#20
パチ、パチ、パチ、と。つたないリズムで打ち鳴らされるその音に。俺は、思わず振り返ってしまう。
そうして捉えた視界には、ぎこちない動きでその両の手を打ち合わせているシラギクの姿。
「シラギ――」
「ねえ、リンドウさん」
俺が彼女の名前を呼ぶよりも早く。被せるようにして、シラギクが名前を呼んでくる。
依然として、シラギクは動作を止めないままで――、
「私。ちゃんと拍手、できてるかな」
シラギクは。そう、尋ねた。
いつか、尋ねてきたような、その質問を。
それは。あくまでシラギクがキチンと腕が動くか、の。その確認の一環として行っていることでもあり。
同時に。先程は右腕が無かったためにできなかった俺への賛辞を、今、遅れながらに行おうとした、その現れでもあるのだろう。
だがしかし。シラギクにとっては。そして、俺にとっては。ただそれだけの意味には、とどまらなかった。
近くにいた警備の人間などは、シラギクの行っている行為に、疑問からくる困惑などを見せている姿もあった。
彼らのその疑問については、決して否定ができるものではない。
「……いいや。一般的な回答とするのならば、できてないと言わざるを得ない」
なにせ、シラギクは正しく、拍手できていない。
「そっか。……やっぱり、できてないか」
そして、同時に。シラギクはそれを知覚できていない。
事情を知らないものからすれば。そんの奇特な状況を見せられているのだから、疑問を浮かべるのは自然なことではある。
どこか悔しそうな様子を見せながらに、シラギクは自身の行っている拍手へと視線を落とす。
そうして、諦めたように。その手を止めようとした彼女に。「だが」と、俺は言葉を続ける。
「俺個人としては。立派な拍手であると、そう感じる」
「……えっ?」
たしかに、正しい拍手ではない。シラギクが行っているのは、手のひら同士を打ち合わせるという行為ではない。
だが、それと同時に。かつての彼女が行っていた、死者の拍手――手の甲同士を打ち鳴らす、というものでもない。
シラギクが行っているのは。右の手の甲と、左の手のひらをぶつけ、音を鳴らす、というもの。
ひどく、いびつな、拍手であった。
けれど、いびつであろうとも、不格好であろうとも。
シラギクが、みにくくとも必死に足掻き、抵抗して。
死した魄では、正常な拍手をできないと、そうわかっていても。
できなかったならば、改めて、自身が死んだ存在なのだということを突きつけられると。そう、自覚していながらに。
それでも彼女は拍手する。
たしかに、シラギクの身体は死んでいる。それは、間違いのない事実。
だが、それと同時に。シラギクの意志は。彼女の魂は生きることを諦めなかった。どれだけ痛い未来が待っていようとも、どれだけ苦しい将来が待ち受けていようとも。それでも、生きるということを、彼女は選んだ。
死んでしまった身体でなお、生き続けるという彼女の決心が見せた、精一杯。
手の甲と手のひらを打ち鳴らす、半死半生のちぐはぐな拍手。
「少なくとも。雑多な民衆からの拍手よりも。シラギクからのいびつな拍手のほうが、俺はよっぽど嬉しいと感じる。それじゃあだめか?」
「……そっか。うん、そうだね」
どこか救われたような、そんな表情を浮かべながらに。シラギクは、そうつぶやいた。
送りの霊穴を脱出してからの顛末は、思っていたよりもあっけらかんとしたものではあった。
とはいっても、普通に馬車で移動をするだけのことではあるし。そうなるのも当然といえば当然ではあった。
強いて言うなれば、ふたつほど懸念点がありはしたが。
ひとつめ、送りの霊穴からの追手がやってくるのではないか、ということ。
激戦を経て送りの霊穴からの脱出を果たしたシラギクではあるが。そもそも冥府からの脱走者であるということは依然として変わりはない。
なれば、追手が来てもおかしくはないとは思っていたのだが。どうにも、杞憂であったらしい。
