界自体が平和を保っているあたり、そうなのだろう。


「まあ、あの三人に追いつけるようなやつもいないとは思うが」


 魂の聖女と魄の聖女なだけのただの少女たちと。そして、その二人に張り合えるだけのただの青年である。


「ああ、そうだ。どうせ合流できてることだろうし、これについてはもう破棄しちまって構わねえよな」


 いつもは依頼書の条件に従った実績隠しのための行為ではあったが。今回についてはただの証拠隠滅である。

 早々に処分してしまうほうがいいだろう。


 そう言いながら男は、正教会の印の捺されいない、内容も報酬もいろいろと破綻した依頼書を取り出すと、暖炉へと投げ込み、火をつける。


 こんなものを使わないと互いの想いを伝え合えないのだから、なかなか難儀で青臭いものである。


「……まあ、そんな若造どもに頼らなければならなかったのは、俺たちなんだがな」


 自嘲するように、男は小さく笑う。


 だからこそ、せめて。その道がどれほど険しくとも。


「どうせ、こんなところからじゃ聞こえはしないだろうが」


 そう、わかっていても。


 それでも、彼は拍手した。


 せめてもの、たむけとして。


 その道の先に、幸せがあることを願って。






     * * *






《本任務は依頼者である姉妹の護衛依頼である》


《行き先は不明、合流場所も不明、護衛期間も不明》


《なお、報酬として。姉妹の人生を捧げるものとする》


《追記:君なら見つけてくれると信じているからね》


《追記:全員、無事であること! やりたいように生きること!》

 これにて本作は完結となります。

 期間にして約九ヶ月。全43話。長い間、お付き合いいただきありがとうございました。


 正直、書きたいものを書く、ということを最優先に作っていた作品ではあるので、結構なかなかなシーンなんかもありましたが、評価やブックマーク、反応などもいただけ、とても心の支えになっていました。

 正直なところでいうと、実は二章目については一番最初の設計では無かったり、終章についてもかなりあっさりめになっていたりというところはありますが、個人的には下手に引き伸ばすよりかは、この形がもっともキレイに成立するかなと思っての形になります。

 リンドウの過去とかもありはするけど、あんまり触れても蛇足になりそうだったし。


 そんな、ほぼ私のために書いていたような作品ではありますが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

 最大級の感謝を、面白い作品を作り上げることで表現できていたら幸いです。


 改めまして、この作品を読んでいただいて、本当にありがとうございました!

 また、どこかでお会いできましたら、そのときもどうかよろしくお願いします。

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