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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
4/42

#4

 大方夜が明けた程度の時間になってから、俺はシラギクのことを起こす。

 どうやら眠ること自体はよくできた様子で。まだどこか眠たげな瞼をゆっくりと持ち上げながら、シラギクは大きく息を吸い込んだ。


「昨日と一緒で悪いが、朝飯だ」


 味気がないのは相変わらずな携帯食料を自分自身でも齧りながらシラギクに渡す。

 昨日に味と食感を知ってしまっているので、彼女は一瞬それを受け取るのを躊躇う。曰くお腹は空いていないとのことではあったが、食べないというわけにはいかないので、昨晩同様多少無理にでも食べてもらう。


 ボソボソとした味わいを、水ごとグッと飲み込む。

 俺は手早く食事を終わらせてしまってから、シラギクの食事が終わるまでの間を使って毛布なんかを片付け、出発の準備を済ませてしまう。


「そろそろ行くか」


「うん!」


 シラギクが完食したのを見届けてから、再び地上に向けての移動を開始する。

 道すがら遭遇したアンデッドを斬り伏せながら、フロアを歩いていく。このフロア自体はかなり入り組んだ迷路状にはなっているのだが、しかし行きに着けておいた痕跡を辿ることができたため、然程問題なく上層に向かうための階段に辿り着く。


「ここだな」


「ちなみに、あとどれくらいなの?」


「ええっと、今が八層目だから、あと七層かな」


 俺のその回答に、シラギクはゆっくりと首を傾げる。まあ、階層数だけ聞いても、具体的にそれがどれくらいなのか、多いのか少ないのかはわからないか。


「現在いる階層は、やや深めあたりだ。とはいえ、通常なら帰還が困難というほどではない」


 無論、現在は俺ひとりでの行動ではなくシラギクを伴っている。シラギクは戦闘はできないし、彼女の護衛が必要な以上、難易度自体は間違いなく上がっている。

 だが、それを加味しても帰還するだけであれば然程難しいというわけではない。


「送りの霊穴は奥地に進むほど、アンデッドの室が上がっていく傾向がある。だから、地上が近づけば近づくほど、移動が楽になる」


 この性質については、送りの霊穴に限らず、積層型の構造物でのモンスター全般に対しても同様の傾向はある。

 だが、その中でも送りの霊穴の傾向は、特筆して顕著である。


 まず、この極限の冷気。これは深層に向かえば向かうほどに寒さを増していく都合、アンデッドたちの身体の保存状態が良くなる。

 奴らの身体は既に生命活動を停止しており。そのため、本来であれば腐ってしまっている。

 だが、ここ送りの霊穴の、更にその深層部に於いては、身体の状態が比較的良いままに維持されていたりする。

 加えて、アンデッドにとっての思考力は、その身体への定着度合いによって変化する。

 だから、より長い時間同じ体を維持できた個体はより高い知性を有し、高位のアンデッドと成る。深奥に生息するアンデッドは奥まった立地故に外部からの存在に侵されることが少なく、より高位となりやすい。


 ついでに言えば、シラギクを救助する目的でここまで降りてきている都合、道中にいたアンデッドは倒してきている。

 それらのアンデッドも、時間経過を伴って復活してしまうものの、身体への定着度合いが復活前と比べて劣ってしまうために、基本的には復活前よりも弱体化していることだろう。


(まあ、絶対に、とは言えないんだけれども)


 こうした場所ではなにが起こるかはわからない。油断は禁物である。

 それに、基本的には、と言う言葉のとおり。イレギュラーな存在ももちろんいる。


 現在の位置から地上に向かう都合、行きで通った場所を基本的には帰りも通ることになる。

 アンデッドが復活してしまっていれば、その道程で戦った相手とは再戦することとなる。


 無論、そのほとんどは特段気にするほどに強い敵ではないのだけれども。


「……まあ、とりあえず上に昇ろうか」


 話ならば、階段を昇りながらでもできるだろう。

 石造りの段差に足をかけながら、ひとつひとつ昇っていく。


「そういえば、シラギクはどうしてこんなところに来てるんだ?」


「……えっ? あれ、なんでだろう」


 俺が話題のひとつとして気になっていたことをシラギクに投げかける。

 うむむ、と。考え込みながら彼女は首を傾げて。そして、わかんない、と。


「というか、最近の記憶があんまりない? んだよね」


「そうか。……じゃあ、どうやってここに来たのかはわからないのか」


「うん。ほんと、どうやってこんな危ないところまで私ひとりで来れたんだろう」


 それは、俺からしても疑問でしかなかった。

 俺も。そして依頼してきたアカネ自身も認めるほどに、ここ送りの霊穴は危険な場所だ。

 当然、普通ならばただの一般人が入って無事でいられるような場所ではない。


 それなのに。武器も持たず、防具も身につけていない。そんなシラギクが深層に踏み入れんかというほどの階層にいた事、そして無事であったということが、なによりも不思議でしかなかった。