最初は地上の時間帯が昼間であるために追いにくいなどの事情があるのかもしれないと思っていたが、夜になってもその素振りはなく。冥府の主を斃したということも関係しているのか、どうやら追うのを諦めてくれた……と判断していいだろう。
もちろん、一切の警戒を解くのはマズいとは思うが。
そしてふたつめ、シラギクの身体が地上の気温に伴って腐敗していかないか、ということ。
これについては、今のところは大丈夫、という見解ではある。
シラギクからは「全身が少し痛む。右腕はちょっと強め」との事情を聞いている。
右腕のみ状態が少々進行しているのを見る限り、おそらくは身体の腐敗に伴うものなのだろう。
本人曰く、ちょっと痛い程度であるし、元より覚悟の上で地上に帰ることを決めたのだから大丈夫、とのことだが。念の為に、アカネになんとかしてもらうべきではあるだろう。身体の腐敗など、しないに越したことはないし。……おそらく、アイツならなんとかできるだろうし。
「……あの、ね。リンドウさん」
もう少しで街に着く、という頃合いで。ふと、シラギクが言葉を切り出した。
「なんだ、シラギク」
「その、ええっと……」
シラギクは、どこか恥ずかしそうに顔を赤らめながら、リンドウから視線をそらす。
発言の内容もどこか要領を得ないままにシラギクはしばらく思い悩む。カラカラという車輪の音だけがよく聞こえる。
どうにも、なぜか恥ずかしがったり悶たりしていたシラギクではあったが。しかし、言わなければならない、と。ひとつ、思い切りに覚悟を決めて、
「送りの霊穴の中で、私、リンドウさんに依頼したでしょ?」
「ああ、たしかにしたな」
シラギクからの依頼。「私と一緒に生きて」という。あのときの状況を考えるのならば、あまりにも投げやりで、横暴で、無茶苦茶な依頼。
「それで、その。私は他になにも渡せないからって、その……報酬を……」
「ああ、たしかに言ってたな。シラギク自身って」
「――ッ!」
俺が確認をするようにそう答えると、彼女はより一層顔を真っ赤に染める。
ああ、なるほど。このことを恥ずかしがっていたのか。
「安心しろ、シラギク。その報酬は払う必要がない」
「……へ?」
「無論、依頼に報酬は必要ない、などということを言うつもりはない。仕事には対価があって然るべきだ。その前提は崩すべきではない」
だがしかし、シラギクが自身をと提出したのは、あくまで成功報酬。
そして、シラギクからの依頼は、シラギクと一緒に生きろ、というもの。
「期間が未指定……つまり、まだ未達成だ」
あえていうならば、今現在も並行して進行している、というわけである。
「……あれ、でもそれって」
「ああ、破綻してる」
シラギクの言葉に、俺は頷く。
期間が指定されていない以上、依頼の文言をそのまま解釈する必要があるが。
そのまま真っ直ぐに読み取るとするならば、シラギクか俺のどちらかが死ぬまで、共に生き続ける、ということが依頼の達成要件ということになる。
そう。極端な話。あのとき、冥府の主に殺されていたとしても。ある意味では任務達成、という見方もできなくはなかった。……もちろん、それで俺やシラギクの感情が納得するか、ということは抜きとして。
そして、報酬についても。任務が達成される、ということはすなわち、報酬であるシラギク、あるいは報酬を受け取る俺のどちらかは、既に死んでしまっているわけで。
つまるところが、依頼を達成しても意味がないし。失敗という概念の認識も難しい、という。まごうことなき、破綻した依頼だった。
「破綻してるってわかってたのに、どうしてリンドウさんは私の依頼を?」
「……さあな。極限状態で頭が回ってなかったから、判断を誤ったのかもな」
本音か、誤魔化しか。俺はそう言いながらにシラギクの頭に手を置き、やや煩雑気味に撫でる。
恥ずかしさと、感謝とを乗せながら。
「そういうわけだから、この依頼についてはここまでで中止ってことだな」
「……えっ?」
「まあお互いに、わざわざ破綻した依頼を続ける必要もないだろうしな」
