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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
万雷届かぬ舞台裏にて
41/43

#41

 シラギクにとって、リンドウという人物は。すごい人、という認識であった。


 もちろん、シラギクのことを精神が身体から脱離しようとしているところから助けてくれたことや。

 あるいは。シラギクが彼に依頼をした、姉の帰還の任務についても、同様に見事達成してくれたから、ということもありはする。


 だがしかし。なによりも。シラギクにとって世界の全ては姉であるアカネであったという前提を、取っ払ってしまったような人だから、という要素が強い。


 とはいっても、未だに、このふたり以外に頼ったり、関わったりする、というのは難しいのだけれども。


 だがしかし、シラギクにとっては。リンドウという人物がとてつもなくすごい、というのは間違いようのない事実であった。


 だというのに。少し、不思議なことがある。


 あまりにも、リンドウという人物の名前を、聞かない。聞いたことも、ない。


 過去のシラギクが知らなかったということについては、仕方がないことであろう、とは思う。

 当時のシラギクにとってはアカネこそが第一であり、それ以外に対して一切の興味を持ったいなかったとは言わないものの。

 しかし、シラギクが先行して感じ取ってしまう相手の心の裡のせいで、自身への感情や評価を思い知り、内へ内へと引きこもってしまっていたからである。


 しかし、現在に於いては、自身の権能に対してある程度の制御が効くようになったこと。そして、自身が沢山の周囲の人たちにどう思われているか、ということより、大切な誰かにどう思われているかのほうが重要であるということを知り。

 前に進むための勇気をリンドウから貰い。外へと、向かうことができている。


 外に行くときには、リンドウと会うことがほとんどであるシラギクではあるが。それ以外にも、様々なところに赴くことはある。

 商店に向かったり、広場で日向ぼっこをしたり。

 あるいは、お腹はそんなに空かないけれど、お店でお肉を買ってみたり。


 しかし、そのほとんどの場所で、リンドウの話を聞かない。

 聞くにしても、客として訪れた、という話が最大限であろう。


 しかし、このくらいのことであれば、まだシラギクとて、理解はできる。

 稀代の聖女として畏敬の念を集めているアカネのことを助けたりしているのだから、それなりに知名度があって然るべきではある気がするが。

 とはいえ、知らない可能性も、あるもしれない、とは。


 だがしかし、彼の名前を聞かないのは、ここだけには留まらない。


 シラギクやアカネの所属する正教会や、あるいはリンドウが所属するギルドなどに訪れてみても。その名前を耳にすることはほとんどない。

 さすがにギルドの中でリンドウの名前を挙げてみれば、知っている人こそいるものの、彼に対する評価はシラギクのそれとは大きく乖離する。


 なにかやってる様子をほとんど見ないやつ。

 たまにふらっと訪れて、しばらく姿を見せなかったと思ったら、またふらっと訪れたりしてるやつ。

 特段冒険者としての格も高くないし、基本的にソロで活動しているから、よくわからないやつ。


 だいたいが、こんな評価である。


 シラギクにとって、リンドウという人物はすごい人なので、その評価に対して違う、と。シラギクが全力をもって語ってみたものの。

 しかし、その結果得られたのは、彼らからの爆笑のみであった。


「さすがにシラギク様が聖女だからって、そんな嘘には騙されねえよ!」


「おうよ。だってそんな事実があるのなら、今にでも広くに広まっているはずぜ!」


 ガハハッ、と。豪快な笑いとともにそう言ってくる彼ら。

 ……その言葉が、本意から出てきている言葉だということが。心の裡を読めてしまうシラギクだからこそ、理解できてしまう。


 なにせ、彼らの言葉もまた、ある意味では事実ではある。

 そんな実績があるのなら、もっと、名前が知れている。はずなのだ。


 どこかの誰かの依頼、というだけではこうはならない。

 でも、その依頼ひとつでそれをなし得てしまう人物。

 それが、アカネである。


 それこそ、アカネからの依頼を達成したともあれば、周りの人間たちからは羨望と尊敬の眼差しを向けられるだろうし。当人だって、たったひとつのその事例を、ただひたすらに、雄弁に語る。


