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それでも彼女は拍手する  作者: 神崎 月桂
誰が為に拍手は鳴る
19/43

#19

 念の為に周囲を見回してみるが、さきほどまでそこに在った冥府の主の姿はない。

 ……つまり。おそらくは斃せた、ということだろう。死体が残らないので、確信できないのは怖いところではあるが。


 ゆっくりとシラギクを地面に降ろしてやってから、大きく息をつき、力を抜く。


 とにもかくにも、なんとか、やり切った。


 ドスッ、と。俺はその場に座り込む。


「リンドウさんっ!」


 その動作をなにも言わないままにするものだから、心配した様子でシラギクが俺に駆け寄ってくる。


「大丈夫だ、疲れただけだ。少ししたら、立ち上がる」


「そう、なんだね。……勝った、んだね」


「ああ、俺たちの勝ちだ」


 そう伝えると、シラギクは、嬉しくて笑うのか、それとも泣くのか。様々な感情が綯い交ぜになったような様子で。自身の手を、前に持ってきて。


「……あっ、そっか」


 思い出したかのように、そう、つぶやいた。


「どうした?」


「ううん。そういえば、右腕を置いてきちゃったから、拍手できないなーって。そう、思ったんだけど。……私、そもそも既に死んじゃってるから、ちゃんと拍手できないんだった」


 その表情は、どこか悲しそうで。

 俺は、そっとシラギクの頭に手を乗せると、優しく撫でる。

 突然の行動に、シラギクが驚くのを見ながら。俺は口を開く。


「まだ、決めつけるには早いんじゃないか」


「……えっ?」


「どこぞの冥府の主が、わざわざ出向いてまでお前のことを連れ戻そうとしていた。そのときのこちらの声。あれが正確に伝わっていて、それゆえの動揺なのかは不明だが。それでも、シラギクの生死についての言及に、明白な焦りが見えた」


 それが、なによりシラギクの現在を表している事柄であり。

 ただ、単純にシラギクが死んでいる存在ではないということの証左なのではないだろうか、と。


「もちろん、死んでいない、というのも正しくはないが。死んでいる、というのも、正しくない。それが、今のお前だ」


 シラギクと向き合って。俺は、彼女のことをにくたいは死んでしまっているが、せいしんは死んでいないと、そう評した。

 これが本当に正しいのかどうかはわからないが。結局のところ、それをシラギクがどう受け取るか、という話なのだ。


「……まあ、なにはともあれ。一度、早くに地上に向かわないとな」


 シラギクの腕は、現在地上にある。

 彼女の千切れた小指が縫合のみによって問題なく動いているところを見る限りでは、腕についても同様であるという可能性は十二分にある。

 ただ、可能性の一因としては、送りの霊穴という極寒の環境下ゆえに千切れた指が腐敗せずに済んだため、ということも否定はできないし。仮にそうでなかったとしても、身体の一部なのだから、わざわざ腐敗させる理由もない。


 ……ついでに言うなれば。それ以外の理由としても、こうして座っている暇は、あまりない。

 通路のその先、その奥。そこに、大量のアンデッドがいるのがわかる。


 冥府の主はスタンピードを先行していたので、その後発がやっとたどり着いたか。あるいは、たどり着きはしていたものの、戦闘に巻き込まれないようにとそこに控えていたのか。