任務の実態も、報酬も。そのいずれもが確からしさを伴わない。
それを引き受けて。あるいは、続けるというのならば。そこにあるのは――、
「ねえ、リンドウさん。続けちゃ、だめかな」
「……シラギク?」
「任務。私は、続けたい。……ほ、ほら。私って今でも身体がどうなるかわかんないし。今までみたいに。……ううん、今まで以上に、周りからの圧が強くなるだろうし。その中で、どうしたらいいかなんて、私にはわからないから」
だから――、と。シラギクはぐるぐると回る思考の中で、ひたすらに自身の感情を、想いを、言葉に乗せる。
「なにかあったときに、リンドウさんのことを、頼っちゃ、ダメかな。逃げちゃ、だめかな」
「…………全く。お前ら姉妹というやつらは」
面倒な依頼ばかり持ち込んでくる、と。
今ここにいるはずもないアカネの顔を思い浮かべながらに、俺は小さくつぶやく。
「わかったよ、続けてやる。……シラギクが生きるという選択を取った、その責任の半分くらいは俺にもあるしな」
「――っ! ありがとう、リンドウさん!」
パアアッ、と。明るい顔を浮かべながらに、シラギクはそう言って、抱きついてくる。その瞳には、涙が浮かんでいる。
そういえば、シラギクの涙を見るのは初めてか。今まで極寒の地にいたからなのか。それとも、シラギクが生きるという意思を持てるようになったからなのか。……後者ならいいな、と。少し、そう思った。
まあ、面倒ごとが生まれたのは間違いないのだが。ひとりがふたりになるだけで、今更だろう、と。半ば諦め気味な気持ちを浮かべながら、俺はシラギクの頭を撫でた。
「やあ、失礼するよ」
「……帰れ。そういう気分じゃない」
「まあまあ、いいじゃないか」
問答無用、といった様子で。アカネが家に侵入してくる。
俺がダイニングテーブルに突っ伏していると、その対面――いつもの席にアカネは腰を下ろし。こちらのことを伺ってくる。
「ひとまず、依頼の達成について、ありがとう、と。そう言わせてもらおう。難しい任務だとは思っていたのだが、やはりリンドウならやり通してくれる、と。そう思っていたよ」
含みのある笑顔を浮かべたままで、アカネはそう言ってくる。
「まさか、分身体だとはいえ、冥府の主まで斃し切るとはね。任務を遂行するときの君の底力には、いつも驚かされるよ」
まるで見ていたかのように。いや、なんなら直にその場にいた俺たちよりも詳しいと言わんばかりに話してくるアカネ。
だが、実際にあの場にいた、というわけではない。コイツの権能を以てして、識ることができている、というだけ。
しかし、分身体だったのか、と。少々の驚きと大きな納得を伴って彼女の言葉を受け取る。
本体が出てこれない、というのは道理だろう。当人は冥府を調ずる必要があるわけで、そう易易と出てこれる存在ではない。不在時に、冥府でなにが起こるかがわからないし、万が一に当人になにかがあったら、それそこ、冥府の氾濫が起きる。
しかし、あの強さで分身だった、と。その事実に、戦慄もする。シラギクの力を借りながらに、死に物狂いで戦って、やっとであったというのに。
「なんだ。もう少し喜んでもいいだろうに。分身体とはいえ、死神に等しい存在を下したんだぞ」
不思議だ、と。そう言わんばかりにアカネはそう言ってくる。
たしかに力自慢をしたい野郎どもなのならばとてつもない勲章なのだろうが。あいにくそういうものには興味はないし。それ以上に、思い悩んでいることがある現状、感情が振れない。
「まあ、いいさ。今回、リンドウは想像以上の働きを見せてくれたからね。せっかくだ、正規の報酬の他に、みっつ、君からの質問に正直に答えよう。きっと、リンドウが今欲しいのは、そういうことだろう?」
「……よくわかってるな」
「ふふふ、これでも君とは長い付き合いだからね」
こちらからしてみれば、嫌な意味での長い付き合いだが。
「さあ、なんでも聞くといい。バストサイズでもヒップサイズでも。なんだって答え――」
「どうして、俺だった」
