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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
2/42

#2

 薄暗い階段を、一歩ずつ確実に昇っていく。

 多少気温の低さが和らぐが、それすらも誤差としか言えないほどには未だに寒さが継続している。


「そういえば、リンドウさんはお姉様の友達なんだよね?」


「……縁があるだけだ」


「友達なんだね! でも、私、リンドウさんのこと知らなかったや」


「俺もアイツに今回の依頼をされるまでシラギクのことは知らなかったし、そもそもアイツに妹がいることすら知らなかったからな」


「えっ、そうなの!?」


 シラギクが目を丸めながらそう驚く。


 正直、友人相手であろうと家族構成を知らないくらいでは、然程不自然なことではなかったりする。たまたま顔を合わせたり、あるいは当人からそういった話題を切り出されでもしなければあまり知る機会はないからだ。

 さらに言えば、俺の側からクソ女を訪問することはなくって、たいてい勝手に向こうからやってくる都合。あちら側の生活環境に踏み込むことがないの手間、そういった事柄に触れることがまずない。


 だが、ことシラギクについては少々事情が異なる。

 いや、正確にはシラギク本人についてを知らなくても。その姉の家族構成を知らない人物はほとんどいない。だから、逆順でシラギクの存在についてを知らない人のほうが少ない。

 これについては、今回の依頼の受注処理をする際にギルド長からも呆れられたくらいだった。


 まあ、シラギクについてはそういう事情とかを抜きで驚いているんだろうが。


「しかし、どうやってアイツはシラギクがこんなところにいるってことを知り得たんだよ。シラギク自身ですら、どうしてここに来たのかもわからないくらいなのに」


「お姉様は、すごい人なので!」


 俺のそんな疑問に対して、シラギクが回答になっていない返事をする。


「……まあ、アイツがすごいやつなのは、そうだな」


「うん、お姉様はすごい人なんです!」


 目をキラキラと輝かせながら、シラギクはまるで自身のことであるかのように胸を張ってそう言う。


「だって、お姉様はなんだって解決しちゃうんだから!」


 否定は、しない。なんでも、は言いすぎな気もするがし、シラギクのこの評価自体はどこか盲信的な感じがしなくはないが。しかし、シラギクがそう言い張るに相応しいだけの実績を、彼女の姉――あのクソ女は持っている。