 まあ、この際、そのどちらでもいい。


 たしかに、そこに大量のアンデッドたちがいるのは間違いない。けれど、それと同時に。彼らが動こうするその素振りを見せようとしない。

 高位のアンデッドたちが理性を働かせているのはもちろん、低級のアンデッドですら、本能からくる恐れでこちらへと向かってこようとしない。


 理由は単純であろう。目の前で、自身たちのボスが。

 このスタンピードを率いていたリーダーが討ち取られたのである。


 だからこそ、こちらに対して攻めあぐねている。

 ならば逃げればいいものを、と。そう思わないでもないが。

 まあ、襲いかかってこないのならば、それでいい。


 俺は立ち上がると。冥府の主を割り砕き、地面に突き刺すという。随分と無茶な使い方をしてしまった愛刀へと手を伸ばす。

 案の定というべくか。最後の戦いのみに限らず、連続で酷使を続けたことによりかなり毀れてしまっている。……まあ、一番の要因は、間違いなく最後の一撃だが。

 こりゃあメンテナンスに出したら、どんな使い方をしたんだ、と。滾々と説教を食らいそうなものである。


「さて、と」


 俺は、切っ先を闇の先へと突き向けながらに、声を張り上げる。


「かかってくるつもりがあるなら、かかってこいよ」


 強く、そう宣言してみせるが。実のところ、半分くらいは虚勢である。

 なにせ、得物のみならず、自身の身体についてまでもがボロボロ。

 体力だって、とうに限界を迎えていて。気力と生存意欲だけで無理やり動いている節がある。


 とはいえ、先の戦いを目の当たりにしてしまったアンデッドたちに対しては、十分な牽制として働く。


 少しの間だけ警戒しつつ構えるも、やはりアンデッドたちがこちらへと襲いかかってくる素振りはない。


「来ないようだし、今のうちに脱出するぞ――」


 刀を鞘にしまい、シラギクの方を振り返ろうとして。


「リンドウさん、危ないっ!」


 シラギクの声が聞こえるとほぼ同時、さきほどまで一切の気配が消えていた影の気配が復活する。


「なっ――」


 斃し切れていなかったのか、そもそも斃すことができるのか、などと。様々な考えが頭の中に錯綜する。

 が、そんなことを考えている暇はない。刀はついさっき納刀したばかりだから、防御も反撃も即座にというわけにはいかない。


 全力の回避に徹し、宙で身体を翻す。


 その際に視野に入れた影の手。砕けた核から、一本だけ、なんとかというような様子で出てきているのが見える。


 なるほど、文字通りの最後の一撃、というつもりなのだろう。そのために、ここまで俺の警戒が解けるタイミングを待っていたというわけだ。

 随分なことをしてくれる。


 アンデッドたちが襲いかかってくるわけでもなく、しかし、逃げるわけでもなく。ただこちらの様子をうかがってきていたのは、そのためだろう。

 俺が体勢を崩したと見るや否や、これをチャンスとみて一斉にこちらに攻め込んできている。実際、敵にとってはただひたすらな好機でしかない。


 しまったな。完全に、抜かった。


 不意打ちの一撃で俺をくだし、その隙に控えていたアンデッドたちがシラギクを連れ戻せれば最善。それが失敗しても、俺に大きな隙を作らせるという次善の策まで控えている。

 相手にとっての最善……つまり俺達にとっての最悪こそ避けられたものの、状況としてはとてつもなく悪い。


 一本しかないものの、至近で襲いかかってきており、速度のある影の手の対処は必須だ。だが、防御するにも反撃するにも、まずは離れてしまっている手を刀の柄に伸ばすところから始まる。

 それゆえに、諸々の対処までに時間がかかる。

 そうしていれば、今度は大量のアンデッドたちが襲いかかってくる。影の手を対処していては、こちらに割けるリソースがなくなる。

 だからといってアンデッドたちに意識を向けては、本体は無くなったとはいえ、脅威度でいえば群を抜いて高い影の手を放置することになって。


「まずい、一手足りない――」


 自身の判断に、歯を食いしばりながら。しかし、それでもなんとか打開の手がないかと頭を回していると。


「リンドウさん、目を――」


 シラギクの声。どこか、聞き覚えのある。そして、


 見覚えのある、光景。


「閉じてッ!」


 その声が聞こえるとほぼ同時。


 網膜を灼きつける、強烈な光が散乱する。

 咄嗟に目を瞑りこそしたものの、俺の視界は完全に白んでしまう。


 だが。


「ったく。本当に、ありがたいことをしてくれる」


 視界が奪われたことに対する皮肉半分。そして、


 本当に、感謝しての感情が半分。


「えへへ。だって、私。盗んできた閃光弾がひとつだなんて、言ってないもん。これが、本当に、最後の奥の手」


 シラギクの顔は全く見えないが。きっと、してやったり、というような表情をしているのだろう。

 そして、満足そうな顔を。役に立てた、という。その達成感からくる感情を。


 今の閃光弾で、残り僅かだった影の手……もとい冥府の主の影のエネルギーはおそらく尽きた。まだ核の中に溜め込まれていたのならば話は別だが。それならば、別途追撃をしてきてもおかしくなかったはず。で、あれば。無くなった、と。そう判断してもいいだろう。

