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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
鳴り響く喝采の壇上で
24/43

#24

「ふんふふんふふーん」


「…………」


 幼いままの姿のアカネを伴いながら、俺は聖域の中を歩いていく。

 隣を歩く彼女はまるで子供のように無邪気な様子で鼻歌なんかを歌いながら、上機嫌そうに振る舞っていた。

 ……いや、上機嫌なことは事実なのかもしれない。ただ、無邪気そうなその様相については、おそらく演技であろう。今のアカネが無邪気な性格をしているとか、冗談も休み休みにしてほしい。


 アカネとのやり取りから、今回彼女が成し遂げた若返りについては、ひとまず、元のアカネの精神のままであろうということは確認できている。


 と、いうか。アカネ曰く「身体に対して幼くあるようにお願いしただけ」とのことであり、影響を与えているのは身体だけなのだという。まあ、その証言がどこまで真面目に答えていて、どこから適当に言っているだけなのか、の判断はつかないが。


 ちなみに、戻れるのかと聞いたところ、戻れる、らしい。

 だが、戻る気はないとのことで。アカネは「せっかくリンドウの好みになったんだ、胤を分けてもらうまではこの姿でいるつもりだよ」なんて言っている。だから、別にこの姿が好みというわけではない。


 ……まあ、有事の際に、大人のアカネであれば彼女を抱きかかえながらに逃走するというのは少々不都合が大きいが、子供の姿である現在ならば、最悪小脇に抱えて逃げるということができる。そういう意味では、たしかに都合が良くはあるが。


 それを伝えたら「リンドウったら、素直じゃないんだから」なんて言われてしまった。……だから、そういう趣味はないんだと何度言えば。


「とはいえ、街に帰るまでにはその姿をなんとかしてもらわないといけないんだが」


「つまり、街に帰る前には子作りをしてくれるんだね?」


「んなわけねーだろが。ただ、その姿のままで民衆の前に出るわけにはいかねえだろ?」


 アカネのこの姿――子供の頃の姿については、無論、知っている人間のほうが多い。なにせ、アカネは小さな子供の頃から聖女として活躍していたし、その頃合いから既にその時代のどの聖女よりも優れていて。

 稀代の聖女という呼び名がつけられるようになったもの、その頃合いであったことからその優秀さは伺える。

 それゆえに、子供時代のアカネの姿についても非常に有名であるために、この姿であっても俺が彼女を帰還させれば、いちおう、俺の任務としては達成されることとなるだろう。

 ただ、その一方で。つまりはこの姿の少女がアカネである、ということが容易くバレてしまうということであり。いったい聖域で何があったのか、という話題になってしまうことは想像に難くない。


「まあ、普通に事情を説明すればいいんじゃないかな?」


「…………どういうふうに」


「経緯そのままに、リンドウの好みになるために姿を変性させた、と」


「最悪な説明をやめろ」


 俺の反応に対して、アカネが楽しげに笑う。

 間違いではないだろう? なんてそう言ってくる彼女。……たしかに経緯としては正しくはあるが、どう考えても俺への風評被害がでかすぎる。加えて、あらぬ誤解が植え付けられかねない。


「だが、衣服がこうなってしまっている以上、この姿で帰る他ない、というのもそうじゃないか?」


「…………」


 アカネの現在の服装は、着てきていた真っ白い聖女の装束……を俺が改造したもの。

 金糸による丁寧な装飾などが施された、質素でありながらもどこか豪奢な雰囲気を感じる、不思議な装束ではあったが。そんな意匠などはすべて無視した上で、今のアカネの身体に合うように、手持ちの裁縫道具で無理矢理に改造したのである。

 アカネからは「よくそんなものを持っていたものだね」と言われたが、探索中に破損した衣服などを自分自身で補修することはしばしばあるので、最低限程度の道具はカバンの中に入れてある。まあ、それほど頻繁に使うものでもない、はずだったのだが。前回のシラギクの件と今回のアカネの件と、直近ではとても活躍してくれている。……もう少し、ちゃんとしたものを入れてもいいのかもしれない。


 そういう都合で、アカネの現在の衣服は強引な改造を施された子供サイズのもの。最低限の道具しかなかった都合もあり、お世辞にも理に適った改造とは呼べないものになっていて、まさしく間に合わせでしかない。