 仮に、リンドウが自ずからアカネとの自身の功績を語らなくとも、周りが勝手に紡ぐほどの存在、なのだ。

 だからこそ、彼らの語るその主張も、あながち間違いではない。


 否定された自身の主張に、しょぼんと自信をなくしていたシラギクの後ろから。


「おうおう、なんだテメエら。まだ聖女になりたてのシラギク様に対して寄って集って」


 落ち着きながらも、力の強い声が飛んでくる。


「げっ、ギルマス!? いやいやいやいや、別に変なことはしてねえっすよ! なあ、お前ら!」


「お、おう! もちろんだ!」


「……なんだ、そんな否定のされ方をすると、辺に勘ぐりそうにはなるが。まあ、いいか」


 ギルドマスターがそう言いながらぐるりと周囲を確認する。「まあ、嘘ってわけでもなさそうだな」と、そう言うと。彼が今度はシラギクの方へと視線をやる。


「ちょうどよかった、シラギク様。ちょいと頼まれてほしいことがあるから、応接間の方まで来てもらってもいいか?」


 先程まで、彼らの心の裡を読んでいたこともあってか、流れで、ギルドマスターの心の中も読んでしまう。

 そして、彼の言う言葉が――頼まれてほしいことがあるから、というそれが嘘だということは理解できる。

 けれど、それと同時に。暖かい言葉であることも、理解できる。


「おうい! ギルマスこそシラギク様に変なことをするんじゃねえぞー!」


「するわけねえだろ! 立場を考えろ立場を!」


 ギルドマスターはかけられた言葉に苦笑いをしながらにそう言葉を飛ばす。

 返ってくるのは気持ちのいい笑い声。


 リンドウのことを認めている人が少ないのはいただけないけれど、ここの空気感は嫌いじゃない。

 シラギクに対して期待をする気持ちが大きい人も多いが、それと同時に、不安を吹き飛ばしてくれる明るさを伴っていることも多い。

 時折、とてつもなく重苦しくなることもあるが。それは人としての正しさでもあり。そして、それでもなお前を向こうとしてあるのは、美徳であり。運命から逃げた少女(シラギク)には、それらが、輝かしく見える。


 それに。


「……ありがとう、ございます」


「ありゃ、意図がバレてたのかい」


 うまく、誤魔化したつもりだったんだけどね、と。ギルドマスターは照れくさそうに笑ってみせる。

 ルカとしては、心の裡を読んでしまっただけなので、ちょっとズルをしたような気持ちがしてしまうが。


「まあ、なんだ。アイツらも悪気があるわけじゃねえんだ、赦してやってくれ」


 彼らがリンドウのことを正しく評価していない、というのは。それが彼らにとっての真実であり。咎めることができない、ということがたしかではある一方で。

 全ての人が、そうではない。というのもまた、事実。


 リンドウがシラギクのことを。そして、姉であるアカネのことを助けてくれたのは。紛れもない事実であり。数は少なくとも、それを知る人物がいる、ということもまた。


「まあ、いろいろと事情があるんだよ。政治的な事情もあるが。それ以上に、個人的な事情がな」


「…………?」


 シラギクが首を傾げていると、ギルドマスターは「わからなくて大丈夫だ」とそう言う。

 そんなことを話していると、いつの間にやら応接間にたどり着く。

 ギルドマスターが扉を半分くらい開けたところで、彼は少し驚いたような表情を浮かべながらに身体を硬直させる。


 どうしたのだろう、と。シラギクもひょこっと、頭を飛び出させてみると。


「やあ、ギルドマスター。お邪魔をさせてもらっているよ。っと、シラギクも来てたのね」


「これはまた、随分なお客様がいたものだ」


「お姉様!?」


 ギルドマスターの嘆息と、シラギクの驚きが重なる。

 そこにいるのは鮮やかな緋色の髪、白磁のように美しい肌。

 シラギクが敬愛している姉、アカネであった。


「なにか、用事があるとは聞いていないが」


「まあ、言ってないからね」


 自身の姉ながらに、なかなか横暴な論を通してみせている姿に、シラギクは少しばかりの苦笑いを浮かべてしまう。


 ひとまずギルドマスターがアカネの対面のソファに腰を下ろし、シラギクも、アカネの隣に座る。

 座ってはみたが、もしかしたらあんまりここにいるべきではないのかもしれない。と、そんなふうに疑問に思っていたら。アカネが「大丈夫」と、そう小さく声をかけてくれる。


「それで、今日はどういった用件で? あいにく先の仕事が重かったみたいだから、しばらくリンドウは休ませてやりたいんだが」


「ああ、それなら大丈夫だよ。依頼、というわけじゃないからね」


 先の仕事、というのは。リンドウがアカネのことを迎えにいったときのことである。

 事実、帰ってきたときのリンドウには、外傷らしき外傷こそあまりなかったものの、尋常ではないレベルでの体力と精神の消耗をしていたことはシラギクの目からでもはっきりと伺えた。