     * * *






「やあ、リンドウ。失礼するよ」


「帰れ」


 開かれた玄関。ドアベルが勝手に来客の歓迎をしていた。

 目を向けなくとも、そこにいる人物は把握していた。

 リンドウの宅へと呼び出しもなく勝手に開けて入ってくる人間など、強盗の他にはひとりしか心当たりがなかったからだ。


「いきなり帰れだなんてひどいなあ。私はリンドウのことをとても気に入っているのに」


「俺はお前のことが嫌いだ。だから帰れ」


「ふふふっ、君は相変わらずだね」


 鮮やかな緋色の髪を揺らしながら、ひとりの女が室内へと侵入してくる。

 そのままリンドウの対面のイスまでやってくると、腰ほどまで伸びた髪を下敷きにしないように気をつけながら、彼女は丁寧にイスに座る。


「勝手に座ってんじゃねえよ」


「でも、ひとり暮らしのリンドウがこのイスを置いてるのは私のためでしょう?」


「お前のためというか、お前の対策だよ」


「ふふっ、素直じゃないなあ」


「本音だっての。このクソ女が」


 俺がそう言うと、目の前の彼女はニッコリと笑いながら「嫌だなあ、私にはアカネという名前があるんだけど」と。


「でも、私の他にギルド長くらいしかこの家にはやってこないし。やっぱり私のためだよね?」


「対策だって言っただろ。この家にゃお前が座る用のイスは無えって言ったら、お前が俺の膝の上に座ろうとしたから」


「ああ、そっちに座ってもいいのかい? なら、座らせてもらうけど」


「今の会話の流れのどこに肯定の要素があったんだ。ダメに決まってるだろうが」


 俺がそう言うと、アカネは面白がるように笑いながらこちらを見つめてくる。


 こちらに向けられている顔は、まさしく美人そのもので。どちらかというと柔らかな顔つきであるためか、笑顔がとてつもなく似合う。

 身につけているのは修道服のようではあるものの、それよりかは豪奢な装飾が施された服。そこから少し見える手指などは白磁のようで。


 ――これで、中身が見目に伴っていれば、と。心底そう思う。


「それで? 本当にになにをしに来たんだよ」


「んー、愛しのリンドウに会いに来た、とか?」


「冗談でなくとも言ってくれるんじゃねえよそんなこと」


「ふふふっ。まあ、愛してるはともかくとして、気に入ってるのは本当だけどね」


 言葉の真意の掴めない笑顔を浮かべながらに、アカネはそう言ってくる。

 ……どうにも、彼女相手ではやりにくい。


「ああ、そうだ。ここに来た理由だね。……まあ、理由が無くとも来たいんだけども」


「来るな、帰れ」


「そこは来てもいいよって言うところじゃないかな?」


 そんなことを言いながらに、アカネは紙を取り出してこちらに差し出してくる。

 依頼書だ。……それも、キチンとギルドの承認を受けている、正式な依頼書。


 無論、依頼者の名前にはアカネの名前がある。


「これを受けてほしいんだけど」


「嫌だ、断る」


「受けてくれるんだね? ありがとう!」


「どう言葉を解釈したらそうなるんだよ」


「大丈夫。私はリンドウがこの依頼を受けてくれるって信じてるから。だから、どのみちお礼は言うことになるんだし、それならたくさん言われる方が嬉しいでしょう?」


「だとしても、せめて会話は成立させてくれ」


 俺が渋面を浮かべていると、アカネはとりあえず内容だけでも読んでくれ、と。そう言ってくる。


 仕方なく依頼書を受け取りつつ、その中身に目を通して。

 そして、眉をひそめる。


「冗談だろ? これ」


「いや、ほんとだよ?」


 そう言うと、彼女は机に膝をついてニヤリと笑いながらに、リンドウに向けて言い放つ。


「妹が、送りの霊穴で彷徨ってるらしいだよね」


「……いや、あり得ないだろ」


 だがしかし、目の前の依頼書にはたしかにそう書いてあるし。ギルドを通しているということは、ギルドもそれを認めているということである。

 なにより、クソ女たるアカネが、そう言っている。


 悔しいが。それこそがなによりも、このあり得ないような依頼分の内容が真実たる保証になってしまっている。


 それが、喩え許可のない侵入が禁止されている送りの霊穴という場所で。アンデッドが蔓延り、一般人では生存すら困難であろう場所で彷徨っているという、到底あり得ないような状況であったとしても。


 稀代の聖女として名を馳せ。また、表面上では好い人格者然としている彼女は、多大なる信頼を寄せられ尊敬されている。

 だからこそ、そんな彼女の言葉ともあれば、送りの霊穴に妹がいるだなんて荒唐無稽な言葉ですら、ギルドの連中も信じるし。

 非常に不服ではあるが。俺も同じように、こいつがそう言うのならばたぶんそうなのだろうと、そう思うしかない。


 俺が他のやつらと違うところがあるとするならば、彼女の本来の性分を知っているがゆえに、俺はあのクソが大嫌いというくらい。

 だが、そんな感情を込みで考えたとしても。その実力だけは認めざるを得ない。それほどの実績を、彼女は持っている。


 例えば、不治の病であると診断された人間を、触れるだけで治した、であるとか。

 とてつもない凶悪犯に対して言葉を説き、真っ当に更生させた、であるとか。

 雨がなかなか降らず不作が懸念されていたところに、彼女が訪れて祈るだけで雨が降った、であるとか。


 その功績は、たしかに間違いはなかった。


 それでいて、俺の前ではこんな適当な様子でいるが、ちゃんと他の人の目があるところでは清楚な聖女を演じているために、信用の格差がある。

 俺がなにを言おうが通用しないのは把握している。


「というか、お前、妹いたんだな」


「たぶんこの街でそのことを知らないのはリンドウだけだと思うよ? ……というか、見たことはなくとも、いるってことを知ってるだけなら、この国のほとんどの人がそうだと思う」


「ふーん……」


「わあ、全く興味なさそう」


 事実、全く興味はなかった。

 正直、アカネに関わりたいとは思わないし。その家族に触れることがあれば、そこからアカネに繋がりかねないという事情があった。


「最近はともかく、前は結構知られてたんだけどね」


「それで、どんなやつなんだ?」


 俺が尋ねると、彼女は写し絵を一枚取り出して見せてくる。

 不健康というほどではないものの、かなり痩せ細った真っ白の少女、という印象を受ける。

 さすがにアカネが聖女ということもあって生活自体には困っておらず、肌感などについては健常そうに見えるのだが。一方で筋肉などについてはあまりついていない様子で、その結果として痩せぎすっぽく見えてしまう。