ふざけた言葉を連ねるアカネを遮るようにして、俺はそう、短く答えた。
「どうして、俺に向かわせた。実力という意味ならば、俺よりも適任がいただろう」
少なくとも、シラギクを帰還させる、という目的だけならば別に適任はいた。生存させた状態の場合は同じく冥府の主に追われることになったかもしれないが。しかし、単独で任務にあたる俺よりかは、チームで対応できる奴らのほうが絶対的に有利であり、成功可能性も高かったはず。
ジロリと、俺はアカネをにらみつける。
彼女はそんな視線を微塵も気にしていない様子で。一切表情を変えずに答えを返す。
「まあ、もちろん実力も項目にはあったけど。なによりも、君は私のことを嫌ってるからね」
「……お前を?」
「うん。あれだけシラギクと一緒にいたのだからあの子の権能については気づいてると思うけど。それがあるから、私のことを信奉してる奴らは不適格」
それは、たしかにそうなのかもしれない。
シラギクが立ち上がり、現実に向き合うには。アカネへの依存を断ち切る必要があった。
だが、彼女のその権能を加味するならば、他の人物では、アカネの正当性を否定できない。口先だけならばともかく、心の裡が否定できない。
「これでひとつめ。それじゃ、次はなにかな?」
「どうして、シラギクを死なせてやらなかった」
逃げて、逃げて、逃げて。極限まで逃げたシラギクを。
アカネは、引き止めた。
それが、どれほど残酷なことであったか。
痛む胸を抑えながらに俺が尋ねると。しかし、彼女はひどくあっけらかんと答える。
「単純な話だよ。シラギクには、やらなければならないことがある。だから、勝手に死ぬなんてことをしてはいけない」
「……ああ、そうだったな。お前は、そういうやつだ」
「才あるものは、弱きを救けなければならない。それが、才を持つものの責任だ。シラギクも、魄の聖女の権能を持つのだから、例外ではない」
それがさも当然である、と。そう言わんばかりに。真っ直ぐな声音でアカネは言う。
いや、彼女にとっては、まごうことなき、本音なのだろう。
「君も知ってのとおり、ね」
「…………」
これだから、クソ女は苦手だ。
「それじゃあ、最後のひとつ。よーく考えて、質問してね」
「考えなくとも、決まってる。……どうやって、シラギクを蘇生させた」
「そんなこと? もっと面白いことを聞けばいいのに」
「そんなこと、ではないと思うが。死霊術は正教会では禁術だろう」
曲がりなりにも聖女たるアカネがそんなことをしたとは思えない。だからこそ、それがひたすらに疑問だった。
「単純な話だよ。ただ、こうしただけ」
アカネはそう言うと、両の手を真っ直ぐに前に伸ばして。
パチ、パチ、パチ、と。手の平を打ち鳴らした。
「私はたた、シラギクの魂に向かって。こっちにおいで、って。そう、しただけ。死霊術なんて、そんな恐ろしいもの、手を出してないよ」
ふふふ、と。楽しげに笑いながら、アカネはそう言った。
ただ、それだけ。たしかに、それだけではある。
たった、それだけで。それだけの、ことで。
「――ッ」
込み上げて来る感情を、無理矢理に抑えながら。
立ち上がってしまいそうなほどの衝動を、上から押し付けながら。
「そう、か」
「うん。そうだよ。私はただ、拍手をしただけ」
なににも頼れず、苦しみ、嘆き。それでも解決されず。
そうして頼った死という藁を掴んだシラギクに向けて、それがどれほどに残酷なことであったかを、アカネとて、理解していないわけではないだろうに。だが、しかし――、
それでも彼女は拍手する。
それが、シラギクにとって必要なことだから、と。シラギクが、責任から逃れることは、赦されることではない、と。
だからこそ、こちらに帰ってこい、と。ただ、それだけのためだけに。
「……ああ、やっぱり。お前はクソ女だ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
アカネは小さく笑いながら、そう言う。
「これでみっつだね。それじゃあ……と」