 糸などを切れば、いちおうは元のサイズに戻りはするだろうが、衣服としての体裁を為したものにまで戻せるかというと、正直自信はない。


 つまり、この衣服はもう、この子供サイズとしての形を保つのが限界、というわけであり。


「はっ、もしかしてリンドウは私に対して生まれたままの姿で皆の前に出ろ、と。そう言うんだね?」


「そんなつもりで言ったわけじゃねえ!」


「さすがに多少憚られる気持ちも無くはないが、リンドウがそういうのであれば裸くらい――」


「俺が悪かったから、一旦その姿のままでいてくれ!」


 俺のことをからかうことができてご満悦のアカネ。相変わらずのクソ女である。

 下手な言葉をいうと掬われるし、下手な言葉を言わなくても勝手に解釈される。

 ある意味慣れてきたいつものことに、一等大きなため息をつく。


「おや、なにか心配事でもあるのかな? 私に相談してくれてもいいんだよ?」


「わかってて言うんじゃないよ、ほんとに」


「ふふふ。……っと、危ない」


 こちらの顔を伺うために覗き込んできていたこともあってか、アカネは足元の木の根に足を引っ掛けて転びかける。

 すぐさま体勢を整え直したようだが。

 しかし、どうしてだかアカネは、そんなことがあった直後だというのに俺の顔を見ると、ニヤッと嫌な笑い方をしてくる。


「どうしたんだよ、そんな笑い方をして」


「いや、お優しいことだなあ、って。リンドウにしては」


「はあ? ……あっ」


 言われてから、自覚する。

 俺が、転びかけたアカネに向けて、その身体を支えようと手を伸ばしていたということを。

 結果的にいえばアカネが自力で体勢を整え直したので、この手については不要ではあったのだが。しかし、この場においては、それ以外の意味を持ちかねない。


「ふむ、わざとそのまま転ぼうとしてしまったほうが、君に助けてもらえたということか。これは失念したな」


「いや、これは――」


「普段ならば私が転びかけたとしても一切手を出さないであろう、君が。この姿の私相手ならば手を差し伸べるのだな」


 そういうつもりでやった、という自覚などがあるわけではないのだが。しかし、現実に俺が手を伸ばしてしまっている以上、一切の弁論ができない。

 実際のところでいうと、普段のアカネに対して、転びかけたとしても手を出さないのは大丈夫だろうというある種の信頼があるからで……まあ、そもそもアカネが転ぶということがないことではあるだろうが。

 ……そして、今のアカネに手を伸ばそうとしてしまったのは、どこかシラギクの姿がチラついてしまったから、という側面がありはするのだが。それを言うと、また厄介なことを言われかねないので、黙っておく。


「つまり、もう一度転べば」


「やめろ、面倒くさい」


 わざとそんなことをするんじゃあない。敢えて見過ごすぞ。


「……その服だと、多少歩きにくいだろうからな。改造したのは俺だし、いくらかの責任は感じている」


「まあ、たしかに普段と身体の大きさなんかが違うから、動作の体感と現実の動きとにいくらか違和感があるというのは事実だね」


 先程、アカネが転びかけたのも、そういう都合があるのだろう。もちろん、余所見していたというのもあるが。それだけで危うく転びかけるようになるようなやつではない。


「……ほら」


「おや、この手はなんだい?」


「お前のことだから、ここまでの話の流れでわかっているだろうに、わざわざ聞くんじゃねえよ」


「……これだから、リンドウは女心がわかっていないと言われるんだよ?」


 そんなことを言ってくる相手がそもそもいないがな。と、そう答えを返すと。なにを。ここにひとりいるじゃないか、と言われてしまう。


「ほら、ちゃんと。なにを握るための……なにをするための手なのかを言ってくれないと」


「やっぱりわかってるだろう」


「アカネ、ちっちゃい子だから、わかんない!」


 わざとらしく、あどけない声を演じてそう言ってくる。本当に、このクソ女は。

 精神が元の大人のアカネのものであると言うことは既にわかってるんだよ。


「手を、握れ。その身体じゃあ危ないから、繋いでいてやる」


「……まあ、満点ではないにせよ、リンドウにしては及第点かな」


「なんだ? いらないのなら、引っ込めるが」


「いいや、繋がせてもらうよ、……なるほど、この姿であればリンドウからこんなふうに優しくしてもらえるのか。覚えておこう」


 ……いらぬ節介を焼いてしまったかもしれない、なんて。既に言葉と動作が出てしまっている以上、もはや取り消すこともできず。

 きゅっ、と。小さなアカネの手のひらが俺の手を握りしめる。


「やっぱり、そういう趣味があるんだね?」


「だから、そういうわけじゃねえって言ってるだろ」


 帰るまでに、何回この説明をしないといけないのだろうか。

 ……いや、帰ってからも、まだしないといけないかもしれないんだった。諸々の報告までにこのアカネの姿を見られた相手にはたしてなんて説明したものか。


(……しかし。本当に、似ている)