「……それで、この子がどうして送りの霊穴なんかに?」


「さあ、なんでだろうね? 最近ではあんまり外に出ることはなかったはずなんだけど。ピクニックに行きたくなったのかな?」


「…………」


 適当をほざいていることは明白だった。ついでにアカネがなにかしら知っている、ということも。

 だが、それを教えようとしてこないあたり、詰めたとしても話さないだろう。

 下手になにかを責め立てたとしても、信用の差で俺が不利になるのは明らかだろうし。


「それで、受けてくれる?」


「別に俺でなくとも受けるだろ。特に聖女からの依頼ともあればこぞって受けるやつがいるだろうし」


「まあ、いるだろうね。送りの霊穴っていう危険地帯だってことを加味しても」


「…………」


 アカネは、ニヤニヤと笑っていた。

 やはり、わかってて言ってやがる。シラギクが困ってる、ということを知って俺が見過ごせないことも。無謀にも送りの霊穴に挑戦しかねない阿呆が出てくることを見て見ぬふりができないことも。


 ああ、本当に。やりにくい。


「……お前の依頼だから引き受けるわけじゃないからな」


「うんうん。やっぱりリンドウは優しいね。大好きだよ?」


「俺はお前のこと大嫌いだがな」


「ふふふっ、つれないなぁ」


 そう言いながらも、言葉とは裏腹に満足そうに笑うアカネから、俺は目を離す。


「最後にひとつだけ。受ける代わりにこれは答えていけ」


「なに? 私の胸の大きさかな? 残念ながらそんなに大きくないから――」


「違う。この依頼文のことだ」


 そう言いながら、俺は依頼文の一部を指し示す。


「生死は問わないって。これ、死んでるかもしれないってことじゃないのか?」


「うーん、そうなるね?」


「いや、彷徨ってるってお前言っただろ。なら、生きてるんじゃないのか?」


「まあ、場所が場所だからね。むしろ生きている可能性のほうが低いんじゃないかな?」


 それはそうなのだろうが。どうにも所在が無い返答に、困惑をしてしまう。

 やはり、アカネはなにやら把握しているのだろうが。それをこちらに隠しているらしかった。


「まあ、ダンジョンへの救助依頼として生死問わずってのはそれほど珍しいことでもないでしょ?」


「それは、まあ。そうだが」


 アカネの言うとおり、救助依頼で生死問わず――つまり死んでいた場合は遺体を回収してきてくれ、という形式で依頼されること自体は珍しくない。

 キチンと埋葬をしてあげたい、という気持ちなどもあることだろうし。その上、送りの霊穴のような特殊な環境下ではアンデッド化を防ぐため、という意図だったりすることもある。


 もちろん、追加での要求にあたるため、通常よりも割高になることはあるが。まあ、たしかに聖女の妹がアンデッド化したなんてことがあれば外聞がよくないだろうし、そういう都合なのかもしれない。


 ただ、先程あからさまに生きているかのように発言したアカネのことを考えると。そこに、どうにも言葉の乖離があるような気がしてならなかった。


「まあ、そのあたりは君の判断に任せるよ。リンドウが生きているって判断するならシラギクを連れて帰ってきてほしいし、君が死んでいるって判断するならば、遺体を持ち帰ってきて欲しい」


「いや、つまりそれ同じことなんじゃないのか?」


 生きているのならば、無論。死んでいてもシラギクの遺体自体は持ち帰ってくるので、結果的に同じことを言っているように思えるのだが。

 しかし、リンドウのその指摘に、アカネはニヤリと笑みを浮かべるだけで、特になにも答えることはなかった。つまり、言うつもりはない、ということらしい。


「……とりあえず、引き受ける。だが、お前の望むような結果があるかはわからないからな」


「うんうん、期待して待ってるから」


「だから会話を成立させてくれ」


 アカネは満足そうにしながら立ち上がると、そのまま玄関まで歩いていき。そして、くるりと振り返って。


「それじゃ、シラギクのこと。よろしく頼むね」


 そう言い残して、立ち去っていった。

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