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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
鳴り響く喝采の壇上で
32/43

#32

「しかし、君という人間は相変わらずというかなんというか。今も昔も、人の心にズカズカと踏み込んでくるのが好きなようだね」


「……別に誰彼構わずやってるわけじゃねえよ」


「おや? その言い振りだと私だからやっている、ということになりそうだけども」


 アカネのその表情はとても楽しげで。彼女がわかっていて言っていることは理解に容易い。


「つまり、君は私のことが好きなんだね」


「んなわけねーだろうが。論理が飛躍してやがる」


 ケラケラと笑いながらにからかってくるアカネ。先程の一件があったからか、互いの心情がある程度察せてしまう。


「そもそも、お前自身、あんまりそれを望んでないだろうが」


「まあ、あながちそれも間違いじゃないね。同時に、間違いでもあるんだけど」


 そのせいで、アカネが抱えている微妙すぎる恋情についても、思い知ることになってしまったのだけれども。


『……これについては、応えるも応えないも、君の自由でいいよ。それはそれとして、私は君にアプローチはするけどね』


 最後のそれはできればやめていただきたいのだが。まあ、それはそれとして。

 どうやら、このアカネというクソ女。今の人格と昔の人格が融合したことにより、些か厄介な感情を抱くようになってしまったというか。……いや、その感情自体は以前から抱いていたのだろうが。人格が混ざったがゆえに、その感情が恋情として発露した、というべきか。


「お前も、難儀な恋をしたもんだな」


「そう思うのなら、リンドウが応えてくれてもいいんだよ?」


 有り体に言えば、アカネは俺に対して恋情を抱いている。


「いや、どうやって応えろってんだよ」


 ただし、彼女が好ましく思っているのは。アカネのことを嫌っている俺であり。

 つまるところが、自身のことを嫌ってくれているから好きである、という。まあなんとも難儀で不毛な恋をしてしまったのである。


「全く。君が私の心の中に軽々しく踏み込んでくるからだよ。ちゃあんと責任を撮ってもらうからね?」


「……めんどくせぇ」


 とはいえ、その甲斐あってアカネの精神を持ち直させることができたので、その行動自体に悔いはないのだけれども。


「というか、さっきのアレはどうやって会話してたんだ?」


 どちらかというと聖女の権能。アカネが起こす奇跡に近しい現象であろうと、アカネに問いかける。

 俺のその質問に、彼女は数瞬目を丸めると。まるでその質問自体がおかしそうに大きく笑う。


「なんだ。まさか、リンドウ。気づいていなかったのか」


「いや、お前がなにかやったんだろう?」


 あれは、どう考えても理外の現象――聖女の権能に依るものである。なれば、引き起こしたのはアカネであろう。

 でなければ、道理が通らない、と。俺はそう主張するが。しかし、彼女は首を横に振る。


「むしろ、逆だ。私がやったという方が道理が通らない。あのときの私は君のことを拒絶しようとしていた。それなのに、なんで君が私の心に侵入してこようとするのを助けないといけないんだ」


「たし、かに。それもそうか」


 しかし、それでは結局誰がそれを引き起こしたのか。


 アカネでもなく、あのとき近くに聖霊スピリルはいなかったので彼らでもない。

 そうなると、その場にいたのは――、


「他ならぬ、君自身だよ。リンドウ」


「だが、俺にはそんなシラギクみたいな、誰かの心の裡を読むだなんてことは――」


「そういえば、シラギクが自分の力を制御できるようになってきた、というのを君も知っていたよね」


 唐突に、話が切り替わった。

 アカネは俺の前では、たしかに普段から変なことをすることも多いやつだし、突然に別な話をすることもあるような人物ではあるが。しかし、重要な話のときにわざわざ関係のない話を引き合いに出すような人間でもない。