 未だに尾を引いている、というのも仕方のないことではあるだろう。

 ……それだけのことをしているのに、評価をされない、というのはやはり、シラギクには不公平に感じてしまう。なにやら事情がある、にしても。


 シラギクがそんなことを考えている傍らで、アカネはジッ、と。対面へと視線を遣りながらに言葉を続ける。


「今回は、ギルドマスター(あなた)に聞きたいことがあってね」


「なるほど。聞きたいこと」


「ええ。以前までは特に知る必要もないし、私にとっても都合が良かったから、聞こうとも思ってなかったんだけど。少し、事情が変わったからね」


 シラギクにとっても、知りたいことではないかしら。と、アカネはそう言ってくる。

 私の知りたいこと? と。首を傾げながらに、よくわからないままシラギクはとりあえず座っていた。

 そのために、興味の程度は、浅めではあったのだけれども。


ギルド(あなたたち)は……いえ、これに関しては、ギルドマスター(あなた)個人ね。あなたは、リンドウのことを、いったいどうするつもりなの?」


 その言葉に。思わず、シラギクは意識を惹きつけられてしまう。


「あなたが、リンドウに対して害意を持ってないことは理解してる。それから、彼を私たちに引き合わせてくれたことについても、感謝はしてる」


「そりゃどうも」


「でも。このふたつは、普通なら同時には共存しない」


 露骨に、表に出ることを避けているきらいのあるリンドウと。付き合うこと自体が嫌でも目立つことに繋がるアカネやシラギク。

 本来ならば、この組み合わせは、成し得ない。


「どうするつもり、ねえ」


 アカネの言葉を受けて、ギルドマスターは少し顔を上げると。どこか遠くを見つめながら、なにかを思い出すような表情を浮かべながらに。

 ゆっくりと、口を開く。


「まあ、なんだ。……俺は、正しく頑張る人間には。相応に、幸せになってほしいと。そう思ってるだけだよ。あなたたちのような聖女(立場のある人間)であっても。そして、リンドウのような、一個人であっても、同様にね」






 最近、知ったことがある。


 世界というものは、思っているよりも不合理で、理不尽で。完璧なんてものは、まず存在しない。

 シラギクが全てだと盲信していた姉のアカネは、たしかに完璧に近しいほどにすごい人物ではあるが。しかし、決して完璧などではない。


 すごい人だからといって、当人になんの手立てが必要ないかと言えば、そんなことは、ない。


 シラギク自身が聖女として認められ。周りから求められるような立場になって。ほんの少しだけ、識ることができた。

 アカネが、どれほどのものを差し向けられていたのかということを。姉の負担が、いかほどのものであったか。


 聖女である。たったそれだけのこと。

 傍から見れば、その事実があるだけで、特権階級を与えられる、羨ましいもののように見える。

 だが、その実。周囲から、一方的に願いや望みを押し付けられる存在、とも取ることができる。

 姉が口酸っぱく「才あるものは弱きを救けなければならない」と言っていたことの意味をよく知らされた。


 だからこそ、シラギクは。アカネがリンドウを頼ろうとするその気持ちが、十二分に理解できる。

 リンドウという人物が。シラギクやアカネを聖女であると認知しながらも、それを頼りにすることもなく。あまつさえ、手を差し伸べてくれる存在が、どれほど重要であり貴重であるか、も。


 だがしかし。いや、だからこそむしろ。シラギクは、思う。


 そんなリンドウは、いったい誰を頼りにして、生きているのだろうか。


 街のあちこちに出掛けてみて、彼の足跡を追ってみた。だけれども、そこに微かにこそあれども、ほとんどの人の心には留まっていない。

 シラギクやアカネ。あるいは、ギルドマスターのような例外もいるものの。それ以外の人たちからは。それこそ、いてもいなくても、変わりがないような。そんな存在として。

 彼は、そこにいた。


 ギルドマスターは言っていた。いろいろと、事情がある、と。

 政治的な事情もあるし、個人的な事情もある、と。


 政治的な事情は、シラギクにはわかりはしない。

 けれど、個人的な事情。それがもし、リンドウの事情なのであって。

 そして。それによって、彼がなにか、抱えているのであれば。


 ギュッ、と。シラギクは、小さくこぶしを握り込む。


 なにができるのかは、わからないけれども。と

 力になりたいと。そう、思う。

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