 まあ、無事なことについては。それに越したことはなかったのだけれども。


「最近の記憶は覚えてないってことだけど、それよりも前のことなら覚えてるのか?」


「うん、それなら覚えてるよ。とはいっても、私はお姉様とは違って基本的には家の中でお仕事してるんだけどね」


「仕事?」


 シラギクの姉、アカネは聖女である。だから、普通に考えればそれに関するような仕事なのだろうが。生憎俺は聖女について全く詳しくないので心当たりがない。

 家の中でやれそうな仕事と考えると、例えば事務仕事とかそういうものが思いつきそうだが。しかし、シラギクのような小さな子が事務仕事のようなことをするのだろうか、と。

 そんなことを俺が小さくつぶやきながらに言っていると、シラギクは少しばかり笑いながらに違うよ、と。


 そう言いながら、彼女は自分の仕事の内容を話してくれる。

 それらの仕事内容に、聞き覚えがある。


「たしか、アカネもそういう仕事をやってるって言ってな。……いや。ということは、それって聖女の仕事なんじゃないのか?」


 聖女の仕事ならば、アカネがやるべき仕事ということになる。アカネはクソ女ではあるが、仕事を疎かにしたりするようなやつではないのは確かだった。特に、こと聖女である彼女自身に関わるようなことであれば。

 もちろん、シラギクはアカネの妹であるので、その手伝いをしているとか。そういう可能性もなくはないのだけれども。

 しかし、シラギクから返ってきた言葉は、俺が全く考えていなかった答えで。


「うん。だって私、聖女だもん」


「…………ああ、なるほど」


 むしろ、なぜ今の今までその可能性を失念していたのだろう。姉のアカネが聖女なのだから、妹であるシラギクも、同じくその格である可能性は十二分にあるだろう。


「まあ、そうはいっても。私は出来損ないの聖女なんだけどね」


 シラギクは、ちょっと悲しそうな表情を浮かべながらにそうつぶやく。


「出来損ない?」


「うん。私、お姉様みたいにいろいろできないし」


「いや、アイツはさすがに特殊すぎる気もするが」


 アカネはアレで、という言い方は悪いが、曲がりなりにも稀代の聖女と呼ばれるほどの人物だ。

 たしかに聖女と呼ばれる人物たちが奇跡のようなことを引き起こす力を持っていることは知られているが、その人それぞれでその程度は様々だし、アカネと比べるのはいろんな意味で無為であるように感じる。