 今回の現象について、アカネは身体に対して幼い姿になるようにと語りかけた、と言っていた。

 それゆえに、単純な若返りではなく、身体的な限界……いわゆる寿命などについては変化がない、と言っていた。

 いわば、子供の姿を模倣させているだけに近いのだとか。


 その一方で、俺がアカネのこの姿を見て若返りということを思ったように。彼女が模しているその姿は、アカネの子供の頃の姿、そのまま。

 俺が。かつて彼女と出会った、その時の姿と。ほとんど同じ。


 違うところがあるとするならば、彼女の雰囲気であるとか、そういうところだろう。


「なんだい、リンドウ。また私のことを見つめて」


「……なんでもない」


「ふむ、少し返答までに時間がかかったな。さては性交渉にどうやって及ぼうか考えていたのかな?」


「そんなわけねえだろ」


 少なくとも、この姿の頃のアカネは、こんなことを言うような人間ではなかった。はずである。


 どこでどうやって変わってしまえば、こうもイカれた女が出来上がるのか。本当に、疑問であり不思議なものである。


「ところでアカネ。聞きたいことがいくつかあるんだが」


「ほう、私の現在の身体のサイズかな? さすがに正確な数値は測ってみないとわからないが――」


「それは別に気になっていない。俺が気にしているのは、今遂行している依頼のことだ」


 現在、俺はアカネのことを護衛する、という名目でこの場に来ている。非常に不本意ではあるが。

 だがしかし、仕事である以上、きっちりとこなさなければならない、というのが俺自身の矜持ではあって。


「聖域は、聖女しか入らないわけだよな?」


「もちろん。入らないというか、入れないのが原則だからね」


「……聖女って、俺は詳しく知っているのがアカネやシラギクだけなんだが。一般的にはちゃんと戦えるものなのか?」


 シラギクはまだ未熟である、と聞いていたので除外していいとして。目の前にいるアカネは元より規格外なので参考にならない。

 それゆえに。実質的には、俺は現在聖女について詳細に知っているとは言い難い。戦闘能力なんていうコアなものなんて、以ての外だ。


「んー、無理な子も多いだろうね。そもそもそういう業務は無いことがほとんどだし」


「だよ、な。……うん、ならこれは、勘違いか」


 コクコクと納得しながらに頷いている俺を、不思議そうな視線でアカネが見上げてくる。


「参考までに、なにに対して勘違いをしていたのかを聞いてもいいかい?」


「ああ、さっきから敵意を向けている存在が近づいてきているような気がしていたんだが。どうやら気のせいだったみたいだ、と」


 戦闘の能力が無い聖女たちが単身で踏み入ることもあるはずの聖域が、特段こちらから仕掛けたわけでもないのに攻撃を受けかねないような危険地帯であるはずがない、と。そんな予想を混じえながらに説明する。

 だがしかし――、


「その、リンドウの感じている気配ならば、間違いじゃないよ」


「……は?」


「たしかにリンドウが言うように、ここは聖女が踏み入った程度で敵意を向けてくるような存在はいない。けれど、今はそうじゃない」


「おい、まさか――」


「ああ、そのまさかだね。現在は異分子である君がいて。ついでに、そんな状況で当該の異分子が性交をするだとかしないとか話している。そんな状態で警戒されないほうが変な話だとは思わないか?」


 それは、そうだけども。


「性交云々がどうとか言い出したのはお前だろう!」


「そんなことを相手方が気にすると思うかい?」


「思わないね!」


 あはははははっ! と。とてつもなく楽しげに笑ってみせるアカネ。


 それとほぼ同時。こちらに存在がバレていると勘付いたのであろう、敵意を向けていた存在が急接近をしてくる。


 ほんと、このクソ女はッ!

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