やるべきことを成した、とでも言いたげに。満足そうな様子でアカネは椅子から立ち上がる。
しかし、そのまま家の外に出ていくのかと思えば、くるりとこちらを振り返ってくる。
「最後の質問が、思ってたよりも単純だったからね。特別に、ちょっとだけサービス」
「……こちとら、そういう気分じゃないんだ。最初にも言ったが、さっさと帰れ」
「まあまあ、君のその不機嫌の理由なら理解してるからね。それだけ、解消してあげようと思って」
悪い話じゃないでしょ? と。アカネは不敵な笑みを浮かべながらに近づいてくる。
「悩んでるんでしょ? 自分の行いが、正しかったのかって」
「…………」
「シラギクを、あの場で……いや、正確には。シラギクの魂が生死の狭間で揺蕩っているということを察知した時点で、しっかりと殺し直してやるべきだったのか、ってね」
図星だった。送りの霊穴から脱出して……いや、送りの霊穴の中にいる頃から。そして、ここに戻ってくるまでの間。ずっと、思い悩んでいたこと。
俺の判断は、正しかったのか、ということ。
ただ、シラギクに俺のエゴを押し付けただけなのではないか、ということ。
「まあ、出会ってすぐの頃やそれからしばらくの間であるならば、殺し直してあげるのが合理的だっただろうね。苦しいことを思い出すよりも先に、気づかないうちに、冥府に送りなおしてやるべきだった」
でも、君はそうしなかった。と、
「……ああ、そうだ。迷った。わからなくて、後回しにした。だから、結果的に、こうなった」
ひとえに、俺が弱かったから。ひどく、迷ったから。
シラギクは嫌な思い出を掘り起こすことになり。結果的に、現実と向き合うことを選択した。
「まあ、私たちは人間だ。たとえ才ある者であったとしても、人の領分からは外れない。だから、君のひとりの友人として、慰めを兼ねたアドバイスをしてあげよう。人は、迷う生き物だ。だから、迷うこと自体は仕方のないことだし、君があの場で即座に合理的判断を下せなかったのは、なにも間違いじゃない」
淡々と、落ち着いた口調で、アカネは言葉を続ける。
「だから、必要なのは迷いに向き合うこと。そして、判断を誤ったとしても、前に進むことをやめないことだ。その点、君は誤った判断の先で、別の回答を見つけ出した。その回答が誤りでないかどうかは、シラギクの表情を思い出すのが一番簡単だろう」
「……」
「それでも責任を感じるというのならば、しっかりと見届けてやるといい」
アカネはそうとだけ言うと。満足そうな表情をしながら、今度こそ、家から出ていこうとした。
「……なあ、アカネ」
「君から引き止めるとは、珍しいね」
「最後に、ひとつだけいいか」
先程のアカネの言葉に、ひとつ、引っかかる点があった。
アカネは、最初の時点での合理的な判断は殺し直すことだと言った。
だが、それはアカネにとっては不都合なことであるはずだ。
なにせ、シラギクには、生きてやらねばならない責務がある、と。コイツは言った。
ならば、アカネは俺がシラギクを生きて連れ帰ると、そう確信していたはずである。
「……俺が迷うことまで織り込み済みだった、というわけか」
「残念ながら、質問に正しく回答するボーナスタイムは終わっちゃったからね。リンドウのことだから、私の言葉を完全には信用しないだろうし」
彼女はそう言うと、こちらを振り向いて。小さく、いたずらっぽく舌を出しながら。
「私は、君のことをよく知ってるからね。困ってる人を助けずにはいられない、優しい人だってことをね」
「……やっぱり嫌いだ、このクソ女が。とっとと帰りやがれ」
「ふふふ、言われずとも帰るよ。君が思ってるより、私は忙しいからね」
アカネが出ていって、扉がパタリと閉じられる。
「……本当に、アイツと関わると、ろくなことにならないな」
背もたれに身体を預け、天井を仰ぎながらにそうつぶやく。
けれど、関わらない、わけにはいかない。
その事情に、どうしようもなく。ただ、小さくため息をつくしかなかった。