 そのおかげで、さきほどまで板挟みだった俺の行動優先が、アンデッドたちの処理に向けることができる。


 もちろん、俺の視界にも閃光弾の影響は及んでいる。

 だが、それはアンデッドたちも同様。彼らの周囲への認知が視界――もとい光源に依存しているものかどうか、については不明ではあるが。しかし、


 ハイドバットやヴァンピールほどではなくとも、アンデッドの共通性質として、強力な光源に弱いというものがある。


 俺の視界もにわかに使い物にはならなくなっているが、お互いに弱体化しているのならば、実質的には実力は均衡。あるいは、ギリギリで目を瞑れてはいたことで、最低限の情報として空間とシルエットくらいは判別できる分、こちらのほうが有利。


 刀に手をかけ、動けなくなっているアンデッドどもを確実に斃していく。


 ひとまず、周囲が片付く頃合いには、視界も随分と回復していた。


「しかし、よくもふたつも持ってきていたな」


「たまたま取ることができたのがふたつだけだった、ってのもあるけど。もしかしたら、あの怖い人に二個使うかもって思ってたから」


 念の為にね、と。まるで、本当ならもっとたくさん持ってくるつもりだったかのように言ってくる。


「それに、どうやって隠し持って――」


「あっ、それは」


 俺の発言に、シラギクがなにやら、いたずらのバレた子供のような、気不味そうな表情を浮かべる。


 その反応に違和感を覚えつつも。すぐさま、その原因を理解する。


「……お前、まさか」


「だって、他に隠し場所、無かったし」


 たしかに、冥府の主に二度撃ちする可能性を考慮するならば、確実にふたつ目は隠し通しておく必要はあった。だから、そこを考慮しての行動とするならば、たしかに合理的かもしれないが。


「私だって、なんか変な感触で気持ち悪くはあったんだよ? 痛くとかは、なかったけど」


「だからといって、千切れた腕の中に押し込んでおくやつがあるか全く……」


 右腕の残った部分、千切れた箇所の側面。身体の内側のほうが、一部裂けている。

 幸い、骨や肉が致命的に抉れているとかそういうことはなさそうなのでその心配はないだろうが。それはそれとして、ではある。


「次は、そんな無茶しないように」


「も、もちろんだよ!」


 捨て身の行動を咎めるべきなのだが。それに助けられた、というのも事実。……実際問題として、俺自身が捨て身をしようとしていたということもあり、強く叱れない。


「その腕の治療と、それから千切れた腕の縫合もあるし。……ひとまず敵を倒したとはいえ、まだ追加が来る可能性は否定できないからな。とっとと退散するぞ」


「うん!」






 地上にまで戻って。シラギクの腕を回収。

 手遅れにならないうちに、と。急いでその場で縫合を始める。

 警備の人間はというと、畏れであるとか嫌悪であるとか、そういった感情を表に出しながら、俺の行為を遠くから見ていた。

 いや、こちらはまだいい。距離が離れているし、様子をうかがってきているだけなので。


 どちらかというと、気になるのは。


「……シラギク、お前、気にならないのか?」


「うん! だから見てるの!」


 興味深そうに、ジッとこちらのことを見つめているシラギク。

 針を通されるとか、そういうことが気にならないのか、という意味で聞いたのだが。……まあいいか。


 当人がじっと見つめていることが中々気になりはするものの、ともかく、縫合をしていく。

 最初に、裂けてしまった腕の根本。そして、その後に千切れてしまった腕を縫い合わせて。


 そして、最初こそ。動きはしなかったが。


 しばらくして、右腕は。ゆっくりとシラギクの意思に従って動き始める。


 俺もシラギクも少々驚きはしたが。しかし、左手小指の前例があるので、そこまで気にならない。

 どちらかというと、送りの霊穴の警備をしていた彼らのほうが、異常な光景に目を丸めている。


「……ここで見たことは、全て忘れるように」


 万が一に、シラギクのことを触れて回られたりしないように、俺は彼らに釘を刺す。

 あまり、頼りたくはなかったが。手持ちの中にある依頼書を取り出して、それを見せると。彼らは見てはいけないものを見たかのような表情をしながら「はい」と、素直に首肯した。


 なにせ、依頼書には稀代の聖女として名を馳せているアカネの名前がある。この権力を借りるのは釈然としないが、まあ、仕方ないだろう。


 ひとまず、これでひとしきりの問題が解決しただろう、と。そう、思っていたとき。


 パチ、パチ、パチ、と。ぎこちない様子で、小さな、音で。


 拍手の音が、した。

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