 ということは、おそらくは関係のある話なのだろう。……実際、シラギクも聖女であり、そして現在話題に挙がっているような、心の裡を読むことができる権能を持つ。


 シラギクがだんだんと聖女としての権能を扱えるようになってきているのは俺も把握している。

 なにせ、別に知ろうとしなくとも、シラギクが嬉々として伝えてくるから。


「転機となったのは送りの霊穴だ。あの一件を境にして、シラギクは自身の権能のコントロールができるようになってきている」


「……それが、なぜだと思うか、という話か」


「うんうん。やっぱり君は察しがいいから話が早くて助かるよ」


 いつもの調子で、アカネがそう言ってくる。


 ……さて、なぜシラギクが自身の力を扱えるようになってきたのか、という話。

 かつての彼女は聞きたくない言葉までもを聞いてしまうほどに己の権能に振り回されていたのが、完全ではないにせよ制御できるようになってきている。


「順当に考えるのならば、シラギク自身が自身の運命に立ち向かう意志を――聖女として、自分自身の権能と向き合う覚悟を持ったから、だとは思うが」


「うんうん。それもたしかに要因のひとつだね。……あとはまあ、窮地での覚醒という側面もなくはないよ」


 あのときシラギクは、冥府の主の攻撃予測や本体の位置を探るために自身の権能をフル活用していた。

 そういう意味では火事場で扱い方を覚えて、それが一部平時にも反映されたと考えることはできるだろう。


 だが、アカネは「それだけではない」と、そう言う。


 送りの霊穴での一件が契機となっている――つまり、送りの霊穴で起こったこと、或いは、それ以前のシラギクにはなく、以降のシラギクにあったもの。あるいは、その逆。

 そういった要素が作用しているはず、だが。


「……思い当たりそうなものでいうならば、俺と出会ったことと。それから、シラギクが自殺を実行したこと、くらいしか思い当たらないが」


「うーん、両方とも当たらずとも遠からず、って感じだね。……しかし、前者については相変わらずというかなんというか」


 アカネにしては珍しく、同情のような感情を孕んだ表情を浮かべる。

 だが、なんとなく。その感情は俺ではない人物に向けられたものであるように感ぜられた。


「まあ、前者については私の口から言うことじゃないから留めておくとして、後者だね。こっちは、ある意味シラギクが自身の権能を制御できるようになった最大の要因と言ってもいい」


 そして、君が持つ疑問への回答でもある。と、アカネはそう言葉を続けた。


「まず、そもそもの話。シラギクがなぜ自身の権能を扱えていなかったのかというと。もちろん彼女自身の力量不足と言ってしまえばそれまでなのだけれども。最大の要因は、彼女の持つ権能があまりにも大きすぎたから」


 それは、そうなのだろうとは思っていた。実際、扱えていないということの方向性が、能力に振り回されているというものではあった。


「正直なところ、一般的な聖女が持っている権能程度なら普通に御せる程度にはシラギクの実力は伴っていたよ」


 聖女の力云々についてはあまり詳しくないが、アカネが言うのであればおそらくそうなのであろう。特に、シラギクについてはずっとそばで見ていたのである。


「それならば、シラギクの権能はどれくらいの大きさなんだ?」


「うーん、どのくらいの、と言われると。そもそも具体的な指標があるわけじゃないから難しいけれど。……そうだね」


 ジイッ、と。アカネがこちらの表情を確かめるように見つめてくる。

 まるで、これからの反応に期待を向けるかのようにして。


「私の持つ権能よりも、ずっと大きいとでもいえば、わかりやすいかな?」


「…………は?」


 耳を疑った。アカネの様子が露骨であったので、どうせ驚かされるようなことを言われるのだろうと構えていたのだが。その予測すら上回って、頓狂な声を出してしまう。


「冗談、キツイぞ」


「冗談じゃないのよね。これが」


 ふふふ、と。笑ってみせるアカネ。

 その調子はこちらをからかうときのものとは近しいが。だが、たしかにその視線は嫌に真っ直ぐこちらを見つめている。冗談のそれでは、ない。


「シラギクが魄の聖女の権能を持っている、という話は知っているね?」


「……ああ、お前が魂の聖女でシラギクが魄の聖女、だろう?」


「ええ、そうね。だからこそ、私は魂に対して干渉をすることができる」


 それこそ、一時の気の迷いであり、同時に覚悟を伴っていたシラギクの死に対して。この世の摂理を嘲笑うかのように。拍手を以て誘導するという、ただそれだけのことでこちらの世界へとその魂を引き戻してみせたように。


「そしてシラギクは魄――肉体に対して干渉を行うことができる。無論、その範囲は他者の本音を聞くことができるだなんてチャチな能力じゃあない。それは、あくまで副次的な効果に過ぎない。シラギクの権能の本懐は、形を有するものへの直接的な干渉」