「……でも、今まで誰かを助けたり。私はできたことないの」


 きゅっと、手を握りしめながらに、シラギクはそうつぶやいて、俯く。

 その手に握られたのは、はたしてどんな感情か。

 彼女の瞳には、いま、なにが写っているのだろうか。


「お姉様は、私に、あなたは凄い聖女だよって言ってくれるんだけど。でも、私は出来損ないだから」


「その、出来損ないってのは、アカネが言ったんじゃないんだな?」


「……ふぇ?」


 俺のその指摘に、シラギクは一瞬戸惑いながらも。コクリと頷く。


「なら、シラギクは凄い聖女なんじゃないのか?」


「でも――」


「俺は、アカネがそういうところで嘘を言ったりするようなやつじゃないと、思ってる」


 少なくとも、特にこと身内相手に対して、変に励ましたり元気づけたりするために、嘘で誤魔化したりはしない。

 アカネがシラギクのことを凄い聖女だというのならば、おそらくは、シラギクは本当に凄い聖女なのだろう。と、俺は思う。


 俺はアイツのことは嫌いだけども。でも、そういう側面だけは信用している。


「まあ、どう思いたいかはシラギクの好きなようにすればいいと思うけどな。下手な重圧は、自分自身を押し付けるだけだ」


「……うん。ありがとう、リンドウさん」


 少しだけ、考えが纏まったのだろうか。シラギクの顔が、ほんのり落ち着いたように見える。

 それを見て、俺は改めて前を向き直してから、階段を昇っていく。


 そうして、シラギクからはこちらの顔が見えないだろうということを確認してから。渋面を浮かべる。


 嫌な、立場だろうな。

 高すぎる壁を見上げるしかない、という境遇は。


「……もうすぐ七層目につくな」


 見上げた視線の先に、階段の終わりが見えてくる。


 階段を昇りきり、七層目に到着。まだ誤差程度ではあるものの、かなり寒さもマシになってくる。

 シラギクに体力の方は大丈夫かと尋ねてみると、元気よく返事をしてくる。どうやら、大丈夫らしい。

 時刻を確認してみても、まだ昼過ぎといったところ。昼食の携帯食料を渡すと、シラギクはやはり渋そうな表情をする。

 まあ、ずっと同じ味というものはどうしても飽きてきてしまうものだろう。俺はもう慣れてしまっているから気にならないが。


「……たしか、飴ならあったか」


「飴!」


 荷物の中を探してみると、予想通り飴が見つかる。

 少し前にアカネから貰った――もとい押し付けられたものだ。

 いらないと付き返そうとしたのだが、そのまま置いて帰られてしまって。仕方ないので、携帯食料が尽きたときの糖分補給の手段として持ち込んていた。

 携帯食料には、まだ余裕があるので俺自身は問題ないが。しかし、シラギクにとってはそういう単純な話ではない様子で。取り出した飴にとても興味を惹かれている様子だった。


 シラギクに飴をひとつあげると、彼女はまるで宝石を貰ったかのようにそれを嬉しそうにしばらく眺めてから、ひょいと口に含む。


 コロコロという小気味の好い音を鳴らしながら彼女が飴を舐めていると、少しばかり首を傾げる。


「おいしいけど、ちょっと味が薄いね、これ」


「そうなのか? 俺は食べたことないからわからないが」


 というか、普段からあまりそういう類のものを食べないから、そもそもの標準があまりわからないんだけれども。

 ただ、アカネが飴を置いていくときに、おいしいやつらしいよ、と。そう言っていたからてっきりおいしいものだと思っていた、……いや、シラギクもおいしいとは言っているので、そこには間違いないのか。


 まあ、味は薄いらしいが。とはいえここまで三食連続携帯食料のみで、どうやらさすがに辛いという様子だったシラギクからしてみれば、飴はとても好いものだったようで。口に含んでいる姿はとても嬉しそうだった。


「喉に詰めないように、気をつけろよ」


ふぁーふぃ(はーい)


 楽しげに飴を舐めているシラギクの様子を見つつ、俺たちは移動を再開する。


 八層目は、最初に来たときから再び訪れるまでの時間が短かったこともあってか、あまりアンデッドが復活していなかったが。

 しかし、さすがにここまでくると経過した時間が長いこともあってか、少しばかり再動しているアンデッドの量が増えている。


「……とはいえ、特異な個体がいるとか、そういうわけではなさそうだな。強いて言うなら、思っていたよりも復活のペースが早いくらいか」


 送りの霊穴という特殊な環境下だからか、アンデッドの蘇生が思っていたよりも早い。……が、今のところは、行きのときとほぼ同程度のアンデッドとしか遭遇していない。

 まあ、アンデッドの性質を考えれば、それが普通なのだけれども。


 しかし、だからこその懸念点もある。


 アンデッドは復活する。そして、再度襲いかかってくる。

 ということは、一度倒した敵と、再び戦わなければならない可能性があるということ。


 もちろん。八層目と七層目でのアンデッドの交戦量の差があるように、個体ごとに復活までの時間は違う。だから、倒したアンデッドが復活してしまう前に通り抜けてしまえば戦わなくて済む。


 基本的には、深層に向かうほどにモンスターの強さも増していく。だから、浅い層の敵ならば、多少復活したところで問題にならないことが多い。だが、あくまで基本。

 例外はあり得るし。事実として、在った。


 シラギクを伴っての護衛である以上、できれば交戦はしたくない。守りながらの戦闘となると、敵の驚異度も変わってくる。


(こればっかりは、運だよな……)


 ヤツが復活するよりも先か、俺たちが通り抜けるのが先か。

 できることとしておくならば、早いうちに通り抜けてしまう、というくらいだろう。特に、思っていよりも復活が早いようだし。


 無理なペースにはならないように気をつけつつ、少しだけ急ぎながら、六層目へと続く階段へと向かった。

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