「……は?」


「そうだね。たとえば、彼女が本当に力を扱えていたならば。触れるだけで病を治すことも、豊作を齎すことも、晴雨を自在に操ることもわけないだろうね」


 もし、そんなことができるのならば。できてしまうのならば。

 それこそ、シラギクがふたり目の稀代の聖女となりうるだろう。


 ……いや、なり得るのだ。

 むしろ、この点に関しては。どちらかといえば、アカネが干渉できていたのが異常なのだ。


 病が気から――精神の持ちようから良好や悪化するともある。

 聖霊スピリルのような、確かに有形とは言い切れないような存在に干渉することで、大地を豊穣に向かわせたり、天気の如何を御することもある程度はできるかもしれない。


 アカネは、そういった精神や概念に対して、己の権能を強引に解釈することにより、聖女としての務めを果たしていた。

 それ自体に、間違いはない。

 だが、それだけでは、全ては叶わない。


 アカネが行えるのは、あくまで向かう方向性の指示。


 シラギクの魂に対して誘導はしたものの、直接的に蘇生などは行えていないように。

 あくまで、その身を復活させたのは、シラギクの意志であったように。


 アカネの権能は、直接にこの世界に干渉することはできない。


「やっと気づいたかい、リンドウ」


「ああ。お前がどうしてシラギクが死ぬことを赦さなかったのか、ということも含めてな」


「全部の力がシラギクのもの、というわけじゃあない。でも、私の独力からやれたことというわけでもない」


 アカネは、魂の聖女だ。無形のものに対して、干渉することについては随一の能力を持つ。

 そして、シラギクには。聖女としての、とてつもない権能が宿っていた。本人では御しきれないほどに。無形の、力が。


「可能な限りは、自らの力で解決していたけどね。どうしようもないときは、借りることもあった」


「そんなことが、できるのか?」


「普通の聖女同士なら無理だろうね。でも、私たちは普通じゃなかった」


 片や、曲解した解釈で奇跡を引き起こし続けてきた聖女。

 片や、力を万全に扱えていないだけで、世界のありとあらゆる存在に鑑賞しうる聖女。


 片や、無形の存在に対しての干渉をこの上なく得意とする聖女。

 片や、その身に余りある権能を身に宿したために、力を放出し続け、振り回された聖女。


 アカネは、シラギクから漏れ出たその権能を。

 少しばかり、拝借して。そして、自身の力ではどうにもならないときに使っていたのだ。


「軽蔑したかい?」


「……いいや。シラギクを穏やかに眠らさせてやらなかったことには、思うところはあるが。それ以外については特に」


「ふふふ。君ならそう言うと思っていたよ」


 穏やかに笑いながら、アカネがそう言う。

 その表情は、安堵の発露であろうか。


 先程から、少しずつではあるが、アカネの感情が表に出てきているように思える。

 彼女のことを神格化して見ていた人物からしてみると、あまり好ましくない変化かもしれないが。そういった表舞台ではきっと変わらず今までの演技をしてみせるだろうし。こうした感情を見せることは、気を休めているときと切り替えるだろう。アカネとは、そういう人物である。

 それに、そういう変化については、俺も好ましく感じる。


 彼女の幼い見た目も相まって、かつての彼女が少しだけ戻ったような、気がして。


「……いや待て。魂の聖女の権能では、誘導はできても直接的な干渉ができないというのならば。お前はどうやって幼い(その)姿になったんだ?」


 ここには権能の供給源(シラギク)がいない。そうでなくとも、シラギクの権能は扱えるようになってきた――つまり、漏れ出る量も減ってきているはず。

 それならば、彼女はどうやって。その姿を幼く変貌させたのか。


「もちろん、自分の身体だから勝手が好い、というのもあるけれど。一番大きな存在は、君だよ」


「……俺?」


「ええ。君という供給源がいなければ、ここまで大掛かりなことはできなかった」


 どういうことだ、と、そう感じる一方で。

 少し、思うことがある。


 先程、引き起こしたアカネとの言葉を介さない意思疎通。

 聖女以外入れないはずの聖域に、なぜか入れているということ。


 そして。俺の質問に対する、アカネの話の方向転換。


「いるだろう? シラギクが最も魂を――権能を放出したときに。その権能に曝露した人物リンドウが」

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